掘削士、先導する
95-①
青年に連れられて、武光達は街から少し離れた岩山まで走って逃げてきた。
青年は周囲を見回し、追っ手がいないのを確認すると、大きく息を吐いた。
「ここまでくればもう大丈夫だろ……ふぅ、危なかったー」
近くの岩に腰かけた青年に、武光は頭を下げた。
「助かりました。俺、唐観武光っていいます。あなたは……?」
「俺か? 俺はマイク・ターミスタの坑道掘削師、エスカ=ホリだ、よろしく」
そう言ってエスカは泥だらけの顔で笑った。
「アスタト神殿で巫女を務めさせて頂いてるナジミと申します」
「王国軍監査武官、ジャイナ=バトリッチです」
「術士のリョエン=ボウシンです、よろしく」
武光に続いて挨拶した三人に、エスカは『よろしく!!』と応じた。
「ところであんた達……王国軍の兵隊さんなんだよな?」
「ええ、そうよ!! 我々はマイク・ターミスタの人々を救う為に来ました!!」
エスカの問いに、ミトが力強く答えた。
「エスカさん、今マイク・ターミスタの状況はどうなっているのです?」
「……酷いもんさ。街中オーガだらけで、捕まっている奴も大勢いる。俺は解放軍の一員として、街の連中を密かに逃がす為の抜け穴を掘ってんだ」
「解放軍?」
「ああ、オーガ共の襲撃から逃れた連中の中から、この街を取り戻す為に有志で集まった奴らさ。ま……解放 “軍” なんて名乗っちゃあいるが、兵士は一人もいねえ。皆、この街の職人や技術者で、戦いに関してはド素人ばっかりだ。でもよ……何も、武器を手にやり合うだけが戦いじゃねえ。ここいらは、山から街の下まで、俺達が掘った坑道やら、自然の地下洞やらが蜘蛛の巣みてぇに拡がっているからな。俺達ゃその坑道を利用して、オーガ共に捕まった連中を、隙を見て街の外に少しずつ逃がしてるのさ。ま……あんたらみたいに、武器を持っての戦いは出来なくても、掘削士には掘削士なりの、技術者には技術者なりの戦い方があるって事よ!!」
そう言って、エスカはワハハと豪快に笑った。その笑顔は自分の仕事に誇りと自信を持つ者の表情である。
「いや、それにしても……さっきのあんたら凄かったよ。あの屈強なオーガ共をこう “バサッ!!” と斬り捨てて!! あいつらの肉体は並の剣や槍だとほとんど刃が通らないんだぜ? なぁ、あんた達にも任務ってものがあるのかもしれねぇが……良かったら街の連中を逃がすのに力を貸してくれねぇか?」
エスカの頼みに、ミトは力強く頷いた。
「もちろんです、我々はマイク・ターミスタの人々を救う為に来たのですから!!」
「ありがてぇ、それじゃあ俺と一緒に来てくれ。こっちに俺が掘った秘密の抜け穴があるんだ、アジトに案内するよ」
95-②
武光一行は、エスカに連れられて、まるで迷路のように入り組んだ薄暗い地下の坑道を歩いていた。
人が二人並んで歩くのが精一杯の広さの坑道を、時に右に曲がり、時に左に曲がり、時に上ったり、下がったりしながら、ひたすらに歩き続ける。
かれこれ三十分近くは歩いただろうか。武光達はすっかり方向感覚を無くしていた。もし今エスカとはぐれようものなら遭難は免れない。
「それにしても……」
武光は坑道に入ってからずぅーーーーーっと、掘削の素晴らしさについて延々と語り続けるエスカに閉口し、隣を歩くリョエンに声そっと声をかけた。
「先生、この人めちゃくちゃ喋りますやん」
「え、ええ……ま、まぁ昔からこの国の内外を問わず、マイク・ターミスタの職人達の仕事に対する探究心とこだわりは『情熱を超えて、もはや変態の域』と評されているほどですし」
武光の視線の先では、エスカが掘削に対する愛を歌にしたオリジナルソングを熱唱している。
「う、確かに……変態やわ」
「ええ、変態ですね」
「ねぇ」
武光とリョエンの会話を後ろで聞いていたミトが武光の服の袖をクイクイと引っ張った。
「ん? 何やミト」
「……『ヘンタイ』って、何なの?」
「「ぶふぉっ!?」」
武光とリョエンは思わずむせた。普段はアレでもやはり一国の姫である。『変態』などという言葉を教えて良いものか!?
