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第11話 滑稽な再会

大広間の中心。シャンデリアの光が最も眩く降り注ぐ場所で、エルディス王国の第一王子エドワードは、目の前の「仮面の豪商」に対し、これ以上ないほどの愛想笑いを浮かべていた。


「いやはや、ザック卿! 遠路はるばる我がエルディス王国へようこそおいでくださった。改めて自己紹介をしよう。私は第一王子のエドワード。そしてこちらは、私の最愛の婚約者であるマリーだ」


エドワードが仰々しく手を示すと、ピンク色のフリルドレスを着たマリーが、甘ったるい香水の匂いを振りまきながら一歩前へ出た。


「初めましてぇ、ザック様! マリーですぅ。ヴァルディス連邦の商人様って、もっとおじさまかと思ってましたけど……仮面越しでもわかるくらい、とっても背が高くて素敵ですね!」


マリーは上目遣いでザイオンを見つめ、あわよくば金づるのパトロンとして取り入ろうと、あからさまな媚びを売った。


(……相変わらず、知性も品格も感じられない挨拶ですね。他国の、それも初対面の国賓クラスの商人に対して、まるで裏街の娼婦のような距離の詰め方です)


ザイオンの斜め後ろに控えるルチアは、黒いレースのヴェールの奥で、氷のように冷ややかな視線をマリーへ向けた。


かつてルチアは、王太子妃教育の一環として、このマリーにも最低限の礼儀作法を教え込もうと尽力した。しかし彼女は「ルチア様がいじめるぅ」と泣き真似をしてエドワードに逃げ込み、結果としてルチアは「可愛げのない悪役令嬢」の烙印を押されたのだ。


「……お褒めにあずかり光栄だ、男爵令嬢殿。だが、あまり私に気安く近づかないでいただきたい」


ザイオンは、マリーの媚びを含んだ視線を、まるで道端の石ころでも見るかのように冷酷に一蹴した。


「なっ……」

「私の専属秘書は、安物の香水の匂いを嫌うのでね。彼女の優れた計算能力に支障が出れば、我が商会にとって莫大な損失となる。……そうだね、私の優秀な秘書官殿?」


ザイオンはマリーから露骨に距離を取ると、振り返りざまにルチアの細い腰を抱き寄せた。

そして、周囲の貴族たちに見せつけるように、彼女の耳元へと顔を寄せた。


「ザック卿。腰に回した手の力を緩めなさいと先ほど申し上げたはずですが」

ルチアがヴェールの奥で小声で抗議する。


「これが俺なりの『他の女には一切興味がない』っていう誠実なアピールなんだよ。褒めてくれよ」

「誠実さの定義を辞書で引き直すことをお勧めします。あなたの体温のせいでドレスの生地が伸びます。離れなさい」

「断る。お前のドレスの修繕費なら、後でいくらでも払ってやる」


完全に二人の世界に入り込み、コソコソと言い合い(傍から見れば甘い囁き合い)を始めた豪商と秘書を前に、マリーは顔を真っ赤にしてエドワードの腕にすがりついた。


「エドワード様ぁ! あの商人、マリーのことバカにしましたぁ!」

「ま、待てマリー。今は我慢するのだ。相手は金貨五万枚以上の資産を持つ超大物……我々の『希望』なのだから」


エドワードはマリーをなだめすかすと、再び顔に引きつった笑みを貼り付け、ザイオンに向かって両手を広げた。


「コホン。……さて、ザック卿。先ほど伝えたように、我がエルディス王国は今、類まれなる発展の途上にあります。王都の美化計画、そして民の笑顔のための新たな祝祭の数々……。我が国の輝かしい未来のために、卿の莫大な資産をぜひ『投資』していただきたい!」


エドワードの熱弁が、大広間に響き渡る。

しかし、その言葉を聞いたルチアは、ヴェールの奥で深い、深い絶望的なため息をついた。


(……投資? 具体的な事業計画書も、予想される年間利回りの提示も、担保の保証も一切なしに、ただ『未来』と『笑顔』という中身のない単語を並べ立てただけ。……信じられない。これが、一国の王太子の口から出る言葉ですか)


ルチアがかつて徹夜で仕上げていた国家予算案には、魔力鉱石の輸出予測、農作物の収穫量に基づいた税収計算、隣国との関税率の調整など、緻密な数字がびっしりと書き込まれていた。

