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 豊はベンチの端の空いたスペースに腰掛ける。と、隣のベンチに座る高齢者男性が吸うタバコの副流煙に不快なものを感じた。自分もタバコを吸うのだから文句を言えた筋合いではないが、他人の吐く煙はこれほど臭いものかと少しショックを受けた。

 横目でその高齢者男性を観察すると、人差し指と親指でタバコをつまみ、コップの底に残ったジュースでもストローで吸うように、口をすぼめて吸う姿がいかにもみみっちい。自分もタバコを吸っているときは、こんなにもみっともない姿なのだろうかと思うと愕然とした。膝の上に置いたタバコの箱が入ったナイロン袋がとても恥ずかしい物のように思え、ついリュックの中に押し込んだ。押し込んだものの、箱はなかなかに大きく、リュックに収まらない。豊が口を閉じようと試行錯誤していると、不意に女の声がした。

「あの、もしかして、お父さんじゃありません?」

 豊がびっくりして声のした方向に振り向く。するとやはりあの女がそこに立っていた。

「わあ、やっぱりお父さんだあ。こういうことってあるんですね」

 女はまたも胸の前で手を合わせ、嬉しそうに言った。前に会ったときと同じ、度のきつい黒縁眼鏡。濃い紺色のセーターの上にカーディガンを羽織り、足首まである丈の長いスカートという、少し浮いた服装である。

「あ、ああ。ポイントデーは、なるべくここに来るようにしとるからの」

 昨日考えておいた、どうでもいいような言い訳をついついしてしまう。もちろん、そこにはポイントデーなら会える可能性が高いと、暗に伝えたい下心がある。豊は話を接ぐため、今度は自分から話しかけた。

「それにしても、アンタも物好きじゃの。俺みたいな年寄りに話しかけて、一体なんの得があるんぞ。言うとくが、俺はアンタが思うとるような資産家じゃないぞ」

 そう言うと女はあははっ、と、笑った。自分はそんな面白いことを言ったのだろうかと小首を傾げたくもなったが、自分の発言で若い娘がコロコロと笑うのはなかなかに気分がいい。

「もう。わかってますよ。資産家さんがスーパーにクレームにきたりしませんよね。お父さん、意外と面白い人ですね」

 女は屈託のない笑顔を向けてくる。ボサボサの髪を長く伸ばしているので暗い印象を受けるが、性格は明るい娘なのだろうかと思った。

「あ、申し遅れました。私、魚沼淀水っていいます。ここの近所のアパートに住んでて、このスーパーにはほぼ毎日買い物に来てるんですよ」

 意外にも女の方から名乗ってきた。随分脇の甘い女だなと思ったが、豊はここにきて、はっと我にかえった。

 横目で周囲を見やれば、やはりその場にいる年寄りたちが注目している。高齢者の女たちはヒソヒソ話をし、さっきのタバコの男は羨ましそうにこちらを見ている。豊は慌てて立ち上がり、女を促す。

「ま、まあ、ここで立ち話もなんじゃしの、場所を変えましょうか」

 わざと事務的な口調で、この女とはビジネス的なやりとりをしている感を出す。

「あ、そうですね。私、そこまで気が回らなくって、ごめんなさい。丁度この先にミラーズがあるんで、そこでお話させてもらっていいですか? あ、私がおごりますね」

 ミラーズとは最近、全国にチェーン展開著しい若者向けのコーヒーショップだ。ご丁寧に豊の苦肉の策をおじゃんにしてくれた。魚沼と名乗った女に案内されるがまま、二人は駐車場を出、百メートルほど離れた場所にある、小洒落た店構えのコーヒーショップに入った。この店の存在は豊も知ってはいたが、開店した頃から若い男女が店の内外をたむろして、豊と同年代の客などついぞ見たことがない。なので、もちろん豊とは縁もゆかりもない。店内に入れば予想通り、客層は子供からその母親と思しい女まで。豊と同年代の年寄りなど一人もいない。場違いなところに連れ込まれ、居心地が悪かったが今更帰るとも言えず、魚沼が慣れた様子でついた席の向かいに座る。

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