頭を抱える武光とリョエンに、ミトがさらに追い打ちをかける。
「何なのよ!? 良いから教えなさいよ、処刑するわよ!!」
「それは……その……変態ってのは……アレや……なっ、ナジミ!!」
「ええっ!? わ、私ですか!?」
「女同士やし、お……お前が教えたれや」
「む、無理です!! 神職である私がそんな事──」
「ナジミさん!!」
「うっ……姫様……そ、そんな真っ直ぐな目で見つめないで下さい〜〜〜」
「早く!!」
「うっ……え……と、その……変態的と言うのはですね、何と言うかその……『情熱が普通じゃない』と言いますか……」
(おお……ええぞナジミ!!)
(ナジミさん、上手くボカした!!)
ナジミの説明にミトは納得したようで、深々と頷いた。
「なるほど……じゃあ、私は『ヘンタイ』なのね!!」
「「「ぶほぁっ!?」」」
武光とナジミ、リョエンの三人は思わずむせた。
「え? だってヘンタイって、『尋常じゃない情熱を持つ者』を讃える言葉なのでしょう? それならば、魔王を討伐し、救民護国に全身全霊をかける私は正に……どヘンタイっっっ!!」
「じゃ、ジャイナさん!! そういう事は女性は口に出してはいけません!!」
「え? ダメなの!?」
「ダメです、絶対にダメですっっっ!! 女性が人前でそんな事を口走ったりしたら、えっと……その……アレです……変態の神様に祟られますよ!!」
「へ、ヘンタイ神に祟られる!?」
「え……ええ、そうですよ? あんな事とか……こんな事とか……それはもうヒドイ目にあって、一生ものの傷をつけられちゃうんですからねっっっ!!」
それを聞いたミトはぶるりと身震いした。
「で、でも……さっきリョエンさんがマイク・ターミスタの職人達は皆ヘンタイだって──」
「マイク・ターミスタの職人さんは特別な訓練を受けてるから平気なんですっ!!」
「そ、そうなの!?」
「そうです!! だから、絶対に人前で『自分はど変態!!』などと、口が裂けて内臓が破裂して全身の骨が砕け散っても絶対に言ってはいけません!! 本当に危険なんですからね!? 良いですね!?」
「は、はい……!!」
ナジミのあまりの剣幕にミトは思わず頷いた。
……そうこうしている内に、先頭を歩くエスカが足を止めた。
「……着いたぜ」
「着いたって……行き止まりですやん」
坑道が、直径2m近くはあろうかという、丸く巨大な岩で塞がれていた。
「ふふん、行き止まりだと思うだろう? ……よいしょっと!!」
武光は驚愕した。エスカが、通路を塞ぐ岩に手をつき、岩を押すと、巨大な岩が軽々と動いたのだ。岩の下に隠されていた梯子が露わになる。
「驚いたかい、武光さん。この岩、実はハリボテでめちゃくちゃ軽いんだよ。芸術家のドウ=オーグさんの自信作だよ」
「す、凄い……」
どこからどう見ても本物にしか見えない岩のハリボテを前に、武光は思った。
何やねんこの超絶クオリティ……ヤバい、こいつら変態や。
「さぁ、俺に続いて降りてくれ」
エスカに先導されて、武光一行は、解放軍のアジトにたどり着いた。




