勇者、出会う
12-①
武光達がイスミと遭遇していたのと同時刻、アスタト村の入口から少し離れた街道で、三人の男女が20人近い野盗の群れに取り囲まれていた。
「通してくれ、友との約束がある。アスタト神殿に行かなくちゃならない」
そう言った眉目秀麗なる精悍な青年は『ヴァっさん』こと、リヴァル=シューエンである。
「……痛い目を見たくなければそこを退け」
リヴァルの傍らに立つ、身の丈程もある大剣を背負った壮年の男が言った。リヴァルの仲間のヴァンプ=フトーである。
「そうですよー、この人と戦ったら全身の骨へし折られて、内臓ぐっちゃぐちゃにされて、一滴も無くなるまで血を絞り取られた挙句、脳髄ぶち撒けられちゃいますよー」
ヴァンプの傍らに立つ鉄扇を持ったおっとりした雰囲気の女性、キサン=ボウシンもヴァンプの言葉に続く。
「……いや、そこまではしないぞ」
「頼むから通してくれないか? こちらに敵対の意思は無い」
リヴァルは再度野盗達に問うたが、当然ながら野盗達は道を開けない。野盗達の輪の中から頭目らしき髭面の大男が出て来た。
「何寝ぼけたことぬかしてやがる、そっちにその気が無くてもこっちにはあるんだよ……って、おいそこの女」
「はいー?」
「どうして俺を扇いでやがる!?」
「いやー、どうでも良いんですけど、臭いなーと思ってー、貴方達、ちゃんとお風呂入ってるんですかー?」
「こ、このアマ……舐めやがって!! 全員ブッ殺せー!!」
雄叫びを上げて、野党達がリヴァル達に殺到する。
「改心してくれれば命までは取るまいと思っていたが……仕方ない、行くぞ!! ヴァンプ、キサン!!」
リヴァルは、面倒な事に巻き込まれたなと思いつつ、剣を抜いた。約束の時間に遅れるかもしれない。
12-②
話は三日前に遡る。リヴァルとその仲間達はアスタトとダイ・カイトを結んだ線上の、アスタト寄りおよそ4分の1地点にある《リナト》という町に滞在していた。
リヴァルは、旅をする為の道具を揃えに一人で街の雑貨屋に行き、そこで、同じく旅をする為の道具を揃えに来ていた武光とナジミ、そして恐らく彼らの担当であろう仮面を着けた女性監査武官と出会った。
武光の黒い髪を見て、直感的にこの男がミト姫と決闘して勝ったという異界の戦士だという事を悟ったリヴァルは、男に話しかけてみた。
「失礼、貴方はもしや……唐観武光殿ではありませんか?」
「えっ、ハイ。そうですけど……どちらさんですか?」
「私はリヴァル=シューエン、貴方と同じく、魔王討伐に名乗りを上げた者です」
「あっ、そうすか。リヴァルさんも魔王討伐に……」
「ええ、武光殿……貴方のお噂はかねがね」
「えっ、噂……?」
「武光殿はあのミト姫に剣で圧勝されたそうですね。あの気の強い姫君が、泣きながら謁見の間を飛び出したと聞いてます」
その言葉を聞いた瞬間、武光の隣にいた監査武官が噛み付くように反論してきた。
「はぁ!? あんなのインチキですし!! って言うか泣いてなんかいませんでしたし!!」
「いや、何でジャイナさんがキレるんすか?」
武光にジャイナと呼ばれた監査武官の剣幕に若干引きつつも、リヴァルは、「まさかこの監査武官の正体はミト姫様………………の熱烈な信奉者かっ!!」と思った。
「貴方には一度会ってみたいと思っていたのです。よろしければ近くで食事でも」
「はぁ」
年齢が近い事もあってか、二人はすぐに打ち解け、意気投合した。(陽気で剽軽だが、内に強い芯を秘めた男)、(めっちゃええ奴)それがリヴァルと武光がそれぞれ相手に抱いた第一印象だった。
そしてリヴァルは新しく出来た友、唐観武光に一つの頼み事をされた。それは、
『強盗に扮して、アスタト神殿を襲撃するフリをして欲しい』
という、何とも珍妙なものだった。理由を聞いたら、アスタト神殿でナジミと共に暮らしている孤児達の不安を払拭する為だという。
子供達は武光の強さを疑問視しているらしく、武光がいざという時にナジミを守れるのか心配しているらしい。ナジミが子供達に「武光様はあのミト姫様に余裕で勝った」と伝えたら、子供達は一応の納得をみせかけたものの、城から派遣されてきた女性監査武官、ジャイナ=バトリッチが『あんなのはインチキだ!!』だの『あれは無効試合だ!!』だのと騒いだせいで子供達は再び武光達に不信感を抱いてしまったらしい。
そこで、ナジミの発案で、武光が強いという事を子供達に見せる為に一芝居打とうという事になったのだが、悪役を引き受けてくれる人物がいなくて困っていたところに、武光達はリヴァルと出会ったのだった。
子供達の為と聞いて、好青年リヴァルは快く悪役を引き受けた。そして、武光の指導の下、芝居の稽古が始まった。
~~~~~
「ハイ、ヴァっさんがそこでナジミを人質に取る!!」
「さぁ……命が惜しければ金目の物を用意するのだ」
