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旅行の目的

作者: 槻乃

20代も後半、四捨五入したら30歳になるというのに、恋人もいない生活をしていた。

「いいか?ちゃんと来月休みとったんだろうな?」

そういうのは、幼稚園から高校までずっと一緒だった、所謂幼馴染みというやつだ。

「とったわよ!!わざわざ有給使って」

旅行に行くために一週間ほど、休みをとっていた。

「祐吾と旅行行くなんて大学以来ねー」

「そうだな」

彼、祐吾とは大学で家を出ても、社会人になってもずっと交流は続いていた。

「でも、彼女と別れたからって何で私を旅行に誘うかなぁ」

「仕方ないだろ!!」

今回のチケットは祐吾と彼女の旅行予定だったもの。

しかも懸賞であたったのだとか。

そして、キャンセルするのも惜しいから私を誘ったのだ。

「豪華客船の旅だぞ!もったいない!」

拗ねたように言う。

だからといって私じゃなくて、他の友達でも誘えと思う。

「沙耶香、お前本当に彼氏いないんだよな」

何度も確認されていた。

「だから、あんたが一番知ってるでしょ!!今まで彼氏できたことないくらい」

悲しいことに、そんな人間だった。

その理由はただ、一つ。

「だってさー、彼氏いたら男と二人で旅行とかまずいだろ?」

「はいはい。大丈夫って」

だって、あなたのことがずっと好きだったから。

いくら彼女ができても諦められなくて、でも、告白する勇気なんてなくて、ずるずるとお友達を続けていた。

今回の旅行だって、私のことを何とも思ってないから誘われたのだろうし…。

「いい加減けじめつけなきゃねー…」

「沙耶香?」

「あ、何でもない。さて、旅行準備のために買い物でも行きましょうか」

目の前に広げられた外国のガイドブックをかたづけながら立ち上がった。



旅行の日まであと一週間となった。

「片想いの人と旅行ねー」

「片想いと言っても幼馴染みだしね。昔から仲いいのよ」

「もう、告白しちゃえば?」

「…ちょっと考え中」

仕事帰り、同僚の千鶴とご飯を食べていた。

その中で、今度の旅行が話題に出た。

「まじで!?」

千鶴が食いついてきた。

「だってさー、このままじゃ私一生結婚できないし、いつまでもしがみついてるのもねぇ…」

「告白するの!?」

同じことを繰り返した。

「そこまではっきりは言えないけどさ、恋愛対象に入るか入らないかくらいはちゃんと知っておこうかなって。どーせ、フラれるんだし、ゆるーい感じで聞いてみたいなぁと」

この先も、祐吾と友達でいいから今の関係を壊したくないから、これくらいでいい。

「もし、逆に告白されたら?」

「ないない。彼女と別れたからって私を旅行に誘うのよ?そんなことあるわけないじゃん」

特に傷つくわけでもなし。

もう、祐吾に彼女が出来て傷つくのは卒業した。

祐吾が幸せならいいかって思えるくらいに。

恋愛感情というより、むしろ母親になった気分くらいですらいるのだから自分にあきれてしまう。

「ま、お土産楽しみにしてるわ」

「任せて」

千鶴との話はそんな感じで終わった。


旅行は一週間。

いろいろ準備もあるから、旅行前の最後の休日で買い物に出ていた。

「キャリーはもってる、着替えも入れたし…水着も買ったし…あとは…」

メモを見ながら街を歩いていた。

「あ、綺麗」

顔を上げてふと見ると、宝石店が横にあった。

ダイヤのちりばめられた指輪や、真珠のイヤリング、ルビーと金のネックレスなど。

店内を覗くと、茶髪の若い男が一生懸命ショーケースの中をじっと見ていた。

「彼女にかな…」

ちょっと、羨ましい。

私には、当分手に入らないものだから。

「ん…?」

店内の奥から見覚えのある人が出てきた。

「千鶴?」

どうやら、1人のようで店員と何か幸せそうに話していた。

会話は長く続きそうで、話しかけるのはやめて、その場を立ち去った。

「彼氏かなぁ…」

彼女は店員に薦められるままに指輪をしていた。

遠くから見てもわかるくらいに、キラキラした指輪を。

今の彼氏とは結婚前提のお付き合いで、結婚指輪を選んだこともあると話していたし、今日もそんなとこであの宝石店に来ていたのだろう。

「さて、あとは何を準備しないといけないんだっけ」

次の買い物を続けていった。

日も暮れる頃になって、やっと買い物は終わった。

「千鶴も結婚かぁ。次はウェディングドレスでも選んでるのかな」

そんなことを思っていると、交差点の向こうのビルの二階にウェディングドレスが展示されているのが見えた。

「ははは」

いいタイミングで現れるものだ。

「私はいつ着れるのでしょう」

結婚願望はある。

子どもほしいし…。だけど、相手がいない。

「あれ…?」

今日、宝石店で見た人がそのビルの下にたっていた。

「千鶴じゃん」

本日二度目の千鶴だ。

どうやら、彼氏を待っているらしい。

信号も青になり、千鶴に声をかけようかと横断歩道を渡ろうとすると、彼女は私に背を向けて手を振った。

「相手来たのかな」

彼女の手を振った先には、同年代の男が息を切らせて走っていた。

「え…」

その姿はよく知る人。確かに、千鶴の彼氏に会ったことはないしら見たこともないけれど、その人は私がよく知っている、小さい頃からずっと想っていた人だった。

「祐吾…!」

祐吾はそのまま、千鶴と合流し、腕を組んでビルの中に入っていった。

そのあとは、どう帰ったのか覚えていない。

気がついたら家にいた。


「そっか…」

家に帰って一息つくと、冷静になった。

「隠さなくてもいいじゃん…」

祐吾に彼女がいたこと

彼女が千鶴だったこと

結婚しようとしていたこと

これらは、確かにショックだ。だけど私が一番ショックだったのは隠されていたことだ。

「ばか」

プルルルル…

着信のところに、『祐吾』とでていた。

「…何?」

テンション下がったまま電話に出た。

「何だよー。もうすぐ旅行だってのいうにテンション低いな」

一方、祐吾は楽しそうだ。

「はいはい。それでどーしたの?

