赤鬼、泣く
110-①
「はぁ……はぁ……ようやく見つけたぞ、モモタロウ……!!」
突如として工房に現れたオーガと、武光は対峙していた。赤い身体に一本角の若いオーガである。人間で言えば高校生くらいだろうか。
武光は若いオーガに対し、不敵な笑みを浮かべた。
「フッ……たった一人で殴り込みに来るとはいい度胸だが……俺は無益な殺生は好まん。あたら若い命を散らす事もあるまい、見逃してやるから大人しく去ねぃ!!」
「……人の後ろに隠れて言う台詞ですかっ!!」
ミトは、あろう事か自分を盾にしている武光に抗議した。
「だって…………怖い」
「アホかーーー!? 全く……このオーガは私が成敗してやるわ!!」
「ま、待ってくれ!!」
ミトは、呆れつつも宝剣カヤ・ビラキを鞘から抜き、若いオーガに斬りかかろうとしたが、オーガは両手を前に出して待ったをかけた。
「お、俺は戦いに来たんじゃない!!」
「あん? ほんなら何しに……って、おい!?」
若いオーガが突然土下座した。
「お願いします……俺達を助けて下さい!! このままじゃ皆、殺されちまう!!」
「えーっと……すまん、話が全く見えてけえへんねんけど。『殺される』って……誰に?」
「……ザンギャクの大将です」
若いオーガが絞り出した答えを聞いて、武光は思いっきり首を傾げた。
「待てや、何でザンギャクが子分のお前らを襲うねん!?」
「ザンギャクの大将は、黄金角を折られて失った力を取り戻す為に……手当たり次第に仲間達を殺して、血肉を喰らっているんです!! 幹部連中までみんな喰われちまって……あれはもう俺達の大将じゃねぇ……オーガだろうと人間だろうと、視界に入った者を全て殺し、喰らうバケモノだ!! 大将を止められるのはこの街ではもう、アンタしかいない……恥を忍んでお願いします、俺達を……助けて下さい!!」
「ええ……急にそんな事言われてもなぁ……」
……まさか鬼に鬼退治を頼まれるとは……再び土下座した若いオーガを前に武光は困惑しまくりだったが、ミトはオーガにピシャリと言い放った。
「ふざけないで!! 私達は貴方達を成敗して、この街の人々を解放する為にこの街に来たのよ!? オーガの自滅……手間が省けて大いに結構だわ!!」
「くっ……」
「それに……今の話だって本当かどうか分かったものではないわ!! 私達を誘い出すための罠に決まってるわ!! ね、武光?」
「それは確かに……」
「お、俺は嘘なんか吐いてねぇ!! なぁ、頼むよ!! 信じてくれよ!!」
「むむむ……」
「た、武光様ーーーーー!!」
頭を下げ続けるオーガに、武光が頭を悩ませていると、ナジミとリョエンが鍛治場へやって来た。
「た、武光様……オーガが襲撃してきたって本当ですか!!」
「うーん、襲撃と言うか……陳情と言うか……」
「えっ、陳情……ですか?」
武光はナジミとリョエンにここまでの経緯を説明した。
「武光様、それってやっぱり罠なんじゃ……」
「武光君、私もその話を信じるのは危険だと思う。どう贔屓目に見ても罠の可能性が高い」
それを聞いた若いオーガは、武光がナジミ達に説明している間もずぅぅぅっと下げ続けていた顔を上げた。
「罠なんかじゃねぇって!! って……ひぃぃぃぃぃっ!!」
ナジミの顔を見た途端、若いオーガは悲鳴をあげながら跳び退いた。恐怖と絶望が入り混じったような表情で、全身から汗を吹き出し、ブルブルと震えている。
「あっ……君は!?」
「知ってんのか、ナジミ?」
「……武光様、彼の言う事を信じてあげましょう」
「は!? お前もさっき『これは罠かもしれん』って言うてたやないか。それに……あいつは鬼やねんぞ?」
「彼は良いオーガです!!」
「だから何でやねんな!?」
「何故なら彼は……角を沢山分けてくれました!!」
それを聞いたオーガはすぐさま反論した。
「ふざけんなーーー!! 何が『分けてくれました』だ!! お、俺を意識を失うまでぶん殴った挙句、縄でキツく縛って……『優しくしてあげるから!!』だの『先っぽだけだから!!』だの……嫌がる俺の角を何度も何度も……うううっ……あんな……あんな辱めを……」
「分かった!! もうええ……もうそれ以上言わんでええ……」
武光はポロポロと涙を流すオーガの肩に手を置くと、ゆっくりと立たせた。
「先生……ミトの耳、塞いどいて下さい……」
「えっ、ちょっ……何でよ!?」
「おこちゃまにはまだ早い!! ええから大人しくしとけ!! 先生、頼んます」
「分かりました。姫様、ご無礼を」
リョエンがミトの両耳を塞いだのを確認すると、武光はナジミの方に向き直った。
「この……強姦魔巫女!!」
「ひ、人聞きの悪い事言わないでくださいよ!!」
「痛々しすぎて見てられへんわ!! 見てみ、アイツあんなに怯えて……チワワみたいになってもうてるやん!!」
「わ……私だって武光様の力になろうと必死だったんですからね!?」
「ぐぬぅ……まぁええわ。ある意味コイツのお陰でイットーの修復が出来るようになったみたいなもんやし……おい、お前!!」
武光は若いオーガに呼びかけた。
「名前は?」
「……ギリと言います」
「しゃーない……助けたるわ!!」
「ほ……本当ですか!?」
「おう!! その代わり、俺がザンギャクを斬ったら……仲間を連れてこの街から出てけよ!?」
「わ……分かりました、お願いします!!」
「おうよ、ザンギャクがなんぼのもんじゃい!! 修復が終わったイットーと俺で斬り捨てたらぁ!!」
「ほう……誰が俺を斬り捨てるって……ええ!?」
「どげえええええーーーーっ!?」
ギリを追って、ザンギャクが 現れた!




