沈没
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目に見える世界が、少しだけ変化したような錯覚にとらわれる。それ以前に、レノは自分の中で何かが変わっていることを実感していた。
改めて足を踏み入れた街は、レノが思っていたほど憎めるものではなかった。
むしろ、街が好きになってきたぐらいだ。昨日の老人とも再会したし、彼を伝って様々な人物と知り合うことができた。たった一日――いや半日もかからずして、レノは街に住む人々と話せるようになった。
そのとき、レノはようやく街の小ささを知った。海のように広大で、手のつけようのない所だと思っていただけに、それは意外な真実だった。
街は海ではなく、人間も魚とは違って見えるようになった。魚を売り切った後も、街の住人と一緒に酒場で酒を酌み交わした。コーヒーと違い、熱くもないのに喉を焼く不思議な感覚を知ってしまった。
その日も、色んなことを聞き、そして話した気がする。工場長とその友人や仕事仲間達の中には、レノの話を聞いて涙した者までいた。
それが嬉しくて、レノは流した涙の分だけワインを飲んだ。飲めば飲むほど体が海の中に沈んだようにふんわりとして、それでいて決して溺れているわけではない。
まるで泳げるようになった感覚に笑みが零れた。レノはふらふらと石畳を踏み歩き、自分の家へと向かった。
既に日が暮れていて、月がせせら笑うかのように見下ろしている。今日はいつもと違う一日になったとぼんやりと考えながら崖を上ろうとして、左手に見える舟が目に入った。
魚を釣らなければならない。そう思うと、自然と足は舟の方へ向かっていた。魚を釣らなければ、売らなければ、また街の人と話すことができない。
舟を押して乗り込み沖に向かう。岩礁までに向かう途中で吐き気が押し寄せてきた。口を塞ぐよりも早く、喉を逆流してくるワインの波が溢れ出す。
慌てて舟から身を乗り出し、海に向かって食べ物の入り混じった赤い液体を流し込んでいく。
しかし、吐いても吐いても波に揺られるたびに気分が悪くなる。頭蓋骨が脳を圧迫しているかのような痛みに襲われ、思わず倒れそうになった。
瞼が重くなる。岩礁を通り過ぎてしまっているとわかっているのに体が動かない。
舟はどんどん沖へと流れていく。
レノの意識は、静かに海に飲み込まれていった……。




