六話 奴隷用と玩具用と搾取用
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再び頭に痛みを感じて、顔を歪めながらゆっくりと目を開けると、僕は薄暗い小部屋にいた。
小さな穴が開いていて、そこから明かりが漏れているようだ。
全く状況のつかめない僕は、穴から外を覗きこもうと立ち上がろうとしたが、途端に足が何かに引っ張られ、つんのめった。
見ると足枷がついている。
手首には、手錠。
これは…
「─大人しくしてなさいよ、疲れるだけだから」
隣から声がして振り向く。
暗くてよく見えないが、女の子の声だ。
「…君は?」
「あんたと一緒にさらわれたの。なんであんな所でぼうっとしてたの?」
そうじゃないかとはうすうす予想していたけれど、さらわれたのか僕…
師匠に突き落とされるは、人さらいに遭うわ、今日は散々な日だ。
「え、落ち込まないでくれる?喚かないよりマシだけど、淀んだ空気出されるのもイヤ」
「…えーっと、ごめん。
君は何ていうか…正直な人だね」
「可愛げがないって言いたいんでしょ。知ってる」
まぁ正直に言えば。
「僕としては君の方が肝が座っているというか、普通もっと怯えてパニックになるんじゃないかと思うんだけど。
すごいね」
「別に…このままだと奴隷用か玩具用か搾取用かで売り飛ばされるんだろうけど、どうなっても今と変わらないだろうし。どう転んでもどん底だから今更騒がない」
「そんな…」
目が慣れてきて、女の子の様子がおぼろげながら見えてきたけれど、多分今の僕と同い年くらいなのに、こんなに人生を諦めて絶望しているなんて。
「この島の子どもは大体そんなものでしょ?
そういえば随分身なりがいいよね、お金持ちに引き取られたの?せっかくいい暮らし出来てたのに残念だったね」
この島が特別に治安が良くないのか、この島のような所が沢山あるのか、初めて<礎の樹>の島から降りた僕には判断がつかなかった。
「いや、僕はこの島についさっき来て…」
「こんな島に観光?金持ちって頭おかしいのね」
「いや。落ちたんだ、突き飛ばされて」
HAHAHA、とジョークっぽく笑い飛ばしてみたけれど、女の子は口角すら動かさず「つまんない冗談言ってんじゃねえよ」と語っている冷めた目で睨んできた。
冗談ではないのだけれど。
バカ猫にやられたと続けたら本当に口を聞いてくれなくなってしまいそうなので、話題を変えることにした。
「それはともかく脱出しないとなあ。この部屋何で出来てるんだろ…」
軽く叩いてみるとコンコンと金属質の音がした。
耐熱性のものかもしれないし、ここは試しにウィンドカッターで切りつけてみよう。強度が弱ければ切り裂けるかも。
僕は目をつぶり軽く息を吸い、体内の魔力を風に錬成するイメージを練る。
この空間が無風のため、自分で風を起こさなければならない。
風を一極に圧縮させて、いわゆるカマイタチを起こす。
圧縮すればするほど強力になるので、出来る限り範囲を狭く設定してそこに集中する。
師匠が師匠だから、僕のこの世界の魔法への理解はズレているかもしれないが、一言でいうと、自分の中のイメージを、体内の魔力を使い具現化するものだ。
そのための手段として一般的で手っ取り早いのが「言霊」だ。
言葉というものは恐ろしいもので、イメージを強固に縛りつける。特に名前は縛りが強い。
例えば、赤くて丸い果実、だとイメージがあやふやだが、リンゴ、といえばリンゴを知っているものはたちまちその形を連想するだろう。
そうやって言葉を絞っていくことによって、イメージを練り上げ具現化していく。
そして紡いだ言葉に魔力を乗せたものを「言霊」と呼んでいる。
シンプルで強力な要求のイメージであれば、なるべく簡潔で力強い言の葉、繊細かつ複雑であることが必要であれば、詩のように練られた言の葉、というように言の葉の選択、発声の強弱によって魔法の内容を調整するのだ。
言霊はあくまでも手っ取り早い手段であって、魔法を発動させる手段は色々あるけれど。
腹に力を込めて、練り上げた言霊を放つ。
「─身内に立ち上がる風よ、刃となりて壁を斬り裂け!」
…何も起こらない。
あれ?
「おっかしいな?魔力は練られてるのに…
斬り裂け!!!」
僕の大声が響き渡るばかりだ。
「あなた魔法使えるの?
でもきっとこの手錠、魔法封じの手錠だよ」
そんな便利グッズがこの世界にはあるのか!!
目を見開き驚愕する僕に女の子は憐れんだ目を向ける。
「あなた、ホントにお坊っちゃんなんだね…。でも魔法使えるんだね。その年で、すごい」
「え、魔法ってどんな人でも使えるんじゃないの?」
って神さまが言ってたよ?
「まさか。魔力の強さも人それぞれだし、少なすぎて使えない人もたくさんいる。
それに魔力が多くても、ちゃんと教わらないと使えないよ。
私は魔力があるのかどうかもわかんない。あっても教えてくれる人いないし。魔力があったら、きっと搾取用にされる」
魔力を動力とする何かに搾り取られるということだろうか?
それにしても魔法が使えないとなると、この部屋から脱出は難しそうだ。
守り人の弟子といえば解放してくれるだろうか。
逆に見世物小屋に売り飛ばされるかもしれない。
神さま曰く、僕の魔力は師匠の次に膨大らしいから、搾取用というやつにされる可能性が高いな…。
これちょっとマズイんじゃないか?
手錠が取れないと魔法が使えない以上、この部屋からの脱出はあきらめた方がいいだろう。
僕らをさらった目的が売り飛ばすためなら、どこかで必ず僕らを外に出すはずだ。
狙うならそこしかないか…。
壁に背を預け座りこむ。
しばらく待ちだな。
「あなた、ひとりでこの島に来たの?」
女の子が話しかけてくる。
彼女なりに気遣ってくれているのだろうか。本当は優しい子なのかもしれない。
口悪いけど。
「いや、師匠…僕の魔法の師匠に連れて来られたというか、突き落とされたというか」
「魔法の師匠なの?じゃあ強い魔法使えるんだね。助けに来てくれるかもしれないよ」
「申し訳ないけど、それはない」
あの師匠が僕を助けようと思うはずがない。
さらわれたことにも気付いていないだろう。薄情だから、とかそういう理由ではなく、どうなっても一人でなんとかなるでしょ、と本気で思っている。
今ごろどこか日当たりの良い所で昼寝でもしているだろう。
つまり僕は自分で何とかするしかないのだ。