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後日談 マリーの限界サバイバル日記

「……エドワード。そこ、ツルハシの角度が浅いわよ。もっと腰を入れて! 岩の亀裂を的確に狙いなさい!」

「わ、分かっているマリー! だがこの岩盤は硬すぎる……くそっ、私の手にまた新しいマメが!」


薄暗く、埃っぽい東部の魔力鉱山。

カンッ、カンッという硬質な音が響く中、私は泥にまみれた顔の汗を粗末なタオルの袖で拭い、手元のツルハシを強く握り直した。


私の名前はマリー。

数ヶ月前までは、華やかなドレスを着て夜会を舞い、この国の王太子エドワード様をたぶらかして「次期王妃」の座を掴みかけていた、美しき男爵令嬢だった女だ。


それが今や、ボロボロの作業着に身を包み、顔には泥と煤、かつて殿方たちを魅了した白魚のような手には、分厚いタコとマメがびっしりと形成されている。


なぜこんなことになったのか。

すべては、あの恐るべき悪魔……ルチアと、その夫である連邦の第一皇子のせいである。彼らの完璧な国家買収劇によって、私たち王族・貴族の身分は完全に剥奪され、この一生出られない強制労働の鉱山へと送られたのだ。


鉱山に到着した初日。

私はまだ、自分の「女としての武器」が通用すると思っていた。


『あ、あのぅ……看守長様ぁ。私、こんな重いツルハシ持てませんの。少しだけでいいので、お食事を分けていただけませんか……?』


上目遣いで涙を浮かべ、色仕掛けで看守にすり寄ってみたのだ。

しかし、看守は虫けらを見るような目で私を一瞥し、壁に貼られた一枚の羊皮紙を指差した。


『姐さんからの通達だ。「この鉱山は完全な成果主義とする。涙も色気もカネには変換できない。ノルマ未達の不良債権には、パンの耳一つ与えるな」……だそうだ。ほら、掘らないならそこをどけ。邪魔だ』


私は絶望した。

ルチアが構築したこの鉱山のシステムは、極めて冷酷かつ合理的だった。

一日十キロの鉱石を掘れば、硬い黒パンと水。

二十キロで、黒パンと具なしのスープ。

そして五十キロを超えれば……熱々で柔らかな白パンと、ゴロゴロと肉が入った『特製シチュー』が支給されるのだ。


最初の三日間、私とエドワードは地獄を見た。

「私は王太子だぞ!」と喚くエドワードはすぐに看守に制圧され、私は重いツルハシを振るえず手の皮が剥けて泣き叫んだ。結果、配給されたのはカチカチの黒パンの欠片だけ。

空腹と疲労で、私たちは文字通り餓死の一歩手前まで追い詰められた。


四日目の夜。

空腹で胃液を吐きながら、私は悟った。


(……このままじゃ、死ぬ。私、まだ死にたくない……っ!)


王子様に媚びを売って養ってもらうパラサイト生活は、もう終わったのだ。

生き残るためには、己の筋肉とツルハシで、岩を砕いてカロリーを稼ぐしかない。


「起きなさいよ、無能!!」

私は、隣で「お腹が空いた……マリー、ルチアに手紙を書いてくれ……」と泣き言を言っているエドワードの胸ぐらを、力任せに掴んで引きずり起こした。


「いいこと!? あんたはもう王太子でも財布でもない! ただの鉱石採掘マシーンよ! 泣く暇があったら、一回でも多くツルハシを振れ! 私たちは今日、絶対に肉を食うのよ!!」


私の鬼気迫る怒声に、エドワードはヒッと悲鳴を上げ、ガクガクと頷いた。

そこからの私たちは、まさに「生存競争」という名の狂気に取り憑かれていた。


私は令嬢のプライドを完全にドブに捨てた。

ドレスの歩き方で培った体幹バランスを、すべて「ツルハシの遠心力を乗せるスイング」に全振りした。腕の力だけで振るのではない、背筋と下半身のバネを使って、岩の急所を的確に穿つストライク。


エドワードもまた、無能なりに王宮のエリート教育を受けていたことが、ここに来て奇跡的に役立った。

「マリー! この岩脈の青い筋……純度の高い魔力鉱石の鉱脈だ! 右斜め四十五度からクサビを打ち込んでくれ!」

「オッケェ! あんたは崩れた瓦礫の中から、取りこぼしがないように石を拾い集めなさい!」

「了解だ!!」


かつては「愛の言葉」を囁き合っていた私たちの間に、もはやロマンスの欠片など微塵もない。

あるのは「いかに効率よくノルマを達成するか」という、泥臭い連帯感だけだった。


「ふんッ!!」

私が渾身の力でツルハシを振り下ろすと、巨大な岩盤がバキィッ!と心地よい音を立てて崩れ落ち、中からキラキラと輝く上質な魔力鉱石が大量に姿を現した。


「やったぞマリー! これだけで十キロは堅い! 今日の合計は……五十二キロだ!!」

エドワードが泥だらけの顔をくしゃくしゃにして歓喜の声を上げる。

私もツルハシを放り出し、思わずエドワードと両手でハイタッチを交わした。


「っしゃあぁぁっ!! 見たかルチア、これが私たち底辺の底力よ!!」


カァァァン、カァァァン!

その時、坑道に終業を知らせる鐘の音が鳴り響いた。


配給所の大鍋から漂ってくる、濃厚な肉と野菜を煮込んだシチューの暴力的なまでに美味そうな匂い。私たちの胃袋が、ギュルルルッと雷鳴のような音を立てた。


「今日のノルマ達成者、五十二キロ!……エドワード、マリー組だ! ほらよ、特製シチューと白パンのセットだ」


看守から、湯気を立てる木製のどんぶりとパンを受け取る。

私たちは坑道の隅の地べたに座り込み、無言でシチューに食らいついた。


「……美味い」

エドワードが、ボロボロと涙をこぼしながら肉の塊を噛み締めている。

「当たり前でしょ。私たちの血と汗とマメの結晶なんだから。一滴も残すんじゃないわよ」


私も、口の周りをシチューだらけにしながら、一心不乱にパンを胃袋に流し込んだ。

王宮の専属シェフが作った最高級のフルコースよりも、自らの肉体を極限まで酷使して稼ぎ出したこの労働後のシチューの方が、何百倍も五臓六腑に染み渡る。


(私、今……生まれて初めて、自分の力で生きてる……)


ふと、そんな場違いな達成感が胸に湧き上がってきた。

かつては他人の財産を吸い上げることしか考えていなかった私が、今は明日の「採掘効率の改善」を真剣に考えている。


「……マリー。明日は第七坑道の奥を攻めよう。あそこなら、六十キロは狙えるはずだ」

「甘いわねエドワード。私たちの目標は七十キロよ。明日はツルハシの刃の研磨から見直すわよ」

「ふふっ……ああ、そうだな。頼りにしているぞ、相棒」


エドワードが泥だらけの顔で笑う。

かつての甘ったるい嘘の笑顔ではなく、ただの疲れ切った労働者の、本物の笑顔だった。


東部の魔力鉱山の夜は更けていく。

私たち元・令嬢と元・王族の、絶望的で、底抜けにたくましい「限界サバイバル」は、まだ始まったばかりだ。

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