四話 殺人未遂とぽよぽよした物体
「いやぁ〜アサトもとうとうデビューかの」
神さまが孫が入学式に行くような表情をしている。
幼女のくせに。
先程の書簡は、僕を紹介しろという王のお呼出だった。
僕はこの世界に転生してから今まで<礎の樹>の島を離れたことがなかった。
これから僕たちは他の島に<降りる>。
この世界は巨大な<礎の樹>の葉枝が世界を覆い守護している。
<礎の樹>が世界の頂上にそびえていて、その庇護下に様々な大きさの島が浮かんでいるのだ。
そう、この世界は島々が浮かんでいる。
海の代わりに空、というイメージだろうか。
僕たちが住んでいる<礎の樹>の島が一番上に浮かび、次に下に浮かんでいるのが、この世界を取りまとめている王が住まう王都の島、神さまを奉る者たちが集う信徒の島…などひとつの島が自治州のようなかたちで人々が暮らしている、らしい。
らしい、しか言えないのは僕がまだ<礎の樹>の島から出たことがないからだけど…。
「怖いか?のう、怖いか?アサト?知らないおじさんには付いて行ってはいけないのだぞ?アメくれるって言われてもダメなのだぞ?」
神さまが鼻の穴を膨らませてニヤニヤしながら、まとわりついてくる。
大変にうざったい。
「怖いわけないでしょう!
楽しみですよ、初めて他の島に行けるわけですし。」
…と強がってはみたけれど、実は相当に不安だ。
前世でも人見知りだったし…何というか望まれて注目される場というのをほとんど体験したことがない。
王様に謁見とか何したらいいんだ?
しかも家臣とかがずら〜っと並んで僕の一挙手一投足を見ているわけだろ?
…怖い。
顔が強張っていたのか、神さまにコイツ本当に怖がっている、と察せられてしまい、急に皆いいひとだぞ、
アメくらいならもらっても大丈夫だぞ、などと謎のフォローをいれだした。
「よぉっし、アサト!行くよ!
ガイル、神さまをよろしくねぇ」
「早く帰って来いよ、俺はタバコが吸いたい」
僕の様子をこれっぽっちも気にしていない師匠は、ズンズンと僕を引っ張り、あっという間に島の端まで引きずられてしまった。
下を覗くと他の島が見える。
今日は雲も少なく、遠くまでよく見えるのだ。
人が動いている様子が、かろうじて分かる。
距離としては僕らが高層マンションの最上階にいるくらいの感覚だろうか。
人がゴミの…という例のセリフが、つい出そうになる。
島と島の距離は、そこまで遠くない。
でもどうやって僕は、あそこまで移動すればいいんだろうか。
そんな修業はしていなかった。師匠が連れて行ってくれるのか?
「じゃあ神さま、ちょっくら出かけてくるね!
アサト行くよ〜。」
「え、え、もう!?僕、どうやって下に…」
「にゃっ」
…へ?
師匠の妙なかけ声と共に僕は、
突き落とされた。
「こ、の、バカネコォおオォォッ!!!」
叫んでも重力には逆らえない。
僕は重力のなすがまま超加速で落ちていく。
速い、速い、速いっ!
このままでは、あっというまに地面のシミだ。
でも重力制御の魔法も使えないし、肉体強化も使えない。
僕が使えるのは初歩的な錬成術と、基本の地水火風属性の初級魔法だけ…
そんなことを考えている間にも地面がみるみる近くなっていく。
風…風だっ!
「風よ、突き上げろっっ!!!」
突風が巻き起こり、僕の身体は弾かれるように上へと浮きあがった。成功だ。
と思いきや、しまった!風が強すぎた。
僕は弾かれすぎて、方向が変わってしまい王都の島を通り過ぎ、また更に下へと落ちていく。
状況は変わらずだ。
多少激突までの時間が稼げただけ。
風をもう少し弱めなければ。
えーと、えーと、風を弱めるったって…!!
焦りに支配される頭で、必死に言の葉を練る。
「私に纏わう風の魂、夕凪のように私を包め」
ふわりと柔らかく気持ちの良い風が僕の髪を爽やかにそよがせた。
…弱すぎた。
「うわぁぁあん!ぶつかるうぅぅっっ!!」
「アサトッ!」
ぐいっと引っ張られて、僕の頭は、ぽよぽよした何かに包み込まれた。
一瞬目の前が真っ暗になる。
ぽよぽよした何かから顔を引っぺがし、上を見上げると師匠の顔があった。
僕は師匠に抱きかかえられ、師匠は地面に着地していた。
師匠の顔が上にあるってことは、ぽよぽよした何かは…
改めて師匠って大きいんだな、と思った。
とりあえず気づかれるまで顔を埋めておこう。
怖かったんだから仕方が無い。
だって俺まだ子どもだし。うんうん。
「アサト、ごめーんっ。
私降りるとき飛び降りてるからさぁ、アサトは飛び降りると死んじゃうんだね。あはは」
「…」
「にゃっ!?つかまない、つかまないでっ!?ごめんごめんってば!」
どこをつかんだのかはご想像にお任せするが、バカ猫め…。
元が猫ということもあるのだろうが、師匠は肉体強化魔法が得意だ。
なので島から島へ体ひとつで飛び移ることが出来るのだろう。
といっても、そんな芸当は守り人である師匠しか出来ないだろうが。
自分が出来ることを他人も当然出来ると思っているから困る。
天才肌の猫って、最悪じゃなかろうか…。