変わる世界
上空から、重いプロペラ音が響く。
見上げると、何台ものヘリコプターが夜空を横切っていた。
自衛隊? テレビ局?
だが、あたりの光は消えたままだ。
電気が復旧したわけではない。
それなのに、ヘリだけが夜空を横切っていく。
「おっ!救援がきたみたいだ」
Kが能天気に呟く。
さっきの、あれは何だったのだろう。
私はポケットに手を入れた。
プロフェッサーTから渡された石。
あのとき、確かに――光った。
Kを見る。
そして、思う。
あの男は――私のために立った。
偶然ではない。
この状況も、あの出来事も、普通ではない。
私は視線を落とす。
アスファルトの上。
そこに倒れているのは、
あの――異形だった。
私は、ゆっくりとそれに近づいた。
「おい! セレナさん、危ねーって。
そいつ、また動き出すかもしれないぞ」
Kの声が背中から飛んでくる。
私は振り返らずに言った。
「大丈夫ですよ」
ほんの少しだけ、笑う。
「そのときは――また守ってくれるんでしょ?」
Kが一瞬、黙る。
「……ま、まぁな!」
誇らしげな声が返ってきた。
私はコートの裾に手を添え、ゆっくりとしゃがみ込む。
そして、その存在を見た。
肩口に刺さった破片が、まだ微かに光っている。
月の欠片のような、灰白色の光だった。
ふと、ポケットに目をやる。
――同じ光だった。
月の光。
「外科医でしたよね?」
私は振り返り、微笑む。
「これ、抜いてあげられませんか?」
Kが目を丸くする。
「え? いや、器具なにもねーから――」
「お願い」
私は少し首を傾げた。
「かわいそうでしょ?」
Kは一瞬だけ迷うように黙り――
それから頷いた。
「そうだな。無理やりになるが」
Kは身を乗り出し、破片を掴む。
そして――すんなりと抜いた。
不思議なことに、血はほとんどついていない。
Kの手の中で、拳ほどの破片が、淡く光っていた。
「ちょっと見せてください」
「お、おう」
私はKに身を寄せ、その破片を覗き込む。
石――?
いや、石というより、
月の欠片みたいだった。
そして、その破片に手を触れた。
その瞬間だった。
「死にたくない! 生きたい……生きたいぃ!」
声が――
脳に直接、響いた。
「なにこれ……?」
私は小さく呟いた。
「ん?どうした?」
Kが首を傾げる。
……聞こえていない?
私は視線を落とす。
そして、倒れている異形を見た。
「そうですよね」
私は静かに言った。
「何もしてあげられなくて、ごめんなさい」
その言葉が終わると、
脳に響いていた声も、ゆっくりと消えていく。
そして――
石の光も、消えていた。
私はそっとその破片を、ネックレスとは反対側のポケットに入れる。
Kがわずかに目を見開いた。
だが、何も言わない。
「ミサたちを探したいんですが、手伝っていただけませんか?」
私は微笑んだ。
「一人だと……少し怖くて」
上空では、重いプロペラ音が響いていた。
Kは迷いなく頷く。
「おう! 当たり前だろ」
「俺も井上たちが心配だ」
◇
それから一時間ほど、光の消えた街をKと彷徨った。 だが、ミサたちは見つからない。
上空では、ヘリのプロペラ音が途切れることなく響いている。
やがて街のあちこちに自衛隊の姿が現れ、避難誘導が始まっていた。
そのときだった。
「河合? 河合じゃねーか!」
迷彩服の男が、驚いた声でKを呼んだ。
「……山城?」
Kが目を見開く。
「やっぱり河合か! お前、何やってんだよこんなとこで!」
Kが私を見て言った。
「高校の同級生なんだ。
防衛医大行って、自衛医官やってるんだ」
山城――自衛官のYは、一瞬だけ私を見た。
そしてすぐにKへ向き直る。
「河合、早く避難しろ。この辺も危険だ」
Kが眉をひそめる。
「いや、これどうなってんだ?」
山城は少しだけ声を落とした。
「……オフレコだが」
周囲を一度見回す。
「月城の発電所が爆発したらしい」
Kが目を見開く。
「そのあと、東京の東側の電力が全部落ちてる。
まるで――吸い上げられたみたいにな」
Yはさらに声を落とした。
「様子のおかしい人間が暴れてるって報告も上がってる」
Kが私を見た。
そうか。
あの存在は、一体だけではない。
私はそっとポケットに手を当てた。
「とにかく、近くの避難所に行け」
そう言ってから、Yは私を一瞥した。
「……すごく綺麗な人だな。恋人か?
俺たちも、もう三十だしな。しっかり守ってやれよ」
……?
Kはたしか、二十七と言っていた。
この男、バレたという顔をしている。
男は、無駄な嘘をつく生き物だ。
Yは近くにいた自衛官を呼び止めた。
「この二人、避難所まで案内してやってくれ」
「山城、ありがとう。おまえも気をつけろよ。
また落ち着いたら、飲みに行こうぜ」
Yは笑顔で頷いた。
また、そんな日常が戻る。
Kは、そう思っている。
そして私も、この非日常の中で、そのやりとりをどこか自然なものに感じていた。
私たちは、若い自衛官に導かれ、光の消えた街を歩き出した。
上空では、まだプロペラ音が続いていた。