声の調子を整えて、応えた。

「準備どうかなーって思って」

「私は完璧。それより、あんたこそちゃんとできてるんでしょうね」

「あはは」

笑っているということは…

「まだなの?」

「こっちだっていろいろあるんだよ」

その言葉で、思い浮かんだのは今日のツーショット。

「そうみたいね」

「え?」

「私と旅行にいってる場合じゃないのに」

「沙耶香?」

「隠し事は嫌いよ」

思わずそう言っていた。

「沙耶香…あのさ…」

「何よ」

「何を怒ってるんだ?」

見られたと思ってないからだろう。

「別に」

そして、そのまま電話を切った。


翌日、会社に出て千鶴に会った。

「何?じーっと人の顔見て」

呆けた顔で私に尋ねた。

「うんん、彼氏元気?」

「うん」

「昨日、デートだったとか?」

「そうだよ」

確かめて何になる。

「ねぇ…千鶴はさ、私の好きな人知ってるんだよね…?」

「幼馴染みの祐吾さんでしょ?」

「そう…。ねえ、千鶴、私に何か隠してない?」

「別に?」

だけど、少し目が泳いだのを見逃さなかった。


けじめをつけるとか、フラれるとか、そんなこと全部どうでもよくなった。

ただ、悔しくて、悲しかった。


旅行前日まで、そんな思いを隠して過ごした。

「明日から旅行だね。楽しみでしょ」

千鶴の言葉が痛い。

「おみやげ楽しみにしてるから」

何がお土産だ。

プルルルル

千鶴の携帯が鳴った。

慌てて取った携帯の画面が一瞬見えた。

『ゆうごさん』

そう表示されていた。

「もしもし!!」

彼女はそのゆうごさんと話始めた。

「っ…ばっかじゃないの…?」

「沙耶香?何?」

電話を片手に私を見た。

「楽しみ?…そんなわけないじゃん…。あんたたち意味わかんないよ」

そして、千鶴の携帯を奪った。

「沙耶香!!何すんのよ!!」

千鶴を抑えて、電話を耳に当てた。

「何が彼女いないよ!!何、私誘ってんのよ!!ちゃんと、相手いるならそう言えばいいじゃない!!」

電話から聞こえてきたのは驚いた声。

「さ、沙耶香?」

「私じゃなくて、千鶴といけば!?二人して私のことからかってたの!?」

一週間の思いが怒りとなって表れた。

「ふざけんなよ!!」

「沙耶香、違っ…」

千鶴が私を止めようとする。

「何が違うよ!!指輪選んで、ウェディングドレス二人で見に行って!!何が違うっていうの!?」

いつのまにか、頬に冷たいものが伝っていた。

「沙耶香!!お前、何か誤解してるって!!」

電話からも同じ声が聞こえてきた。

「知るか、馬鹿!!」

そして、電話を切った。

「さ、沙耶香…、あのさ」

千鶴が何かいいたげにする。

「明日からの旅行のチケットあんたにあげるから二人で楽しんできたら?」

冷たく言っていた。

「だ、駄目だよ!!」

「何でよ…」

「いいから、明日、ちゃんと行って!」

「千鶴が行けばいいじゃん」

「沙耶香は勘違いしてるだけだって!!お願い、明日絶対に行って!」

理由は言わず、ただそれだけを言った。


千鶴と別れて、家に帰ってからはずっと祐吾からの着信が入っていた。

一度も出ずにいると何件ものメールが入っていた。

ただ、何一つ見ずに眠った。

一晩越すと、冷静に戻れていた。

「どーしよ…」

ギリギリまで悩んで…、行くことにした。

鞄も重くて、気持ちも、足取りも重く、待ち合わせ場所の港まで来た。

「はぁ…」

会いたくないと思った。

それでも、来たのは後悔する気がしたから。

「いた!!」

大きな声がして、私の腕を掴んだ。

「遅い!!」

声の主は、祐吾ではなく千鶴だった。

「え…?」

見送りなんて話なかったのに。

「やっぱり千鶴が私のかわりに…

「そんな訳ないでしょ!」

私を引っ張って、走らせた。

「あ、荷物…」

「大丈夫!いいからあんたは走んなさい!!」

意味がわからない。

ただ、千鶴のいうままに走ってタクシーに飛び込んだ。

「急いで下さい」

千鶴がタクシーの運転手に言って、タクシーは動いた。

「あの…何?」

昨日とは違う、どこか力強い感じがした。

「ごめん。いろいろ黙ってた」

「…」

「だけど、私は沙耶香には幸せになってほしいって思うんだよ」

私の手をぎゅっと握る。

「じゃあ、何で隠してたの…」

「それもこれから全部わかるから。大丈夫」

