雷竜の訓えを受けた
バチバチッという音と共に黄色い閃光が目の前に走る。
目前に迫った手刀を避け、返す刀で魔力を掌に込めて撃ち込んだ。
当然のように避けられたが、躊躇することなく次の動作に入る。流れるように体を捌いて、地面に向けて魔法陣を創り出した。
煌めく銀色の光を伴って、それは発動する。黄色を纏った男を光の檻が包み込み、拘束した。
男の体は動きを止めた、……かのように見えた。
突如、背後からエネルギーの塊が迫るのを感じて、咄嗟に体を反らして避けようとする。直撃は免れたが
、いなして相殺しようと出した腕が、その衝撃でビリビリと痺れた。
「ほう、敵を捕らえた後も油断することなく、柔軟に反応するか。流石としか言いようが無いな」
「………ハァ、いきもみださんとほめられても、うれしないわ」
不便極まりない、幼児の体。手足も短く、敏捷性に欠けている。加えて、体力もないためにすぐに息が上がる。
ここ数日、体術に長けた目の前の男は、魔法に頼りすぎることのない闘い方と、魔力の扱い方や調整の仕方を訓えてくれていた。ストイックを絵に描いたようなゾスは、相手が幼児(見た目は)であろうが、一切の手加減をしない。俺が魔法を上手く運用出来るよう、実践を通してレベルを底上げしてくれる。
玉竜たちだと、戦闘などまだ早いなどと言って過保護に俺を甘やかすから、話にならないのだ。だから、俺の直属の部下ではなく、対等に接してくれるゾスのような竜は、有難い存在だった。彼は今や、この世界に来て初めて出来た俺の師と言っていいだろう。
ところで、ガーネットやゾスといった強い竜王たちが、何故玉竜の下に付いているのか不思議に思ったのではないだろうか。
俺も不思議だった。だから、聞いてみたのだ。すると、この世界では魔力の量が全てを決めると言うことを知らされた。
「竜族には、玉竜族の他に雷竜族、炎竜族、水竜族、風竜族、地竜族、樹竜族の六種が存在する。単純な魔力量で言えば、玉竜族が群を抜いている。だから、玉竜が我ら竜族の頂点に位置しているのだ。だが、魔力量が膨大であっても、使い方を知らなければ赤子の手を捻るように倒せる。本当の強者とは、経験に裏打ちされた体術を心得、魔法の運用能力に長けている者を言うのだ」
成る程な、つまり、魔力量で言えば全体的に玉竜族が上だが、真のレベル、言い換えれば本当の強さは固体によるということか。
「玉竜族が弱いと言っている訳ではないぞ。魔力量に甘んじて実力が伴っていない者もいると言うだけだ。
強者の中でも、あの四柱は別格だ。我とガーネットは、魔力量でも経験値でもルビィ殿には敵わない。だから、軍門に下ったのだ。サファ殿の下には水竜王と風竜王、そしてラルド殿の下にも地竜王と樹竜王がそれぞれ居る」
アレキッサは部下を持たず、竜族の守り人というか、守護竜のような役目を果たしているらしい。
ゾスが訓練の合間にこうして色々教えてくれるので、俺は竜族についてかなり詳しくなったと言えるだろう。体術も魔法もまだまだだが、力の使い方を知り、それを実践に移すのは非常に楽しかった。
加えて、この頭脳と体、物凄く飲み込みが早いのだ。元の俺をベースにした知見の底などたかが知れているが、思考速度も速くなり、吸収能力もパワーアップしたのだろう、素晴らしく頭が回るようになった。
何と言うか、物凄くレスポンスの速い車みたいな感じだ。転生に伴って頭のキレが良くなったらしい。
そんな訳で、ゾスとの実践練習で着々と技術を身につけていった俺。ちなみに、玉竜族上層部たちは、ゾスならと安心して俺のことを任せた。ずば抜けた信頼感である。安心安定の雷竜王である。これがガーネットだったなら、即アレキッサやサファ辺りが連れ戻しに来ていただろうと、たまに様子を見に来るルビィが教えてくれた。まったく、信用のない男である。
「さて、今日はこの辺りにしておこう。ここのところの上達ぶりは目を見張るほどだな、我が君。我が倒されるのも、そう遠く無いだろう」
「おせじいうてもなんもでぇへんで」
「………?何かを貰おうと思って言った訳では無いが?」
まったく、此方は冗談の通じない男である。
そんなやり取りをしていた時、突然強い魔力を感じた。ゾスが瞬時に警戒態勢を取る。
ちなみに、こんな緊迫した状況で言うのもなんだが、俺はゾスの指導により魔力感知と魔力抑制を会得している。常に周囲の状況判断を怠らないこと、自分の実力は大っぴらにひけらかさず、手の内は隠しておくことが重要だという訓えだ。最もである。
さて、お話は此処までのようだ。強い魔力の持ち主はどんどん接近している。魔力を隠す気もないらしい。だが、なんと言うか感じ取れる限りでは、殺気のような類ではない気がするのだが………、
「上だ」
ゾスの声に従って空を仰げば、太陽を背にして空中に浮かぶ人影。逆光の所為で顔が分からないが、随分と小柄だ。
その人物が、音も立てずに舞い降りた。先ほどの膨大な魔力は影を潜め、まるで別人のような静かな気配。
隣で、ゾスが警戒を緩めるのが分かった。もしかしなくても、知り合いらしい。太陽の方を向いたために一瞬チカチカしていた目が正常に働くようになり、俺のそれは目の前の人物をはっきりと認識した。
透き通った淡い水色の髪は高い位置でツインテールにされ、その小さな整った顔を際立たせている。大きな目はどちらかというとツリ目で、ツンとして気高い猫を彷彿とさせる感じだ。
元の世界で、店の女性の部下たちが話していた、アレだ。何と言ったか、ロリータ?と言った感じのピンク色のフリフリのドレスを着ている。
まあ、平たく言えば、アニメに出てきそうな美少女が立っていた。
「お初にお目にかかりますわ。わたくし、水竜王マリンと申します。以後どうぞよろしくお願い致しますわ」
どこぞのお嬢様のような口調で丁寧に挨拶をしてくれた。
「マリンやな、ていねいなあいさつありがとうな。こちらこそよろしく」
女性は怖がらせないように、という意識が働いて、
微細ではあるが笑顔をつくった。笑えていたかどうかは知らない。
しかし、突然マリンが俯いてブルブル震え出したのでぎょっとする。嘘だろ、何か気に触ったのか?最大限配慮したつもりだぞ。
オロオロする俺に気づいたのか、ゾスがマリンの様子を確認しようとした瞬間____、
___ガバッという音と共に、俺の視界は真っ暗になった。
「あああ、何てお可愛らしいんですの!美しい、この上なく美しいですわー!!!」
頭上から激しく興奮した声が聞こえる。何故か俺は抱きしめられ、ぐりぐり撫でくりまわされていた。
俺も男だ、美少女に抱擁されるのは吝かではないが、いかんせん息が出来ない。離して欲しい。
最後はゾスにベリッと引き剥がされ、奇声を上げながら引きずられて行った。
水の王は、顔は可愛いのに、変態だと言うことが分かった日だった。
「………このせかいのじゅうにん、クセつよないか」
独りごちた、ある日の午後。