髪は女の命と言いますが
手先が器用か不器用かで言われれば、別に不器用な方ではないと思う。
いや、本当、マジで。
本気と書いてマジと読む、みたいな。
ザックザック、シャキシャキ、なんて音を響かせていたけれど、今は手が止まり、利き手である右手に残るハサミ。
左手で差し出した鏡は、何か知らんけどハンドクリームが付いたとかで少しベタついている。
「いや、マジでごめん」
「オンザだよね。これ」
「マジでごめん」
もう一度謝罪をして、目の前で座る彼女を見た。
同い年にしてはどちらかと言うと、幼さの残る顔をしている彼女は、今現在、更に幼さを際立てる前髪をしている。
そうしたのは、紛れもないボク自身だが。
不器用じゃ、ない……はずだ。
料理とかは個人的にする意味を見い出せないからしないけれど、刺繍とか細かい作り物の作業とか、そういうのは割と得意なんだけど。
これは向いていたかったのか、何なのか。
取り敢えず初めてだからってことにしたい。
シャキンッ、とハサミを鳴らして、彼女の前髪を撫で付ける。
ボクから見て左から右へと微妙に長くなっている、俗に言うアシメ状態。
因みにアシメはアシンメトリーの略称だけれど、ちゃんと知って皆は使っているのだろうか。
現実逃避をしていたら「アシメオンザって」と呟く彼女には、本当に申し訳ないことをしたと思う。
髪は女の命とも言うし。
いや、ボクの場合は女だけれど伸ばしっぱなしの癖っ毛で、そんなことに気を回したことがないので、良く分からない話なのだが。
「でも、大丈夫。可愛いから」
「必死だね」
笑いながらそんなことを言う彼女。
少なくともそこまで怒っているようには見えない。
声音としては必死さに欠けるけれど、言葉が必死なのだ。
人に対して『可愛い』なんて、やたらめったら言わないから。
ベタつく鏡を、彼女の持っていたポーチの中に突っ込んで、鞄の中にしまう。
ボンッ、と鞄を叩けば「ピン留め、付けてくるね」と、席を立つ彼女。
ボクはその背中を見送って頭を掻く。
女子力に欠ける、と言うか、オシャレとかそういう概念がほとんど存在しないボクの辞書。
慣れないことはするもんじゃない。
他人の髪にハサミを入れること自体初めてだし、自分の髪にハサミを入れたことも数えられるほどしかないのも事実。
――その数えられるほどは片手で事足りる。
もう一度頭を掻いて、持っていたハサミを筆箱にしまう。
断髪式という名の前髪を整えるだけの行為は、放課後の教室で行ったために、まともな梳きバサミなんて存在しない。
ハサミが悪かったのか、なんて思えない。
悪いのはどう考えてもボクの腕前だ。
深い溜息を落としていると、わざわざトイレの鏡でピン留めを付けに行っていた彼女が戻って来る。
鏡があるのに何故、なんていう理由は求めない。
彼女の鏡が半壊状態で立ち上がらないから、わざわざトイレまで行っただけだ。
新しい鏡買えよ、とは思っても言わない。
と言うか今現在言える立場じゃない気がする。
「もう帰る?」
幼さ全開で彼女が笑うから、何だか余計に申し訳なくなって、三度目の謝罪をした。
それでも彼女は笑顔のままなので、帰宅後に軽く十ヶ月近く切っていなかった髪――前髪にハサミを入れるボク。
次の日に彼女が、目を丸めてから同じように笑ったのは言うまでもない。