斬られ役、対決させられる
9-①
(ヤバい…ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!!)
武光は焦りまくった。何とか…何とか誤魔化さなければ!!
「恐れながら……例え手合わせと言えど、畏れ多くも姫様に刃を向けるなど、某には出来ませぬ!! 平に、平にご容赦をー!!」
床に頭を擦りつけんばかりに平伏する武光をミトは嘲笑った。
「あらあら、先程までの堂々とした態度は何処へ行ってしまったのかしら? それに今から私達が行うのは、手合わせではなく、真剣を使った決闘よ?」
「し、真剣!? (アホかっ!! こっちの刀は木の刀身に100均で買うた台所補修用アルミテープ貼っ付けただけの竹光やぞ!?)」
「そうよ」
「なれば、尚更お受け出来ませぬ!!」
「どうしてかしら? やはりあなたは国王陛下を騙そうとした偽物なのかしら?」
アカン、誤魔化しきれへん。武光はナジミに助けを求めようとチラリと視線をやったが……
「かえるがおさるに体当たり〜♪ へへへ……」
ナジミは、虚ろな目で、謎の歌を小声で口ずさんでいた。
(何やねんその歌!? 何か現実逃避し始めてるし……こ、こうなったら娘を思うオトンの愛に賭けるしかあらへん!!)
武光は意を決して言った。
「某、武骨者なれば……手加減を誤り、大切な姫様の御身に傷を付けてしまうやもしれませぬ!!」
祈るような気持ちで武光はアナザワルドを見た。さぁ、早よ娘を止めたらんかい、オトン!!
「……構わぬ。もしこのじゃじゃ馬を傷付けたとしても罪には問わぬ」
「おとーーーーーーーーーん!? あっ、いや何でもありませんっ!!」
「お父様のお許しも出た事だし、早速始めましょうか?」
「い、致し方ありませぬ」
こうなってしまっては、もはや死中に活を求めるしかない。武光は腹を括って立ち上がった。
武光は、隣で固まっているナジミを優しく立たせると、邪魔にならないように壁際に移動させ、小声で話しかけた。
「危ないからここでじっとしとけよ?」
「武光様……短い付き合いでしたが、貴方の魂は私が生涯をかけて弔いますっ」
「アホか、縁起でもない事言うなや!?」
「で、でも……相手は剣術の天才と名高きミト姫様、しかも武光様の刀は木で出来た偽物、それに何より……武光様は斬られてばっかりの斬られ役じゃないですか!?」
「大丈夫や、作戦はある」
そう言うと武光はミトの前に立った。
「……お待たせ致した。では1・2の3で、互いに刀を抜いて、勝負という事でよろしいか?」
「ええ。お父様……決闘の合図を」
「うむ」
アナザワルドは頷き、玉座から立ち上がった。
「……ひとぉーーーーーつッッッ!!」
武光は右足を少し前に出し、床を踏みしめると、腰を深く落とした。地面に根を下ろすように、しかし力み過ぎないように。
「……ふたぁーーーーーつッッッ!!」
左手で鞘の鯉口を握り、ゆっくりと身体を左に引く。
「……みっつッッッ!!」
脚の踏み込み、腰の捻り、上半身の発条、そしてひたすら前へと向かう意識……あと気合!!
それらを総動員して武光の鞘から抜き放たれた刃は、剣の柄に手をかけたミトの首筋にピタリと当てられていた。
首筋に刃を当てられたミトは、剣の柄に手をかけたまま動けずにいたが、アナザワルドが「それまで!!」と宣言すると、その場にへたり込んだ。
武光の作戦とは至って単純なものだった。刃を交えては勝ち目がない以上、勝つ方法はただ一つ、それは……『相手が剣を抜く前に勝つ!!』という事だ。
互いに刀を抜いた状態で勝負が始まってしまっては、1mmの勝ち目も無いので、武光はわざわざ『1・2の3で刀を抜いて勝負』という状態に持ち込んのだ。
そうなれば十分に勝機はあると武光は思っていた。なぜなら、日本刀は抜刀に非常に適した形になっているし、何より武光の刀の刀身は、鉄よりも遥かに軽い “樫の木” で出来ている、そこから繰り出される抜刀のスピードはかなりのものだ。
対して、相手は抜刀に向かない直剣、しかも重たい甲冑を身に纏っているのだ。
果たして、武光は賭けに勝った。
アナザワルドが『それまで!!』と言ったのを聞いた武光は、刀身が木で出来た偽物だとバレる前に大急ぎで刀を鞘に収めた。
「姫様、ご無礼の段……平にご容赦を……って痛っっっ!?」
武光はへたり込んでいるミトに手を差し出したが、乱暴にその手を払われた。
「……納得いきません!! 今一度……今一度私と勝負しなさい!!」
ミトの言葉に武光は焦った。これ以上やったら流石にボロが出てしまう、何とか……何とかして言いくるめねば!!
