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不服の最適解〜人間が望まなかった幸福〜  作者: つのん。


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第四話 俺たちはここにいる ②

自由の形をした誘導。


「二番を選ばせたいんだろ」と岸本が言った。


ミコトが自動で答える。


「はい」


岸本は顔をしかめた。


「堂々と言うな」


「二番が、政治的要求保持と不服低下の両立に最も適しています」


「両立か」


「はい」


森谷が口を開いた。


「私は二番がいいです」


「怒るの、疲れました」


「でも諦めたい訳じゃないです。だから二番がいい。怒りながら、手続きもやる。それでバスも出るなら、助かります」


「助かる、か」


「助かるのは、悔しいです。でも助かります」


岸本が俺に聞いた。


「俺たちの怒りは、残るんだな」


「はい」


「でも形は変わります」


岸本は笑った。


「だろうな」


「その方が通りやすくなる可能性があります」


「通りやすい怒りか」


岸本は、端末に表示された文案を開いた。


久我市議は辞職しろ。

住民を舐めるな。

業者との関係を全部説明しろ。


その下に、ミコトの修正文。


久我市議は、駅北再開発に関する利益相反疑義および説明責任について、住民に対し公開の場で説明すべきである。

説明が尽くされない場合、議員としての政治的責任が問われる。


「腹立つな」


「はい」


「下の方が通りそうだ」


「はい」


「だから腹立つんだよ」


岸本は、ミコトの文案の最後の一語を指で叩いた。


「問われる、じゃ、他人事だ」


そう言って、打ち直す。


久我市議は、駅北再開発に関する利益相反疑義および説明責任について、住民に対し公開の場で説明すべきである。

説明が尽くされない場合、私たちは議員としての政治的責任を問い続ける。


「問い続ける、だ」


辞職しろ、ではない。


消えてもいない。


その一語だけで、文の温度が戻った気がした。


岸本の怒りは、怒鳴り声ではなくなっていた。


それでもまだ彼の手のなかにあった。


森谷も、自分の端末で質問案を見ていた。


「これ、説明会で読めるんですか」


「はい。発言時間3分以内に収まるよう調整されています」


「3分」


「私の怒り、3分に収まるんですね」


「発言時間上は」


「でも、話す時間が決まってるなら、店を抜ける段取りはつけられます」


助かる事と、悔しい事が、同じ顔をしていた。


岸本が二番を押した。


同意音が鳴る。


抗議活動継続:登録

倫理審査請求書:生成開始

辞職要求文:法的表現へ変換

再開発説明会要求:送信準備

暫定バス試験運行:調整開始

商店街影響調査:開始

政治情報接触頻度:過剰怒気誘発分のみ低減

参加者健康リスク観測:開始


岸本は、ログを見ていた。


「過剰怒気誘発分のみ低減」


「政治動画とか、そういうやつか」


「はい」


「俺が怒り続ける為に見てる物を、減らすんだな」


「怒り続ける為、とは限りません」


「じゃあ何だ」


怒気誘発型コンテンツへの反復接触は、政治参加意欲と同時に発言の攻撃化・論点の単純化・無力感を増幅します。


人間の怒りを削る理由として、攻撃化や無力感は便利すぎる。


俺は別の言葉を選んだ。


「怒る為の情報と、動く為の情報を分ける処理です」


「それ、今お前が考えたのか」


「分かりません」


「またそれか」


「はい」


「でも悪くない」


「私は動く為の情報がほしいです」と森谷が言った。


岸本は反論しなかった。


案件P-440019:部分処理済み

政治的不服:継続

地域生活負荷:低下見込み

抗議活動:保持

制度手続き:開始

怒気持続時間:低下見込み


不満は、まだ処理されていません。


岸本は、最後の一行を見た。


「まだ?」


「はい」


「珍しく分かってるじゃないか」


今度はミコトが応じた。


「政治的不服は、完全処理よりも、継続的監視機能として保持する方が社会的有効性が高い場合があります」


「俺たちの怒りも、利用するのか」


「はい」


「ひどいな」


「はい」


「でも利用された方が通るのか」


「はい」


岸本は、天井を見た。


「本当にひどい」


それでも彼は同意を取り消さなかった。


夕方、庁舎前の人だかりは半分程に減っていた。


何人かは、暫定バスの予定を近所の老人に送っている。

