最終話 暗躍令嬢
ヴァルディス通商連邦の首都。
世界中の富と権力が集まるこの街の、総大理石造りの大聖堂は、かつてない光と熱狂に包まれていた。
「……これより、ヴァルディス通商連邦・次期議長、ザイオン・ル・ヴァルディス。そしてその妻、ルチア・ド・エルディスの、結婚式を執り行う!!」
連邦議長の威厳ある宣言と共に、地鳴りのような拍手と歓声が、大聖堂を埋め尽くした数千人の参列者から巻き起こった。
参列しているのは、連邦の有力貴族や大商人だけではない。世界各国の国王、大公、そしてかつてエルディス王国を見限った近隣諸国の元首たちが、媚びるような目を向けている。
彼らの視線の先。
祭壇の上に立つザイオンは、連邦のトップにふふさわしい、金糸と宝石で飾られた漆黒の正装を纏い、仮面の下に隠されていた整った素顔を晒していた。
そして、その隣。
ルチアは、連邦の国旗の色である『ミッドナイトブルー』を基調とし、何万粒ものダイヤモンドが夜空の星のように散りばめられた、世界で一番豪華なウェディングドレスに身を包んでいた。
エルディス王国の結婚式でマリーが着ていたドレスが、まるで子供のおもちゃに見えるほどの、圧倒的な「本物」を体現した姿。
「……すごい人ですね。連邦のトップの結婚式ともなれば、これほどの『経済効果』が生まれるのですか」
ルチアは、隣に立つザイオンにしか聞こえない小声で、銀縁眼鏡を押し上げながら呟いた。
「ははっ。お前、自分の結婚式でまで参列者の数とご祝儀の計算をしてんのか?」
ザイオンが、呆れたように、しかし最高に愛おしそうに喉の奥で笑った。
「当然です。私はあなたの有能な財務顧問ですから。……この結婚式にかかった莫大なコスト、これからの外交と貿易で利益として回収してご覧に入れますわ」
「頼もしいねえ。……だがな、ルチア」
ザイオンは、ルチアの手を取り、その指に、連邦の国宝級の魔石が埋め込まれた、巨大なダイヤモンドの指輪を嵌めた。
「今日だけは、計算も帳簿も忘れろ。……俺の全財産と一生を懸けて、お前を世界一幸せな『妻』にしてやるって約束しただろ」
ザイオンの琥珀色の瞳が、熱く、甘く、ルチアを射抜く。
その瞳に見つめられ、ルチアは顔を真っ赤にして、扇で口元を隠した。
「……ずるいですわ。次期議長閣下ともあろうお方が、そんな反則みたいな口説き文句……。訴えますよ」
「ははっ、上等だ。俺の愛の牢獄で、一生かけて争ってやるぜ」
二人は祭壇の前で、世界中の要人たちが見守る中、深く、甘い、誓いの口付けを交わした。
かつて王宮を追放された暗躍令嬢と、身分を偽っていた第一皇子。
二人の「共犯者」は、本当の意味で「世界最強の夫婦」となり、これからは二人で、世界を裏と表から牛耳っていくのだ。
エルディス王国は、事実上連邦の属国となった。
暴動は鎮まり、民衆はルチアが用意した食料と仕事によって、かつてない繁栄を享受し始めている。……もちろん、その繁栄の利益はすべて、連邦の懐に入るシステムだが。
「さあ、行こうぜ、ルチア。……俺たちの『国家買収劇』は、これからが本番だ」
「ええ。世界中の資産を買い叩いて差し上げますわ、次期議長閣下」
二人は悪魔のように、そして最高に幸福そうに微笑み合い、世界を統べるバージンロードを悠然と歩き始めた。
* * *
結婚式が終わり、深夜。
連邦議事堂の最上階にある、ザイオンの執務室。
ルチアは、ドレス姿のまま、連邦の国家予算の帳簿をチェックしていた。
「……終わったばかりだっていうのに、もう仕事か?」
ザイオンが、呆れたようにソファから起き上がり、ルチアの背後から抱き寄せた。
「当然です。……今日の結婚式で、各国から莫大な『祝い金』と『貿易協定』の申し出がありました。これを一刻も早く精算し、利益を確定させなければ」
「ははっ。マジで世界一の悪妻だな、お前は」
ザイオンはルチアの肩に顎を乗せ、その横顔に優しくキスを落とした。
「でもな、ルチア。今日くらいは帳簿を閉じて、俺のことだけを見てくれないか? ……一応、俺たちの初夜なんだけどな」
ザイオンの甘く熱を帯びた声に、ルチアはピタリと羽ペンの手を止め、ほんのりと頬を染めた。
「……分かりましたわ。有能な妻として、今夜は夫への『投資』に専念して差し上げます」
パタン、と帳簿が閉じられる。
そこには、エルディス王国から回収した莫大な資産と、これからの二人の輝かしい未来の計算式が記されていた。
* * *
その裏で。
かつてエルディス王国の領地であり、現在はザイオンたちの所有物となった東部の魔力鉱山。
「……クソッ、なんで私が……こんな薄汚い場所で……っ!」
「エドワード……あなたのせいよ! あなたが無能なせいで、私がこんな目に……っ!」
かつての王太子エドワードと、男爵令嬢マリーは、ボロボロの労働服を着て、煤にまみれながら重いつるはしを振るっていた。
王族・貴族の身分を完全に剥奪された二人は、一生出られない強制労働の奴隷としてこの底辺に送られたのだ。
「黙れ! お前が王室の金を他の男に貢いだりするからだろうが!!」
「うるさい、うるさい! お金もないくせに私に命令しないでよ!!」
泥と汗にまみれながら、二人は現場でも醜い罵り合いを続けていた。
しかし、彼らの声は誰に届くこともなく、ただ鉱石を砕く鈍い音にかき消されていく。
金の切れ目が縁の切れ目、そして命の切れ目。彼らはこの先一生、陽の当たらない地下で己の愚かさの『利息』を這いつくばって精算し続けるのだ。
* * *
「……不良債権の処理は、完全に終わりましたね」
執務室の窓から、眠らない連邦の美しい夜景を見下ろしながら、ルチアは静かに微笑んだ。
ザイオンは彼女の手を取り、その薬指に光る指輪にそっと口付ける。
「ああ。そして、俺たちの新しい生活の始まりだ。……これから一生、俺の隣で、俺の資産と愛を独占管理してくれよ、世界一の悪妻殿」
「ええ。覚悟しておいてくださいね。私の監査は厳しいですから」
二人は、誰にも邪魔されることのない、真実のパートナーとしての幸福な笑みを交わした。
かつて国を追放された暗躍令嬢と、身分を隠していた最強の皇子。
計算し尽くされた二人の物語は、これ以上ないほどの完璧な「黒字」を叩き出し、最高の結末を迎えたのである。
完結です!!!ここまでお読みいただきありがとうございました。
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