#99 果たすべき責任
サラリといくつもりが、私が再び野生の体育教師の名前を出すと、2年5組の教室は静まり返った。
火災事故について前向きに考え始めているように見えても、やはり5組の皆さんにとっては、体育教師の現状を考えると辛いのかもしれない。
ここまで多少強引に話を進めましたが、ことを急いては、仕損じる。ここからはもっと慎重に。そして生徒たちの気持ちを見誤らないようにしなくては、いけませんね。
「皆さんが外へ無事に避難したあと、ホテルに残された私と6人の生徒、そして牧田先生になにがあったのかを話そうと思いますが、その前に、これ以上、あの火災現場の話を聞きたくないと言う方はいますか?無理強いするつもりは一切ありませんので、正直に挙手してください」
しかし、挙手をした生徒は一人もいない。
「ここまでは皆さんに前向きになって欲しくて、多少厳しいことを言いましたが、本当に、これ以上は無理強いするつもりはありませんので、正直に挙手してくださっていいのですよ?」
すると、最初に「火災事故のことを思い出したくない」と不満を訴えた大谷君が、挙手した。
「真乃先生。マッキーの話を聞かせてください。どうして助けに行ったマッキーが大ケガしたのか、俺達、なにも知らないんです」
大谷君は、私の話を拒絶するどころか、聞きたいと言い出した。
知らないというのは、時にはストレスになる。
私だって幼少期から、知らないことが許せないと、笹錦の家系を夢中になって調べ、古典文学の研究に没頭した。
「笹錦先生が出てきたときに必死に救助を訴えてたの見て、なにかあったことは分かったけど、1組の男子6人は無事だったのに、牧田先生と笹錦先生がケガしてるの、やっぱり、なんか納得できないです」
一番前の席の山下さんも同じように、聞きたいと言い出した。
教室に来た時は、火災事故の辛い経験に囚われて苦しんでいるとしか見れていませんでしたが、この子たちもあの6人と同じで、立ち直りたくて、自分たちなりに足掻こうとしているのかもしれない。
事故からまだ1週間しか経っていないのに、一人も休まず登校しているのが、なによりの証拠でしたね。
「余計な心配でしたようですね。では、あの時、ホテルのなかで起きたことを話します。牧田先生が、なぜ助けに戻ったのか。なぜ一人だけ大ケガをしてしまったのか」
気を引き締め直し、平静を保つように意識して話し始めた。
皆さんが避難するなか、逃げ遅れた生徒がいないか確認するために、一人で残ってすべての部屋を順番に回っていたこと。
最後の部屋で、まだ寝ていた生徒6人を見つけ、起こして避難を始めたこと。
廊下には煙が充満し、非常階段に辿り着く寸前で爆発音が聞こえ、建物が大きく揺れたこと。
私も6人も激しく動揺したが、気持ちを奮い立たせ、6人を励ましながら非常階段から階下へ降りたこと。
2階付近がぐちゃぐちゃになっており、防火扉が道を塞いで足止めされたこと。
なんとか持ち上げて動かし、6人だけでも逃がそうとしたが、鉄の扉が重く、動かせずにいたこと。
その現場には、火災による熱風も吹き込み熱く、髪は焦げ、それでもなんとか扉を持ち上げようとしていたら、牧田先生が助けに来てくれて、扉が動かせたこと。
おかげで生徒6人を無事に避難させることに成功し、私も障害物を超えることができたのに、牧田先生が持ち上げていた鉄の扉から手を離すと、瓦礫が崩れ、牧田先生は足を挟まれて、動けなくなってしまったこと。
私が瓦礫を動かそうとすると、牧田先生に突き飛ばされて、私だけでも避難するように強く言われ、必ず救助を呼んでくると約束してから私も避難したこと。
そして、あの日以来、牧田先生を置いて避難したことを、ずっと後悔していること。
「以上が、あの時、ホテルの中で起きたことの全てです」
包み隠さず客観的に、正直に話した。
話を終えると、何人もの鼻をすする音が聞こえる。
ですが、ここで終わりではない。
ここからが、生徒達に、私が最も伝えたいこと。
野生の体育教師を、ただの英雄で終わらせない。
生徒達に、自分たちが何を学び、何をするべきかを自覚させたい。
「私の話を聞いて、どう思いましたか?牧田先生は勇気があって、自分を犠牲にしてでも生徒や同僚の私を助けた英雄だと思いましたか?」
「あ、あの。牧田先生は、普段から熱血で、私たちのことで何か嬉しいこととかあっただけで泣いちゃうくらいで、だから、その、話を聞いて、なんか牧田先生らしいって納得できました」
感想を話してくれたのは、クラス長の中田さん。
「そうですね。野生の熱血体育教師である牧田先生らしい、行動と判断だったと思います。では、どうして熱血教師の牧田先生は、そこまで出来るのでしょうか?なにが彼を、そこまで突き動かしているのでしょうか?」
ぐるりと見渡し、生徒達の表情を観察した。
辛そうな表情、泣きそうな表情、真剣に考える表情。一人一人反応は違いますが、どの子も私の問いを受け止め、答えを考えていることがわかる。
「熱血漢だから?お人好しだから?ヒーローになりたかったから?」
ここでひと呼吸すると、腹の底に力を込めて、言葉を吐き出す。
「いいえ、違います。理由は単純で明快です。彼は、教師だからです。教師としての責任を果たしただけです」
生徒達の反応を気にせず、続けた。
「教師として最も重要な職務は、生徒の命と未来を守ることです。牧田先生は、生徒の未来を途絶させないために、その責任を果たしたんです。教師が生徒を守る。大人が子供を守る。当たり前の責任なのです。彼は英雄ではなく、教師なんです」
最後に、静かに冷静に、でも熱意を込めて訴える。
「牧田先生は、責任を果たしました。牧田先生に命を助けられた私も、責任を果たすために担任代行になり、彼の意思を5組の皆さんに伝えました。次は、あなた達生徒が、責任を果たすべきではありませんか?」
第十四章 終
次回から、第十五章 再起する学び舎