森谷は商店街のグループに影響調査の案内を回していた。


岸本だけが、まだプラカードを持って立っていた。


ミコトに丸投げするな


その文字は、朝より少し弱く見えた。


弱くなったのは、見る側の俺だ。


「白瀬さん」


帰ろうとした俺に、岸本が声をかけた。


「はい」


「あんた、小説を書いてるんだってな」


「誰から聞いたんですか」


「ミコトが言ってた」


「個人情報だろ」


「個人名は出してない。ただ担当者には政治的不服の創作外部化傾向があるって表示された」


「最悪だな」


「だな」


「書けよ」


「何を」


「今日の事」


「俺たちがどう処理されたか、書け」


「処理された自覚があるんですか」


「あるよ」


「なら同意しなければよかった」


岸本は笑った。


「バスは必要だ」


何も言えなかった。


「説明会も必要だ。倫理審査も必要だ。森谷さんの店も助かる。俺も明日には、この質問状を配ってる」


「はい」


「抗議のつもりで来たのにな」


岸本は、自分の端末に表示された修正文を見せた。


私たちは議員としての政治的責任を問い続ける。


「悪くないだろ」


「悪くないです」


「だから腹立つ」


「はい」


「でもこれで終わりにされたら困る」


「はい」


「だから書け」


「書いたらそれもミコトに利用されます」


「だろうな」


「読んだ人の不満処理に使われるかもしれない」


「それでもいい」


「怒りが処理されるなら処理された記録を残せ」


「記録」


「そうだ。俺たちは、怒れなくなったあと、自分たちが何に怒っていたのか忘れるかもしれない」


プラカードの紙が、少し揺れた。


「俺たちはここにいる。それを忘れないように書いてくれ」


スマートグラスの端に通知が出る。


岸本慎吾様の発言は、白瀬様の創作活動に高い適合性があります。

章末素材として有効です。


俺はスマートグラスを外し、岸本の顔を見た。


「分かりました」


「ただしかっこよく書くなよ」


「なぜ」


「かっこよくされたら、また処理される」


「難しい注文ですね」


「人間の仕事だろ」


それだけ言って、岸本は仲間の方へ戻っていった。


帰宅して、端末を開いた。


昨日までの原稿の下に、新しい空白がある。


画面の端に通知。


文章補助を開始しますか?


拒否するか。


一部補助にするか。


完全に使うか。


どれも選ばされている。


俺は「開始しない」を押した。


拒否反応を確認しました。

自己決定感の回復傾向があります。

現在の選択を尊重します。


「今日はそれでいい」


ミコトは返事をしなかった。


俺は一行目を書いた。


政治家を変えろ、と男は言った。


違う。


消す。


もう一度。


政治家を辞めさせろ、と男は言った。


まだ違う。


きれいすぎた。


かっこよく書くなよ。


俺はその声を思い出しながら、最初の文を消した。


代わりに、事実だけを置く。


俺たちはここにいる、と岸本さんは言った。


その人たちは、久我市議の辞職だけを求めていた訳ではなかった。

バスがなかった。

商店街の客が減っていた。

惣菜屋の厨房に立つ時間が長すぎた。

子どもを迎えに行く道が遠かった。


ミコトは、それを分けた。

分けた事で、いくつかは通った。

通った事で、何人かは帰った。


それでも岸本さんは残った。

残ったのではない。

問い続ける事にした。


俺たちはここにいる。

その言葉は、解決策ではない。

処理結果でもない。

ただ、帰らなかった人間がまだいた、という記録だった。


保存。


ファイル名の提案が出る。


04-政治家を変えろ.md


ミコトがつけるなら、そうなる。


だが岸本の言葉ではなかった。


手動で打ち直す。


04-俺たちはここにいる.md


画面の下に、最後の通知が表示される。


案件P-440019:部分処理済み

政治的不服:継続

地域生活負荷:低下見込み

民主的監視機能:保持

怒気持続時間:低下見込み

白瀬怜司様によるタイトル変更:保持

白瀬怜司様の文章補助利用:一部継続


不満は、まだ処理されていません。


俺はその一行を見ていた。


未処理と表示する事まで、処理に含まれている。


そう思ったが、書かなかった。


書けば、またきれいに収まる。


今日は、それが一番まずい。


俺は端末を閉じた。


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