二話 神さまと僕
僕は、気が付いたらなんだかよくわからない空間を漂っていた。
本当によくわからない場所だったのだ。ありがちな真っ白な空間でもなく、様々なものが混ざって、結果的に無の空間というか…。何もかもが有るし何もかもが無い場所だった。
そこに一羽の鳥が舞い降りた。
初めて見たときは、黄金色の美しさと荘厳さに思わず見惚れたし、その巨大さに恐怖も抱いた。
今はそんな感情皆無だけど。
「…お主があのバカ猫の飼い主か」
「…はい?」
鳥が喋ったことについては姿が常識はずれだったので、さして驚きはしなかったけれど言葉の意味が分からなかった。
猫?
「あのバカ猫をどうにかしてくれ!!妾に襲いかかってくるのだ!
貴様飼い主だろう、責任とれ!」
「へ?いや、あの、俺いま猫飼ってないっすけど…」
「飼っておったろう!」
「あ、コムギのことすか?
いや、10年も前だし、とっくに死んでいると…」
「その猫が次の生で妾を食べようとしてくるのだ!!」
…鳥の話を要約すると。
「えーと、あなたは、とある世界の神様で?
神様を守る守り人を違う世界から転生の段階で引っ張ってくると。そのとき手違いでうちの猫の魂を引っ張ってきちゃって?
姿が鳥だから猫のコムギにしょっちゅう狙われてるってことですか?」
コクコクと力いっぱい首を縦に振る神さま。なんだか水飲み場に置いてある鳥のおもちゃを思い出した。
「…手違いって」
「う、う、う、うるさい!!誰にだって間違いはある!
あやつは飽きもせず妾を狙ってくるのだ…」
「いやあ~猫だから仕方ないんじゃ…」
「貴様ら猫好きはいつもそうだ!!
猫だから仕方ないとか、だって猫だもんね、とかぬかしてあやつらを全面的に肯定してしまうから、あやつらはつけあがるのだ!」
「いや、猫からしたら人間がどう思ってようが関係ないんじゃないかと…」
「黙れ!!
つべこべ言おうと、お主はもう転生してしまったのだからな!責務を全うするしかないのだ!はっはっはっ!」
…え。
「え、え、え!?俺死んだの!?」
「そうだ!
お主の天命が尽きるのを一日千秋の思いで待ちわびておった…」
「何それひどい」
当時俺は27歳だった。
さして特別なことがある人生ではなかったけれど、あまりにも早すぎる。死の記憶は曖昧で、今でも思い出せない。
「まさか…アンタ、俺のこと殺したんじゃ!!?」
「人聞きの悪いことを言うな!そんなこと出来るか!
妾が出来ることは転生する時にこちらの輪廻に引っ張ってくることだけだ。
大体、妾からしたらお主が30で死のうが100まで生きようが大して変わらん」
「はあ、そうですか…」
なんだか力が急に抜けてしまった。
神さまは軽く咳ばらいをして
「ともかく!お主にはこれからあのバカ猫の面倒をみてもらう!
そのために、お主だけ特別に前世の記憶を残しておく。皆が皆、前世を覚えているわけではないゆえ発言には気をつけろよ。」
確かに、いきなり前世の話をしだすやつがいたら、もれなくイタイヒト判定がくだる。思わずため息が出た。
「わかりました…それで俺はこれからどうなるんですか?
コムギの面倒をみるっていっても産まれてすぐってわけにはいかないでしょう?むしろ面倒見てもらう側ですよ、しばらく」
「そこは心配するな。神に選ばれたものは、<礎の樹>という世界を支えている大樹に育まれる」
俗にいう木の股から生まれたみたいなものか?
もはや自分はヒトではないのかもしれない。
神さまは続ける。
「ある程度成長したら、守り人と同じ修行をしてもらうことになるな。
そこでだ!お主には対バカ猫用のスキルを身につけてもらわねばならん。
あのバカ猫の弱点をおさえるような魔法を考えておけ!」
「そこ丸投げですか!?
ていうか魔法って何!?」
「お、そうであった、お主の世界には存在しない力であったな。
お主の世界の与太話にも出てくるであろう。あれと似たようなものだ。
こちらの世界では力の差こそあれ全員使える。特に神に選ばれたものの力は絶大だ」
マジで!俺、魔法使えるの!?しかも力絶大って!
溢れ出る喜びを抑えきれずに恐らくものすごい笑顔であった俺に向かって、神さまは更に呟いた。
「まぁ、といっても守り人ほどの力はないがな。守り人は特別だ。であるから、お主には力勝負ではないバカ猫をおさえる能力を考えてもらわねば…」
俺、猫に負けるのかよ…。
みるみる肩がおちて項垂れる。
そんな俺の一喜一憂をまるで気にしていない神さまはどんどん話を進めていく。
「まあ、それでも守り人の次に力を持つものではあるから問題あるまい。
さて、そろそろ時間だな。
早く成長して、妾を守ってくれよ!」
え、こちらに質疑応答の時間与えてくれないの!?
わからないことだらけだよ!!
神さまを引きとめようと口を開いた瞬間、周囲が光に包まれた。
……そこからは神さまの説明通り僕は<礎の樹>の中でしばらく過ごした。
世界の理や、知識はそこで学んだ。感覚的には胎内にいるようなものだったと思うので、具体的に何かを憶えているわけではない。
気付くと、僕はその地に降り立っていた。
地上のすべてを葉影が優しく包みこむ豊潤な地。
周りをきょろきょろ眺めていると、鳥の叫び声が聞こえた。
…まさか!
はるか上空で枝の隙間から垣間見える鳥影と人影。
鳥がこちらに向かって急降下してくる。
「待っておったぞ!!早くこやつをなんとかしろぉっ!!」
といっても、僕は樹から出てきたばかりで何も出来ない。神さまの言い方だと、樹の中で魔法を身につけるものだと思っていたが、今の僕は何も知らない。
なんだかよくわからないまま、神さまを先に行かせ、僕は人影の前に立ちふさがった。無視されるものだと思ったが意外にも人影は僕の前で止まった。
この子が、コムギ?
「…キミが、私の弟子?」
…弟子?
「そうだ、バカ猫!
こやつがお主の弟子だ!」
「え、え、聞いてない!それ聞いてないよ!神さま…って幼女!?幼女がいる!?」
こうして僕は猫の弟子になった。