転生した
闇の中を、漂っていた。
先ほどまで襲っていた燃えるような痛みは、忽然と消え去っている。
不思議なもので、痛みが消えると冷静さが戻ってくる。手足の感覚は麻痺してしまったようだが、千紘の頭は、すっきりと冴えていた。
(とりあえず、俺は死んだと仮定する。
で、ここどこやねん………。意識ってこんなはっきりしてるモンか?
店のヤツらが心配っちゃ心配やけど、俺がおらんぐらいでどうにかなるような育て方してへんしな。
オカンも、一人にしてまうけどあの人強いからな。
最近会社の敏腕上司と付き合ってるらしいし………。
俺はもう守られへんから、ちゃんと守ってもらえよ。
一回ぐらい給料でアクセサリーとか買うたったら良かったわ………。今となっては叶わん願いやけど。
よし。未練らしい未練は無いから、幽霊になって現世にしがみつくような真似はせんで良さそうやな。)
現世に想いを残して、怨霊やらになったら目も当てられない。そんな事を考える余裕があるほどには、千紘は冷静な男であった。
彼に、死に対しての恐怖はなかった。というか、一瞬すぎて怖いと感じている暇がなかったのだ。
せめて、あの女性やドライバーが無事であることを祈るばかりである。
つらつらと考えていた千紘は、突如襲ってきた強烈な睡魔に抗うことなく、その意識を暗闇に委ねた。
最期に彼の脳裏に浮かんだのは、色とりどりの洋菓子たち。毎日彼の手から作り出されていたそれらは、ショーケースの中に並べると、まるで宝石箱を見ているようだった。あの美しい眺めをもう見ることが出来ないのは、少し残念だが仕方ない。
そうして、彼は今度こそ意識を手放し、闇に溶け込んでいったのだ____
__________パキッ
(………なんの音や?しかも何これベタベタすんねんけど)
微かな不快感と、窮屈な閉塞感。
身じろぎした拍子に、またあのパキッという音が連続して響いた。ごつごつした感触がする。
とにかく周囲の状況把握に努めようと、目蓋だと思しき器官を持ち上げようとする。上がらない。
何度か繰り返して、ようやく開いた目は、まだ慣れていないのかボヤけてピントが合わない。
微かに外の光が確認出来る程度だ。
もどかしさに体を動かせば、ひときわ大きくバキッという音がして、まばゆい光が全身を包んだ。
しばらくチカチカとしていたが、ようやくクリアになる視界。
目の前に、何故か美女がいた。
暗赤色の髪は、不思議な色合いをしている。透けるような真っ白の肌に、暗緑色の瞳。端正に整った顔立ちは人形のようで、生きているか心配になるレベルだ。
というか、温度が感じられない。え、生きてる?
その美女が、次の瞬間その宝石のような瞳に、零れ落ちんばかりの涙を溢れさせた。
瞳を縁取る長い睫毛が、ふるふると震えている。
(嘘やろ。俺が泣かせたみたいやん………)
美女の泣き顔は、途轍もなく罪悪感がある。
何はともあれ、生きているようで安心した。
目の保養とばかりにじっと観察していると、美女がそっと近づいてきて、震える両手で俺を持ち上げようとしてくる。
(いや、俺の体はそんな細腕じゃ無理やろ。)
そう思った次の瞬間、俺は自分の体に起きている異変を、ようやく認識した。
美女に気を取られすぎて状況把握を怠ってしまっていたのだ。
恐る恐る体の周囲を確認してみると、自分を中心に散らばる、卵の殻のようなもの。
自分の体をところどころ包む、粘膜。
極めつけは、ごつごつした体。カギ爪。
(………って、は?カギ爪?)
見慣れた人間のものではなく、むしろ爬虫類とかそういう類の肢体。
ここまで来ると、夢を見ているんだろうなとしか思えなくなってくる。現実逃避だ。
現実を直視出来ずに遠い目をしている俺を他所に、先ほどの美女がとうとう俺を抱え上げた。軽々と持ち上げ、恍惚とした表情でこちらを見てくる。
気まずいことこの上ない。
「嗚呼、お待ちしておりました我が君………!
なんと美しく、愛らしいお姿なんでしょう。ご生誕誠におめでとうございます」
突然興奮し出した美女に、ドン引きした。
美しいけど変態や。しかも我が君ってなんやねん。
こちらの冷めた目線に気づかず、頬ずりしてくる始末。
(いやそこ鱗やから。なに考えてるねん、痛ないんやろか………)
色々と危ない美女は一旦意識の外に置いて、俺は自分の体を見下ろす。
キラキラと光を浴びて輝く、透明の肉体。
もはや肉なのかどうかも定かではない。全身が硝子細工のようなのだ。
だが、俺は気づいてしまった。さっきからあちこちぶつけているにも関わらず傷ひとつ付かない。そして、水晶よりも遥かに眩い輝きを放つコレは。
___ダイヤモンドではないか、と。
自分の体が宝石で出来ているという衝撃の事実。
(何カラットやろ………)
冗談のような光景に、そんなどうでもいいことを考えてしまう。
辺りを見回すと、遥か先までごつごつとした岩場と広大な大地が続いている。
どうも鉱山のようなのだ。かなり標高の高い場所にいるらしく、逆側の眼前には大森林が見渡せた。見晴らしのよい、後ろに洞窟が控えた広場のような場所。
そこで、俺は孵化したようだ。
後に水場で自分の姿を映して気づいたのだが、何故か、想像上の生き物だったはずのドラゴンの姿を持って、俺は新たに生を受けたらしい。