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滅びの魔女は、今日もおにぎりを頬張る  作者: バネ屋
第十四章 生者の責任
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#97 担任代行、教壇に立つ


 風向きはよくなり始めていますが、まだ足りない。

 ここからは、第三関門と言える。

 だからここで、最後の奥の手、情に訴えることにした。

 背筋を伸ばし、出席者の一人一人を真っ直ぐに見つめ、視線と言葉で訴えかける。


「私は今まで、誇りを大事にしてきました。生徒にも、誇りとはなにかを教えています。ですが、今、私自身がその誇りを失いかけています。このまま安寧に過ごすのでは、今の私には恥でしかありません。恥を注ぎ、誇りを取り戻すチャンスをください。私に、牧田先生への恩返しをする機会をください。どうか、お願いします」


「笹錦先生の気持ちはよく分かりましたが、それは私情ですよ。学園の人事に私情を挟むわけにはいきません」


 最後に情に訴えた私の言葉を、私情と指摘したのは村上教頭。

 事実なので、そう言われてしまうと反論できない。

 情に訴えたのは、失策でしたか。

 今からでも屁理屈で力押しすれば、なんとか巻き返せるか。


「ですが、私情抜きで客観的に判断しましても、笹錦先生は教師として非常に優秀です。革新的なカリキュラムに取り組み、試験の度に反省点を洗い出して、すぐに改善策を打ち出し、効果を引き出しています。他の教員は皆さん前年度の試験を使い回しているなかで、ここまでしている教員は笹錦先生だけです。そして、なによりも生徒を第一に考え、時には自分の身を犠牲にできる覚悟と責任、そして生徒の見本になろうという気概を持った教育者です。今は新任1年目で頼りない面もありますが、将来的なことを考えれば、担任代行はよい経験になるのではないでしょうか」


 むむ?

 人事に私情を挟まないと言われたので、失敗したかと思いましたが、とても前向きな高評価を頂けた?試験の度に作成していた総括のレポートが、まさかこんなところで役に立つとは。古文の授業と試験だけは、真面目に取り組んでいた甲斐があったというもの。


「まぁ、村上教頭がそこまで評価するのなら、私は異論はありませんよ」

「私もそうですね。理事会から贔屓にされてて、コネでも使って採用されたお嬢様くらいにしか見て無かったけど、まさかここまで気が強くて舌が回る、じゃなくて、たのもしいとは思ってませんでしたよ」


 村上教頭の意見を聞いて、熊倉先生と木田先生も賛成に回ってくれた。

 あとは、武田学園長のみ。


「武田学園長は、どうですか?まだ反対ですか?」


「いや、私は反対しているつもりはないんですよ。ただ、笹錦先生の普段のフリーダムな姿を散々見てきたからね。保護者さんたちの前でも、またなにかやらかすんじゃないかと不安?いや、怖い?」


 くっ

 ここにきて、普段からお気楽講師として振る舞っていた弊害が。

 しかし、こういう時こそ、文系インドア女子の本領発揮をしなくては。


「それもひっくるめて責任を負うのが、中間管理職であり、組織のトップではありませんか?」


「その通りだけど、それを笹錦先生が言うのはどうかと思うぞ?」


「あ、はい」


 結局、2時間近くの話合いの末、出席者全員の賛同を得て、正式に2年5組の担任代行を任されることになった。


 会議を終えると職員室に戻り、左隣のデスクから必要な資料や日誌などを回収し、PCで5組の生徒一人一人の成績データに目を通してから、帰宅した。


 ◇


 臨時職員会議の翌朝、グレーのパンツスーツに身を包み、早めに出勤して、理事長室で正式な辞令を受け取った。

 更科理事長は、私が担任代行に立候補したことをとても驚いていたが、「笹錦先生なら大丈夫だと思いますが、なにか困ったことがあれば力になるから、頑張ってください」と応援してくださった。


 職員室に戻ると、2年5組の名簿を持って教室へ向う。

 朝の廊下を歩いていると、生徒さんたちから挨拶はしてくれますが、やはり活気が無い。今時の高校生は皆さんドライだと思っていましたが、やはり、火災現場での体験は、それほど強烈な影響があったということなのでしょう。


 5組の教室の前に立つと、廊下に居た生徒たちは教室に入っていった。

 昨日までは、村上教頭や4組副担任の山崎先生が交代で、連絡事項や出欠を取るなどをしていたそうで、今日まで担任不在のままだった。なので、恐らく私も同じように、交代で出欠を取りに来ただけだと思われているでしょう。


 教室に入り教壇に立って背筋を伸ばすと、生徒達は騒ぐことなくクラス長の号令で起立して、礼をしてくれた。

 教室内に空席が無いことから、ひと目で欠席者ゼロだと分かったので、形だけの出欠を取ると、喉の調子を整えてから話し始めた。


「今日は、5組の皆さんへ報告がありましたので、わたくしが来ました」


 声のトーンを意識して話し始めると、皆さん顔を上げて私に注目した。

 その表情は、やはり覇気がないように感じる。担任不在の影響は大きいのでしょう。


「まず、牧田先生の容態ですが、右足の骨折や背中などの火傷は順調に回復しているそうです。ですが、意識はまだ戻っていません」


 野生の体育教師の容態を隠さずに説明すると、生徒たちの何人は落胆の色を見せ、質問する子もいた。


「牧田先生は、退院できるんですか?ずっと札幌の病院ってことはないですよね?」


「それは私には分かりません。私も三日前にお見舞いに病院を訪ねましたが、ご家族以外は面会謝絶で会うことができませんでしたので、確実なことはなにも言えないのが現状です」


「じゃあ、5組はずっと担任が不在のままなんですか?代わりの先生が来るんですか?」


「そのことなのですが、本日から私が担任代行になりました」


 勿体ぶらずにサラリと話すと、数名は驚いた表情を浮かべていた。


「なにぶん、牧田先生と比べて経験が浅いので、私では不安かと思いますが、駑馬十駕どばじゅうがの精神で努めますので、5組の皆さん、よろしくお願いします」


 昨日、6人の男子生徒と約束した、『下を向かずに顔を上げて、しかと見ていてください』の言葉を心の中で反芻した。あの子たちは1組なので今の私を見ることはできませんが、背筋を伸ばし、胸を張って顔を上げ、教室全体を見渡して話した。


 しかし、5組の生徒の多くは、未だ消沈したまま。

 まだ、担任代行になったことだけしか伝えていませんからね。その程度のことで活力を取り戻せるのなら、誰も苦労なんてしませんよね。

 この日は偶然にも一限目が古文でしたので、授業はせずにホームルームを続けることにしていた。


「では、担任代行としての挨拶はここまでにして、本日一限目の古文はお休みにしますので、あの火災現場でのことを、今から一緒に考えましょうか」


 私の話が意外だったのか、生徒のほとんどが戸惑いの色を見せた。

 あの火災現場のことは、思い出したくない生徒もいると思う。

 あの現場での生々しい話に、耳を塞ぎたくなる生徒もいるでしょう。


 ですが、生徒も教師の私も目を背けてはいけない。

 あの火災から、なにかを学ぶ必要がある。

 目を背けずに、学ばなければいけない。

 経験から学ぶのは、生きている人間の特権であり、責任でもあるのだから。








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