本日は来客有り
静かな部屋に鳴り響く鉛筆の音。
外から聞こえてくる吹奏楽部の演奏。
絵皿を洗う水道の水。
色々な音が聞こえてくる。
それはなんだか心地よくて、懐かしくて
ずっとここにいたいと思ってしまうのだ。
「それはさすがにどうかと思いますよ……」
呆れた声が俺の頭上から聞こえてきた。見上げると、さらさらとした黒髪ロングに少し着崩した制服、そしてスラリとしたスタイルをした美少女がそこにいた。
「何か用か、卯佐美郁奈。」
「だってなんですか、その謎ポエム。わざわざ絵の中に入れるとか意味が分からないですよ。」
なかなか失礼なことをいう。これが先輩に対する態度だというのだろうか?
「お前はもっと先輩を敬ったらどうだ。」
「いやいや、戸崎先輩以外は尊敬していますよー」
あははーと乾いた笑いをしながら、やつはタッタッと水を組みにいった。
何しにきたんだアイツは。とりあえず、色塗りしないとな。
塗りながらふと入部したての頃の卯佐美を思い出し、感傷にひたる。
あの頃の姿は幻だったのだ。いまの卯佐美はもはや悪魔のような存在だ、容姿こそ天使のようだが。
ああ、あの悪魔はいつになれば完璧な天使になるのか…
もやもやした気分が伝わっていたのか
「大丈夫カナ?元気ないようだけド…」
さっきのとはまるで違う優しさ溢れるその声の主が目の前にひょこっと現れた。
「いえいえ大丈夫でっす!リス部長!」
元気よく返事をするとリス部長こと栗鼠斗安未果は安心したように微笑んだ。
ああ…これこそが女神だよなあ…
「なら、よかったヨ〜!あんまり無理しちゃダメダヨ?」
そういってトテトテと自分の作品のところへと歩いていった。
リス部長は高校3年生でありながら145cmしかない身長、まだあどけなさが残る愛らしい顔、トレードマークの大きなアホ毛というロリコン男子によるロリコン男子のための女子だ。
確かに見ているとキュンとする可愛さがある。
だが、俺はロリコンではない。断じて。
それはきっと子供を見守る父親のような感情なのだろう。
そうでありたい。と呟きつつ作業を続けていく。塗って、塗って、塗って。
いつの間にか外は暗くなっていた。携帯を開くと19時を指している。
「はあー、終わった…ていうか、もうこんな時間かよ。卯佐美もリス部長も帰っちまったしなー」
美術部は俺と卯佐美、リス部長の3人だけだ。
3人でも部活を続けていけるのはひとえに顧問の鹿目先生のおかげだろう。
ありがとう、鹿目先生!
感謝の心を胸に秘め、絵皿を洗っていると
「佑都はいるかーっ!」
いきなりドアが強く音を立てて開き、ずかずかと1人の男が入ってきた。
遠目からでもわかるイケメン感を振りまきながら近づいてくる。
「なんだよ、狗田。何か用か?用件はそこから言え。」
「なにっ⁉︎」とたじろぎその場に立ち止まる狗田。
なかなか素直なやつだった。
「まあ、それは冗談としてどうしたんだ?」
いつもだったらとっくに帰ってるであろう時間にわざわざ来たのはよほどのことだろう。
「いや…それがさー」
狗田はゆっくりとこちらに距離を詰めつつ困ったような表情を見せた。
「教室で…「陽司ぃぃぃ!」
突然の大声に狗田の声がかき消された。振り向くと入り口のそばで息を切らした女子が立っていた。
「あ、あれ?陽司は…」
走ったせいか乱れたポニーテールを直してこちらを見るときっと睨んできた。
しかし、いま目の前に立っている女子は見たことない奴だ。睨まれる筋合いはない。
「なあ、あの子誰?お前の知り合い?」
そっと隣のイケメンに耳打ちする。女子といえば狗田。狗田といえば女子。
いや、俺の勝手な決めつけだけど。
「知らないなー、でも結構可愛くね?」
「音小峰さんにチクるぞ。」
サーッと一瞬で青くなった狗田を横目にもう一度ポニーテール女子の方に向き直す。
向こうは相変わらず睨んだままだ。
「あの、どうしましたか?」
見かねた狗田が声をかける。
「陽司はどこ」
それだけ言うとまたポニーテール女子は黙ってしまった。
いやいや、その陽司って人がわからないんですけど
「佑都、今日ウサミちゃんと栗鼠斗さんの他に誰かきたとか」
狗田がボソッとこちらに耳打ちしてくる。
「それはない、誰も来なかったはず。」たぶんだけど。
「そんなはずないじゃない!!」
どうやら会話が聞こえていたらしく狗田がやべえ…と声を漏らした。
どうするんだ、イケメン優男!
「いや、お前も考えろよ。」
なぜ、わかった
そういえば昔、戸崎くんは気持ちが顔に出やすいのねなんて先生に言われたことがあった。その時の俺ってどんな表情だんたんだろうか…
「ともかく、そこのポニーテール女子。お前の恋人だかなんだか知らんが陽司ってやつは俺たちは会ったことないし存在すら知らない!
だから、ここにはいない!!」
ビシッと目の前に指を突き刺す。
決まった…!
気分はまさしく天才高校生探偵だった。
本来ならば決めゼリフの一つはいうところであったろうが、完全にタイミングを逃してしまった。
なぜなら、
「…そ、そんなこと…ヒクッ…いわれてもぉぉ…わたし、どうしたら…うっうっ…うわああああああん!」
目の前の女子生徒の大号泣はなかなか衝撃的だった。
と、いうかこれはやばい。もはや社会的にやばい。隣からうわぁ、引くわーみたいな空気を感じるし。
「お、お、落ち着け、とりあえず、な?」
そんな泣いちゃうこといった覚えはないが確実に俺が悪いみたいになっちゃってるし、ここは早く泣き止んでもらわないと困る。隣からくるやっぱこいつ、ダメだわーみたいな視線がいたい。
ああ、これはこれは長引きそうだなぁ。