安心して、と付け加えた。


そして、タクシーにのって五分もしないうちに小さな建物にたどり着いた。

「さぁ、入って!!時間ないんだから!」

背中を押されて中に入る。

そして

「ちょっと!え!?何すんの!!」

無理矢理服を脱がされた。

「いいから、暴れないで!!」

千鶴と、知らない人達の手によって服を脱がされ、そして、白い何かを着せられた。

「え…」

白くて、レースをふんだんにあしらった、ウェディングドレスを着ていた。

「ウェディング…ドレス…?」

困惑している私を放って、椅子に座らせた。

「あーもう、時間ないからじっとしてて!!」

そして、髪や顔をいじられた。

「よし!!」

喋ることも許されずに、されるがままで終わった。

「千鶴…そろそろ説明…」

そこには、いつのまにかフォーマルドレスに着替えた千鶴がいた。

「説明は本人から聞いて。私は協力しただけだから」

そして、部屋に1人残された。

コンコン

ノックがして、キィと扉が開いた。

そこには、白い燕尾服をきた男が立っていた。

「祐…吾」

「沙耶香…!」

名前を呼んだと同時に扉が閉まり、中に入ってきた。

「あの…さ、これ…」

困惑してると、祐吾は私の手を取った。

「俺と結婚しよう」

力強い声で言われた。

「え?あんた…千鶴…」

「千鶴さんには協力してもらってただけだ。指輪のサイズとか、ドレスのサイズ調べるために」

「!」

千鶴も協力しただけだと、言っていた。

「それに、俺、ここ数年彼女いないからな?」

「はい?」

衝撃発言は続く。

「そして、今回の旅行は懸賞じゃない」

「あんたが自腹切ってるってこと!?」

「旅行はハネムーン予定で組んでる」

「…!」

「そりゃさ、昔はいろんな子と付き合ったよ。だけど、俺はやっぱり沙耶香がいいよ」

祐吾は私を見て、微笑んだ。

「昨日、あんなことになって今日、来てくれないんじゃないかって不安だったんだけど、良かった…来てくれてありがとう」

とても嬉しそうだ。

「沙耶香が好きだ。だから、俺と結婚しよう」

再びプロポーズされた。

「ばっかじゃないの…?ここでフラれたらどうすんのよ…あんた」

握られた手が震える。

「それに順番おかしいって。なんでいきなり結婚なのよ」

すると、祐吾は即座に答えた。

「だって、沙耶香は誓いのキスがファーストキスっていうのが夢なんだろ?」

まるで、当然というように言う。

「な…あんた…そんなこと覚えてたの!?」

確か、中学生くらいの頃の話だ。

「俺、沙耶香の事、好きだって気づいてから手出せないの悔しかったもん。それに、付き合い始めてもキス出来ないとか耐えられない」

「!!」

真顔でいうから、こっちの方が恥ずかしくなる。

「だったら、結婚しかないじゃん。それに、俺はフラれるつもりないよ。沙耶香が俺に気があるのわかってたし、千鶴さんからも聞いてたしな」

バレバレだったという。

「馬鹿なの私じゃん…」

勝手に勘違いして、嫉妬して…今、ここにいるのだから。

「あはは。それにさ、びっくりさせたかったから」

一番の本音の様に聞こえた。

「もうっ」

ぎゅっと抱きついた。

「沙耶香?」

「祐吾のこと…好きだよ…。ずっと、ずぅっと前から好きだよ」

「うん」

私の背中に手が、まわる。

「だから、あなたと結婚します」

その言葉と同時に、私にまわった腕によって強く抱き締められた。

「よろしく」

ただ、そう嬉しそうな声がした。



誓いのキスは、まじでファーストキスだった。

「幸せになろうな」

「うん」

その後、千鶴とその他の参列者に見送られながら港へと向かった。

「そう言えば…お父さんとお母さんも呼んだのあんたよね…?」

両親が来ていたのだ。

「ちゃんと挨拶にいったんだぞ?」

私の知らないうちに、親も巻き込んで計画は進んでいたようだ。

「面白そうってノリノリだったぞ」

確かに今日の両親はご機嫌だった。

「沙耶香…」

「なに…ん!!」

名前を呼ばれてキスされた。

「な、何よっ」

「あはは」

祐吾はとにかく幸せそうに笑っていた。

「まったく…」

今日からの一週間、たくさん笑って、楽しんで、喧嘩もしたりしたけれど、忘れられない旅行になった。

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