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「こうむら、ゆたかさん、ですか。どういう字を書くんですか?」
「さんずいの河の字に普通の豊作の豊じゃ。よう昔からかわむらさんと間違えられる。もういちいち訂正するのがめんどくさくて、結局かわむらさんで通すこともあったな。まあ、名前なんぞ別にどうでもええが」
「本当。珍しいですね。私も名前を先に見ちゃったら、かわむらさんって呼んじゃいます」
感心したように魚沼が指でテーブルをなぞる。今までこの苗字のせいでさんざん不快な思いをしてきたが、今ばかりは感謝だった。間がもったところで、豊がいよいよかねてからの疑問を切り出す。
「魚沼さん、いうたかのお。あんた、まえに会うたときも俺を待ってた風なことを言うとったが、あんたみたいな女性がこんな年寄りになんの用なんじゃ。まえに言うたとおり、俺には今、流行りの投資信託とか、株の個人売買みたいな資金力はないぞ。もちろん土地もないし、介護施設に入れるような預金もないわい。あんたが俺に関わっても、一文の得にもならんと思うがのお」
「あ、やっぱり、そういう風に思っちゃいます? うーん」
魚沼はそう言うと人差し指を顎に当て、天井に視線をやり、しばらく考え込む仕草をする。
「まあ、そう思われても仕方ありませんよね。私もそう思われたくなくて、こうして私服で河村さんに会いに来てたんですけどね。あ、でも今は仕事やめっちゃったから、制服を着ることもないのか」
魚沼が自嘲気味に言った。ということはこの女、魚沼は仕事の関係で自分に会いたいわけではないということになる。もっとも、魚沼の言葉を信じる根拠などないが、豊としては、魚沼には無職であってほしかった。
「仕事をしとらん? あんたぐらいの歳の人が定職についてないというのも、穏やかじゃないのお」
が、最近ではさほど奇異なことでもないと思い直す。世間では若者の就職難問題はほぼ定説となっている。都市部ほどその傾向は顕著だが、こんな田舎でもその割を食う者がいくらかいても不思議はあるまい。豊がコーヒーを口に運ぶ間に、さっきまで明るかった魚沼の顔が途端に曇った。
「ええ。プータローなんです。私、駄目な人ですから。前の職場でいじめられちゃって、それからいくつかパートやバイトもやってみたけど、やっぱりどこに行っても同じことを繰り返して、自分から辞めたり、辞めさせられたりして、で、今は無職。就活する気力もなくって、家にも帰り辛くて、この近所の公営住宅で生活保護受けてるんです。えへへ」
言葉の最後に魚沼は笑ったが、その表情は無理をした作り笑いであることは一目瞭然だった。コーヒーをすすりつつ豊はなにか気の利いたことを言って魚沼を励ましたかった。
「いじめるような奴はいじめ返したらよかったんじゃ」
「そうですよね。私にそれくらいの強さがあればいいんですけど、昔から人と話すのが苦手で、今もこうして河村さんと喋っていても、変なことを言って河村さんに怒られないか、内心ビクビクしてるんです」
「そんなことないじゃろう。あんた、ずいぶん俺に強引に話しかけてきたぞ。あんまり強引なんでネズミ講かなんかのキャッチセールスかと思うたくらいじゃ。結局根負けして、俺をこんなハイカラな店に連れ込んだんだから大したもんじゃ」
「それは……そうでもしないと、河村さんの話を聞けないと思ったからで、本当の私は見ず知らずの人に声をかけられるような人じゃないんです。だから私はあのとき河村さんを見て、強く惹かれて、どうしても話を聞かなきゃって思ったんです」