「ヴァっさん!! カッコ良すぎるわ、もっとゲスく、悪辣な感じで!! ぐへへへへ……死にたくなかったら、金目の物を出せぇ!! みたいな感じで!!」
「は、はい!!(武光殿、何でそんなに上手いんだ……?)」
~~~~~
「……最初に心臓目掛けて突く!! そしたら躱されるから、すかさず振り返って刀を上から下に振り下ろす!! そうそうそうそう、ええ感じ!!」
「こんな感じですか?」
「うーん、構える時にもうちょい腰を低くして、猫背気味に構えてみよか? ところでナジミ、リヴァルを見てくれ。こいつをどう思う?」
「すごく……悪者っぽいです……」
「で、最後に斬られる時は、もう半歩踏み込んで!! あんまり離れ過ぎたら、斬ってへんのバレてまうからな、体で隠す感じで、そう!!」
~~~~~
「武光殿……遂に完成しましたね!!」
「ありがとうヴァっさん!! ヴァっさん寸止めとか身体の捌き方とかビビるくらい吞み込み早いし…舞刃団に欲しいくらいやわ、マジで」
「武光様、カッコイイ……めちゃくちゃカッコイイですよ!?」
「やろ? 伊達に7年も舞台に立ってへんからな!!」
「えっ、舞台……?」
「あっ、いや何でもないねん。じゃあヴァっさん、三日後の夕方にアスタト神殿の裏口に来て!!」
「分かりました!!」
そして約束の日、リヴァルは野次馬根性を出した仲間と共に、武光の技術と経験と知識を総動員して完成させた渾身の立ち回り、《武光スペシャル》を引っさげてアスタトに向かう途中で野盗の群れに遭遇したのであった。
12-③
……正に死屍累々だった。
リヴァル達の周囲には野盗達の屍が散乱していた。20人近くいた野盗達も、残すは頭目ただ一人となっていた。手下達の屍の山を見て、頭目は逃げ出そうとした……が、
「どこに行くつもりですかー?」
「ひっ!?」
キサンが逃げようとした頭目の前に立ち塞がった。
「た、助けてくれ!! お、俺が悪かった。俺はもうあんたらと戦うつもりは……」
必死に命乞いをする頭目に対して、キサンはにっこりと微笑んだ。
「やだなー、何寝ぼけた事言ってるんですかー、そっちにその気がなくても……こっちにはあるんですよ?」
キサンの鉄扇から生じた真空波が頭目の首を斬り落とした。
「すっかり時間を取られてしまった。それに、返り血でドロドロだ」
リヴァルは呼吸一つ乱していなかった。血振りをして刀身に付着した血を落とすと、剣を鞘に納めた。
「……近くに川がある、そこで洗って来い。こいつらの処理は俺がしておく。キサン、お前はリヴァルと一緒に行って服を乾かしてやれ」
「もー、私の《風術》は洗濯物を乾燥させる為にあるんじゃないですからねー?」
「二人とも済まない」
ヴァンプに言われて、川に向かったリヴァルは川の水で返り血を落とし、キサンに服を乾かしてもらった後ようやくアスタト神殿に到着した。約束の時間に大幅に遅れてしまったが、武光達はまだいるだろうか。用意していた布で顔の下半分を隠し、裏口のドアをそっと開けた。
「あっ」
「あっ」
リヴァルは動揺した。裏口から侵入した瞬間に、四人の子供達と鉢合わせしてしまったのだ。
「どちら様ですか?」
「えっと、その……強盗だ!!」
リヴァルは頑張ってドスの効いた声を出したが、子供達は動じない。
「もしかして、貴方もナジミ様に頼まれたんですか?」
「えっ?」
「全くよー、バレバレなんだよ。ドジミが演技下手過ぎなんだって」
「でも武光はカッコイイかもと思っちゃった」
「おもしろかったー!!」
「みんな、ナジミ様なりに私達を安心させようと一生懸命なんだから、元気に送り出して、ナジミ様を安心させてあげようよ!!」
「……しょうがねーなー。ま、武光は意外と強そうだし」
「……分かった」
「……うん」
リヴァルが子供達の健気さに胸を打たれていると、武光とナジミ、それと若い男がやって来た。
「あっ、その……みんな強盗よ!! 逃げてー!!」
子供達は顔を見合わせると、バタバタと部屋から出て行った。子供達が出て行ったのを確認するとナジミは慌てて部屋の扉を閉めた。
「ヴァっさーん、遅刻やで遅刻!!」
「すみません、ここにくる途中で野盗共と遭遇してしまいまして…」
「ええっ!? 大丈夫やったんかいな!?」
「ええ。仲間が撃退してくれました。今、後の処理をしてくれています。それより武光殿、芝居の方は……」
「ああ、ここにいるイスミさんに急遽代役に入ってもらってやったわ。武光スペシャルはでけへんかったけど……ゴメンなヴァっさん、せっかく引き受けてくれたのに……」
「いえ、約束の時間に遅れて来たのはこちらですから」
「子供達にバレてないでしょうか……?」
ナジミは不安げな声を出したが、リヴァルは笑顔で大丈夫ですよと答えた。
その後、リヴァルは武光と、共に力を合わせて魔王を倒す事を誓い神殿を後にした。
……そして、旅立ちの朝が来た。




