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声はあの若者ではなく、中年の女のものだった。豊はふっと安堵の息を吐くと、紛らわしいタイミングで訪問してきた女に腹が立ってきた。
「お忙しいところ申し訳ありませえん。私、ぺドラの光教会の者ですけれども」
なにかと思えば宗教の勧誘かと脱力する。そういえば最近、近くにそれらしい建物だか施設だかが建つとかで問題になっていた気がする。さっそく信者の確保に回っているのかと得心しつつドアを開ける。なるほど、中年女は近所では見たことのない顔だ。それともう一人、後ろに二十代後半の若い娘が立っている。中年女のほうは月並みだが、こちらはなかなかの器量だ。娘か姪か。いや、大方客寄せパンダだろうと当たりをつけた。
「私達は世界中の人々があまねく救済を受けられるべく、日々活動しています。この近所にも地域のご理解、ご協力を頂きまして、私達の教会が完成いたしました。お世話になった皆様にご挨拶と、お礼に回らせていただいております。河村さんとも、末永いお付き合いをと、考えております」
この女も自分をカワムラと呼んでいる。女はパンフレットを一部、手渡す。見出しにはなぜ、世界から憎しみが消えないのか、という一文が書かれてあった。豊がそれを受け取ると後ろの娘が丁寧な会釈をする。
「皆様のご協力の甲斐あって、武貝野地区に教会の施設が完成しました。つきましてはそれを記念いたしまして、地域の皆様との親睦を図る、ちょっとしたお祝いを企画しております。河村さんにも、ぜひご参加いただきたく、突然、失礼とは思いましたが、訪問させていただきました」
確かに失礼だなと思ったが、さすがに口には出さず、適当な返事をしてさっさとやり過ごしたかった。が、女は顔はにこやかだが、片手でドアをがっちりと押さえ、こちらが話を打ち切るのを許さぬ構えだ。女は件のお祝いの日時や内容を一方的にまくし立てる。そうこうする内に後ろの娘も手提げ袋から紙とペンを出してきた。出席しなくてもいいから、とにかく署名してくれと言うのだ。
「まあ、そう怖がらなくてもいいんですよ。私達としては地域にどのような方がいらっしゃるのか、それを知っておきたいだけでして、あくまで形式的なものですので」
女はしつこく署名を迫ってくる。署名しなければ引き下がらないという根性が伝わってくる。豊ももう大人しくはしていられなかった。
「大概にしてくれや。サイン、サインと簡単に言うが、個人情報じゃろうが。あんた、その大事な情報をただで貰おうと言うんか。少し虫が良すぎるのと違うか」
「いえいえ、個人情報とはいっても、ただサインをしていただくだけですから。それに、教会としては個人情報を営利目的で使うことはございませんので、安心して下さい」
「そがいなこと言うが、それを担保するものはどこにあるんぞ。あんたらが俺のサインをどう使うかなんぞ、俺は知りようがなかろうが」
「ええ、ですから、できれば教会の方にお越しいただければと思っております。あ、勧誘とか、そういうことは一切ございませんから。ただ皆さんとお茶を飲んだり、談笑したり、歌を歌ったりの、楽しい集まりにしたいと考えております。お金も一切かかりません。河村さんもご参加くだされば、きっとご満足されると思いますよ」
「生憎じゃがのう、タダより高いものはないと思うとるんじゃ。そんなに人を集めて、お茶を出してただで済むわけなかろう。その金はどこから出とるんぞということになろうが」
「あ、それでしたら教会といたしましては参加者の皆様からのご寄付も受け付けておりますよ。ご金額はもう、お気持ちだけですので」
どうやら訪問時のマニュアルもしっかり確立しているらしい。後ろの娘が懇願するような眼差しを向けてくる。豊としてはもう、容赦する気も失せた。