「しょ……笑止ッッッ!!」
武光はミトを怒鳴りつけた。
「これが実戦なれば、姫様の首は飛ばされておりまする!! 首を落とされた者に、今一度もやり直しもあるものか!!」
とにかく必死だった。絶対に、どうしても、何が何でも再戦は避けねばならない。
「で、でも……」
「言い訳無用!! そのような甘い考えと半端な覚悟で戦に臨むなど言語道断!!」
自分も実戦になんて出た事無いくせに何を言ってるのかと思いつつも、武光は畳み掛けた。しつこいようだが、何としても再戦は避けねばならない、バレたらきっと、それはもうえげつない方法で殺されるに違いない。
「姫様が、首を刎ねられても尚戦えると仰られるのであれば、もう一戦仕る!!」
武光の放った言葉に、ミトは顔を真っ赤にして俯いた。肩が小刻みに震え、ボタボタと悔し涙を流している。
(ゲェーッ!? アカン……やり過ぎた!! 泣かしてもうたやんけ!!)
武光はめちゃくちゃ焦った。黙らせるだけで良かったのに、もし今目の前で泣いている姫がたった一言『この無礼者を捕らえろ』などと言おうものなら、あっと言う間に捕らえられた後、それはもうとんでもなくどギツい方法で処刑されるに違いない。
「あ、あの姫様? そのー、何と言いますか……少し口が過ぎました。も、申し訳ありま……オウッッッ!?」
ミトは、膝で武光に金的を食らわすと何も言わずに走り去ってしまった。股間を押さえながらうずくまって悶絶する武光を目の当たりにしたアナザワルド以下、謁見の間の男達は、思わず内股になった。
「た、武光様ー!?」
ナジミが駆け寄り、武光の背中をさする。流石のアナザワルドも心配そうに武光に声をかけた。
「た、武光よ……大丈夫か?」
「……む、無理かもしれませぬ」
「……うむ、さぞや苦しいであろうな。そのままで構わぬ。異世界の戦士唐観武光、そしてアスタトの巫女ナジミ、改めて、そなたたちに魔王シンの討伐を命じる!!」
「あ、有難き幸せ……」
何とも間抜けな拝命となったが、兎にも角にも武光とナジミは打首の危機を乗り切った。
「アスタトに戻り出立の支度をせよ。数日の内に《監査武官》を一人選んで派遣するゆえ、その者と合流した後に出立するのだ」
「……は」
「は、はいっ!!」
武光は金的の激痛で、ナジミは限界を超えた緊張感で、二人共フラフラになりながら謁見の間を後にした。
二人が謁見の間を退出してしばらくした後、大臣がアナザワルドに告げた。
「次の者が国王陛下への拝謁を待っております。リヴァル=シューエンです」
9-②
武光はナジミに肩を支えてもらいながら、城の外に出た。
「……な? 何とかなったやろ?」
「……はい」
国王が馬車を用意してくれている駐車所まで歩いてゆく。
「……なぁ、ちょっとそこの草むらに入ってくれへん?」
「……はい、私も丁度そうしたいと思ってたんです」
二人は駐車所への道の脇にある草むらに入り、そして……
「「うっ…………ゔおえええええええええええっ!!」」
二人は思いっきり嘔吐いた。
「はぁ……はぁ……な、何だ武光様もめちゃくちゃビビってたんじゃないですか」
「あ、当たり前やろ、あんなもん誰でも緊張するっちゅうねん、あのオッサンめちゃくちゃ顔怖いしやな……うぇっ」
「だって行く前はあんなに自信満々だったじゃないですか!?」
「それはアレや、本番直前に “無理や” って言うてテンション下げる奴があるかいな」
「じゃあアレ、何の根拠も無いカラ元気だったんですか!?」
「……せやで。何か文句あるか?」
「…………ふふっ」
「…………へへへ」
二人は顔を見合わせた後、高らかに笑い、そして嘔吐いた。今更ながら、よくもまあ無事に乗り切れたものだ。思い出しただけで、背筋がぞくりとする。
「さてと……帰るか!!」
「はいっ!!」
二人は草むらを出た。この時、駐車所に向かう二人の背中に、厳しい視線を送る影があった事に二人は気付いていなかった。