Signal Mary ──真壁班の可愛い訪問者──
『――もしもし。私、メリーさん。今……あなたの後ろにいるの』
スマホ画面の向こう側、懐中電灯で周囲を探りながら恐る恐る振り返る男は、不気味に笑う少女を映して映像が切れた。『数日後』と称して惨殺死体のニュースの切り抜きが流れる。しかもどこから手に入れたのか、妙にリアルな死体の映像まで――
「うわぁぁああ!!ひ、ひぃぃぃいい――!!」
「うるさいぞ、宇佐美」
ブリーフィングルームで大人しく仕事をしているかと思えば、突然情けない悲鳴を上げた宇佐美陸に、真壁恭介は丸めた資料で脳天をポコンと頭を叩いた。
叩かれた頭を押さえながら、特に悪びれた様子もなく若手の宇佐美は、自身の見ていたプライベートスマホの画面を見せながら、班長である真壁にヘラヘラと言い訳を並べ立てた。
「――いや、だって、最近のメリーさんって怖いんすよぉ。見てください、コレコレ!」
「おまえ、勤務中に何を見ている…」
真壁は呆れたようにため息をつくと、黒いスーツのポケットに手を突っ込み、正面のモニターに映るリアルタイム定点観測データを見やった。
「あれはネットのデマか、質の悪い愉快犯の都市伝説だ。お前みたいな信じやすいヤツを狙って作ってるんだよ。俺たちの追っている『時空間の歪み』の数値に、そんな異常なものは感知されていないぞ」
「うぅ……そうなんすけど。自分のスマホにこんなの来たらどうするんすか!」
そういえば、公安から似たような情報共有があったような。と、真壁の頭を過った。
宇佐美が起きもしない事で嘆いて身震いしている、その瞬間――
ポコンッ
宇佐美の握るスマホから、あるアプリの通知音が鳴った。
液晶画面を確認すると、宇佐美が普段、友人と使っているリアルタイム位置情報共有アプリ――『ロケログ』からの通知だった。
【『メリーさん』から現在の位置情報と動画の共有リクエストが届きました】
「は?……え、なにこれ」
宇佐美は動揺して固まった。
『ロケログ』のアカウントは、身内の数人にしか教えていない。休日や旅行のときにしか使わないアプリに、マップ上を異常なルート、スピードで移動するアイコンが一つ。
「バグ、か?」
ポコッと軽い通知音が鳴り、勝手にメッセージ画面が開いた。
そこに表示されたのは、数秒の短い「自撮り動画」だった。
『――もしもし。私、メリーさん。今、東京駅にいるの』
動画が再生された瞬間、スピーカーからノイズかかったざらついた可愛らしい少女の声が流れた。
画面の中で、ニヤニヤと笑っているのは、小学生にも満たないほどのくりっとした瞳を持つ、ストロベリーブロンドの人形のような女の子。背景には、深夜で誰もいない、ライトアップされた赤レンガ造りの東京駅。
「ま、まずいですよ!!ガチなやつ!ここに来たら、殺されちゃう!」
「落ち着け、宇佐美。貸してみろ」
狼狽える宇佐美の手から、真壁はスマホをひったくるように奪い取る。画面をタップしても、電源ボタンを長押ししても、端末はフリーズしたように全く操作を受け付けない。相変わらず、メリーさんのセットログが表示されたままだ。
ポコッ
また通知が来た。それはもちろん、メリーさんから。
『――もしもし。私、メリーさん。今、新宿駅にいるの。あと少しで着くから待っててね』
今度は、煌びやかなネオンが輝く歌舞伎町の入り口が少女とともに映し出される。後ろには、酔っ払いたちが歩いていて、少女がこの時間に立っているのは異質だ。
そして、メリーさんのアイコンは、新宿駅からまっすぐにキーストーン警備保障の所在地に向かっている。
「なんだ、このスピードは……」
真壁が正面モニターを確認するが、リアルタイム定点観測には、異常な数値は感知されていない。
(狗飼班の筑紫か、御子神班のエリックにでも協力を頼むか)
悩んでいる時間は一瞬だったが、新たな通知がきた。
それとともに、机の物がガタガタと激しく震えるラップ現象がブリーフィングルームで起き始めた。
『もしもし。私、メリーさん。今、貴方の部屋の前にいるの』
「――宇佐美、迎撃準備だ」
「え、ウソ。ウソウソ――ッ」
急いで、手元にあるキーボードを掴みガタガタと震える宇佐美。真壁の手元には警棒しかない。舌打ちをして、ゆっくりとブリーフィングルームの重厚なドアに近づく。
その時、真壁が携帯していたタブレットに通知がきた。
――公安からの緊急共有事項。ここ数か月、ネット上で騒がれていた『メリーさん』に便乗した連続殺人事件は、捜査班がアパートにて犯人を逮捕した。これにより、怪異との関連性はなしと判定されたため、本件の調査依頼は取り消しとする。――
「取り消し。ということは、今いるのは……」
「ちょっと、いつまで閉めてるの」
重厚なドアの向こうからでも、聞こえる可愛らしい声。
センサーが感知するところに脚を伸ばして、自動扉を開けると、両手を腰に当てて、ぷくっと頬を膨らませたお怒りモードの『メリーさん』が立っていた。
「もぅ、面白そうなウワサがあったから、遊ぼうと思ったのに……もう終わっちゃったの?」
真壁のタブレットを覗いて、すごく残念そうな少女は、軽やかに室内に入ってきた。周囲を見回しながら、宇佐美のもとに辿り着くと、ニコッと微笑んだ。
「えっと――『メリーさん』?」
「そうよ」
『メリーさん』は嬉しそうに返事をすると、いつの間にか持っていた宇佐美のプライベートスマホを悪戯にタップし始めた。
「あ、僕のスマホ!」
「ニセモノより私の方が怖いんだから!」
宇佐美にスマホを突き返すと、『メリーさん』はスッと姿を消してしまった。どうやら、キーストーン警備保障に侵入するのは、彼女にとってお茶の子さいさいだったようだ。
静まり返った室内に取り残されたのは、拍子抜けして間抜けな顔の二人の男。
宇佐美がちらりと、返ってきたスマホの画面を確認する。
「なっなんだこれ!」
そのホーム画面には、キーボートを盾に間抜け面をしている宇佐美本人の顔がでかでかと表示されていた。仕舞には、文字入力も予測変換も『メリーさん』しか表示されない。
「班長、何とかしてください!」
「いい顔してるな、お前」
それからというもの、真壁班のブリーフィングルームには、『ロケログ』という外部アプリでなくキーストーン警備保障内部の機密通信網に侵入して時間を選ばず『メリーさん』から通知が来るようになった。
『もしもし。私、メリーさん。1階の受付にも給湯室にもお菓子がないの。今から、貴方の部屋の前に行くね』
今日は、明け方にお腹を空かしてお菓子を食べにやってきたらしい。
特に物理的な実害や問題行為をするわけでもない『メリーさん』は、キーストーン警備保障の可愛い訪問者として、真壁班に受け入れられている。




