一話 猫と鳥と僕
僕は猫を飼っていた。
何の変哲もない茶トラで、名前はコムギ。
名前の由来は毛色からだ。
日がな一日ぬくぬくと暖かい所で微睡んでいる姿は、ブラック企業に勤めていた僕にはうらやましくて仕方がなかったものだ。
10年くらい前に、ぷいと何処かに出かけたっきり帰って来なくて、当時はとても淋しくて、猫だからしょうがないと諦めていたけれど、出来るならもう一度会いたいと思っていた。
それがまさか来世で叶うとは思わなかった。
しかもコムギは前世とは違う世界での最強魔法使いで、僕はその弟子になっていた。
僕の仕事はコムギの食事を用意したり、部屋の掃除をしたり、たまに髪を梳かしてやったりしている。
前世とやってること変わってない!!
来世って別の世界って、もっと希望に満ち溢れているというか、僕なんか前世の記憶が残ってるんだからチートキャラなはずなのに!
何で猫がチートキャラなんだぁっ!
「アサトうるさ〜いっ!
何叫んでるの!早くあさごはん作ってよー!!」
ぱしんと猫パンチを食らう。
猫パンチといっても、今のコムギはちゃんと人の姿をしていて、外見は端的にいうと巨乳ロリというところだろうか。
布の面積が少ない身体のラインが際立つ、ほぼ下着のような服から、ぴょんと長いしっぽが伸びている。
頭からは猫耳がのぞいていて、音のする方向へ敏感にぴょこぴょこ動いている。
しっぽと耳の毛色がこの女性が、かつてコムギであったことの証明のようだった。
「コム…師匠。食事はもうすぐ出来ますから、ちょっと待っててください。あと毎日言ってますけど服着てください。」
「えーこれでも大分譲歩してるんだよ?
服きらーい。
そんなことよりごーはーんー!!」
待ってろと言っても耳を貸さず、ごはんごはんと喚き立てる。
対応してるとキリがないので無視する。
本当に猫の頃から変わっていない。
食材は前の世界と基本的には一緒で、そこはありがたかった。
すべて自然の恵みに依るものなので、インスタント類とかはないけれど。
今日の朝食は木の実の粉で作ったパンケーキにベリーをあしらったもの。
今の時期はベリー類が豊富に採れる。
コムギは猫の頃からバターだの乳製品が好きなやつだったので、パンケーキは好物だ。
鼻をひくひくさせながら、目をキラキラさせている。
「はーい出来ましたよ〜…って、いねぇ!!」
たった今まで机にかじりついて食事を待っていたはずなのに、忽然といなくなっていた。
「あっっ!もうこんな時間か!!」
慌てて外に飛び出して、上空を仰ぎ見た。
大樹の枝が周囲を覆い、葉が生い茂るなか、木洩れ陽からの光が満ち満ちている。
そのような恩恵溢れる光景にはそぐわない鳥の鳴き叫ぶ声が響き渡る。
黄金色の巨大な美しい鳥に襲いかかるコムギ。
鳥は叫びながらコムギの攻撃を必死に避けている。
鳥はもちろん高い所を飛んでいるのだが、コムギも跳躍し、身体をしなやかに動かし、枝を飛び移りながら楽しげに鳥を狙う。
「このバカ猫!あ、違う師匠!!
いい加減にしてくださーい!!!」
僕は小さな丸い球を取り出し、力を込めて握りしめ念じた。
その球をコムギに向かって投げる。
瞬間、球は巨大な鳥カゴに変化し、コムギを閉じ込めた。
コムギはカゴをがっしゃがっしゃと揺らし、逃した獲物を恨めしげに睨んでいる。
僕は小さくため息をついてコムギを叱る。
「師匠!毎日毎日、神さまを狩ろうとしないで!一緒に暮らしてるんですから、いい加減慣れてくださいよ!」
「わかってるんだけどさぁー、身体が勝手に動いちゃうんだもん…」
まぁ元は猫だから仕方ないけど…。
僕は神さまと呼ぶ鳥を見た。
「神さまも、そろそろ学習してくださいよ。降りてくるの人型になってからでも良くないですか?」
「だから何回も言っているであろうが!妾は地上に降りてからでないと人型になれぬのだ!!」
そこには既に鳥ではなく、人の姿になった神さまがいた。
見た目は完全に幼女だ。
「いや、神さまなんですから、そこのところ進化とか出来ないの?」
「神だからって何でも出来ると思うなよ!」
偉そうに情けないことを断言する見た目幼女の神さま。
神という存在への敬意は揺らぎっぱなしだ。
だが、僕がこの世界にいるのも、前世の記憶があるのも、全てこの神さまのせいなのだ。