九話 落下する変態と守り人様
「それでどのようなお呼び出しでしょうか、守り人様!
おみ足舐めるんでしょうか!?舐めるんですね!?喜んで舐めさせて頂きます!!」
男は、ガバッと地面に這いつくばり、師匠の足に顔を近付け、そのまま師匠に蹴りを喰らった。
「師匠…どちらさまでしょうか、この変態の方は」
「それはこちらの台詞ですよ、師匠ということは君が<例の弟子>ですか」
うわぁ、もう回復してるよこの人…。
ズレた眼鏡を直し、髪を軽く撫でつけ、スッと立ち上がった。
見た目は金髪碧眼。仕立ての良い黒のコートに身を包み、髪をオールバックにぴっちりと固め、眼鏡の奥の切れ長の瞳が光る整った顔立ちの男だ。年齢は前世の僕と同じくらいか?背は高く、スタイルも良い。外見は完璧なエリート。
それ故に変態っぷりが余計際立つ。
「うん、この子が弟子のアサト。
アサト、この変態はユアン」
初めまして、と挨拶をしたが、フンと鼻であしらわれた。
うーん、何か気に入らないことでもしたかな?
変態呼ばわりしたからか?
「何か失礼なことをしたのでしたら申し訳ありません。何分、初めて<礎の樹>から降りたもので…」
「それだ」
「はい?」
「貴様、守り人様とひとつ屋根の下で暮らしやがって!しかも二人きりだと!?
踏まれてるのか!?毎日踏まれてるのか!?
うらやましすぎるんだよぁっ!!」
あ、この人本当にアレな人だ。
神さまの存在を無視してるし。
「アサトにそんなことするわけないじゃーん。
アサトはねぇ、毎朝私を閉じ込めるのが日課なんだよ」
「なんですとっっ!!??」
余計なこと言うなよ、バカ猫っ。
その言い方だと僕も変態みたいじゃないかっ。
ユアンの顔はみるみる青白んだ。こ、殺される?
「さ、さすがです。守り人様…。
師弟関係をあえて逆転させ、そのような倒錯プレイをなさるとは…。
やはり自分はまだまだです!
守り人様の域にはとてもとても追いつけません!」
…なんかもういいや。
「師匠、ユアンさんを呼んでどうするんですか?この翼?で送ってもらうんですか?」
ユアンは黒い、まるで蝙蝠のような翼を背中につけていた。
恐らくは魔法の一種だろう。
どうやるのか気になるけど、すっごい聞きたくない。
「んーん。そんくらいなら私だけで充分でしょ。
こんな変態呼ばなくてもいいし。
そこの女の子、放っとくわけにゃいかぬにゃろー?」
はっ、再び忘れてた。
クロエは、ぽかんとした表情で一連のやり取りを見つめていたようだが、話題が自分のことになり、たじろいだ。
「あ、あの、私は…守り人様…まさかこんな所に守り人様が…いらっしゃる、なんて…」
「あ、クロエ。そんなに畏まることないよ。
この人はただの露出狂だから」
「なんだとコラァァア!守り人様に向かってなんて口を聞きやがる、このガキィイ!」
「うるさい変態。
アサト帰ったら島10周。
クロエも気にしないでいいよー。
この変態が安全な所に送り届けてくれるから」
「はっ!守り人様の命とあらばこの命に代えましても!
では森の外に部下を待機させておりますので、ご案内いたします」
部下?
この人、実は偉いのか?
ユアンに先導されて僕たちは森の外に出た。
すると、ズラリと並んだ黒服の男たちがユアンに向かって一斉に敬礼をしてきた。
私ではない!!守り人様に敬礼しろぉおぉ!男たちの頭をどつきまわすユアン。
…可哀想。
「申し訳ありません!ユアン将軍!」
「将軍っ!!??」
思わず声が裏返る。
師匠ののんびりした声が
「あーそうそう。この変態はけっこう偉いんだよー。
だから普段ヒマなの。一日中書類作成とかしちゃうくらい。なんで呼び出しやすいんだよねえ」
それヒマって言わねぇよ!
この猫は机に座っている人は全員ヒマなのだと思っている。
新聞なんぞを広げようものなら、ヒマの最上級だと受け止めるのだ。
構ってやろう、ありがたく思えと言わんばかりに目の前に居座る。
…それはともかく。
将軍ということは、この変態殿は少なくとも、どこかの組織のトップだ。
僕の当惑した眼差しを察したのか、ユアンは鼻で笑いながら
「仕方あるまい、自己紹介してやる。
私は『っていうかいつまで喋ってんの変態!!早く帰りたいんだけどー!!』
申し訳ございません守り人さまぁあっ!お詫びに靴をお舐めしまぶふぉぉっ!
結局ユアンは、そのまま土下座し続けていて、何者なのか分からなかった。