それを「数字ばかりで可愛げがない」と切り捨てた男の末路が、この小学生の作文以下のプレゼンテーションである。


「……なるほど、殿下の熱意はよくわかった」


ザイオンは、仮面の奥で呆れ返るルチアの様子に気づきながら、あえて面白がるようにエドワードに問い返した。


「だが、殿下。私は商人だ。愛や笑顔では腹は膨れない。……我が商会が投資した場合の、具体的な『見返り』と、優先的に開発を進めている『主要産業』について、数字でお答えいただけるかな?」


「す、数字……?」

エドワードの笑顔が、ピシリと固まった。


「そ、それは……我が国の主要産業といえば、やはりこの美しい王都の景観であり……投資の見返りは、我が王室との『永遠の友誼』という、何物にも代えがたい名誉であります!」


(……ゼロですね)

ルチアは心の中で即座に査定を下した。

(具体的な産業の把握すらできていない。返済計画もない。ただ金を出せと言っているのと同じです。……こんな泥船に投資する商人は、世界中探しても一人もいませんわ)


ザイオンもまた、エドワードのあまりの無能さに、仮面の奥で冷笑を噛み殺していた。

(ルチアが「バカの尻拭いはもう終わり」ってキレて出てきた理由が、骨の髄まで理解できたぜ。こいつはただの、見栄っ張りの空っぽな案山子だ)


「……いかがかな、ザック卿! 我が国への投資は、必ずや卿の商会に素晴らしい名誉をもたらすはずだ!」

自信満々に胸を張るエドワード。


ザイオンは、大仰に肩をすくめて見せた。

「素晴らしい。殿下の『夢』の大きさには感服いたしました。……どう思う、私の優秀な秘書官殿。このエルディス王国への投資は、我が商会に利益をもたらすかな?」


ザイオンはわざとらしくルチアに話を振り、またしても彼女の耳元に顔を寄せた。


「(……おい、ルチア。どうする? ここでバッサリ切り捨てて、恥をかかせてやるか?)」

ザイオンの低い囁き声が耳朶を打ち、ルチアは小さく身をよじりながら、冷徹な声で答えた。


「(……いいえ、ザック卿。ここで投資を断れば、彼らは別の獲物を探すだけです。私たちがやるべきは、彼らの退路を完全に断ち、自ら進んで『絶対に返せない莫大な借金』を背負わせることです)」


ルチアは扇で口元を隠し、ザイオンにだけ聞こえる声で完璧な指示を出した。


「(彼らに、見せかけの希望を与えなさい。……今夜行われる『闇オークション』で、彼の見栄とプライドを限界まで煽り、国庫の底を完全にぶち抜くのです)」

「(……くくっ、了解だ。お前、マジで極悪だな)」


ザイオンは嬉しそうに喉の奥で笑うと、ルチアから離れ、エドワードに向かって鷹揚に頷いた。


「殿下。私の秘書も、我が商会の莫大な資金を投じるに値する『魅力』が、この国にはあると申しております」

「おおっ! では、投資を!」


「ですが、私は石橋を叩いて渡る主義でしてね。……殿下のご覚悟と、この国の『真の財力』を、もう少し拝見させていただきたい」


ザイオンは片眼鏡の奥の琥珀色の瞳を怪しく光らせ、唇の端を吊り上げた。


「聞けば今夜、この夜会の裏で、限られた特権階級だけが参加できる『特別なオークション』が開催されるとか。……そこで殿下が、次期国王に相応しい『圧倒的な財力と威厳』を見せてくださるのであれば。私も喜んで、この国に金貨の雨を降らせましょう」


「オ、オークションで、財力を……?」


エドワードは一瞬たじろいだが、隣にいるマリーが「きゃあっ! エドワード様のかっこいいところ、マリー見たいですぅ!」と腕に胸を押し当ててきたため、すぐに顔を真っ赤にして胸を叩いた。


「も、もちろんである! ザック卿、我が王室の真の力、とくとご覧に入れるが良い!」


(……かかりましたね。哀れな案山子)

ルチアはヴェールの奥で、誰にも気づかれないほど微かに、しかし絶対的な冷酷さを持った笑みを浮かべた。


愚かな王太子を、見栄とプライドという名の奈落の底へ突き落とす。

暗躍令嬢と仮面の豪商による、悪辣極まりない「オークション」の幕が、静かに上がろうとしていた。

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