#95 安寧との訣別
臨時職員会議での議題は、『学園祭を予定通り開催するか、中止にするか』『修学旅行での火災事故に関する保護者説明会』『2年5組の担任を誰が代行するか』の3つ。
1つ目は、修学旅行での火災事故で生徒の多くがショックを受けており、このまま学園祭をやってよいものか、を決定する。
2つ目は、火災事故での被害状況、避難してホテルに置いたままになった荷物の受け渡し、災害保険などの事後対応、修学旅行時の安全管理など、保護者に向けての説明。
3つ目は、いまだに意識が戻らない野生の体育教師の代わりを、誰に任命するかを相談。
これらを学園長と教頭、そして各学年主任の計5名の教職員が集まって話し合いが行われる。
新米講師の私には出席する義務も権利もなく、いきなり行って「出席させてください」と訴えたところで、「君のような新米はお呼びでない」と言われて追い返されてしまうでしょう。
なので、事前に根回しをする必要があった。放課後の会議まで時間が無いなか、目を付けたのは2年の学年主任である甘利先生。私にとっては直属の上司にあたり、そして、火災事故のことで私に対して負い目がある。今回は時間が無いので、その負い目に付け込んで味方になってもらうことにした。
「甘利先生、少しお時間よろしいですか?」
「ん?どうした?しばらく休んでいたからなにか不都合でもあったの?」
「いえ、今日の臨時職員会議のことなのですが、私も出席させていただきたくて」
「え?なんで?笹錦先生には直接関係ない議題ばかりだと思うけど」
「実は、かくかくしかじかでして」
「それ、本気で言ってるの?」
「ええ、本気です。ですから、自分の言葉で皆さんにお願いしたくて」
「でもなぁ・・・」
「皆さんを説得できなかったら、諦めます。でも、このままなにもせずにじっと待つというのは、私にはできません。出席だけでも許可を頂ければ、あとは自分でなんとかしますので」
「うーん・・・」
「私、修学旅行で折原先生の代理として頑張りましたよね?苦手な船旅にも耐えて、クイズ大会の司会として盛り上げて、ホテルでの火災も皆さんを避難させるために必死に頑張りました。私が居なかったら、今頃どうなっていたでしょうね?」
「参ったなぁ。それを言われたら、なにも言えないじゃないか」
私だって笹錦の人間。世の中、綺麗ごとだけでは上手くいかないことくらい理解しています。だから、例え「卑怯」「汚い」と言われようとも、目的のためなら手段を択ばない。
あとは、口を閉じて余計なことは言わずに見つめ、プレッシャーだけを与える。
「はぁ、わかったよ。村上教頭には僕から話しておくから、笹錦先生も出席してくれ」
「ありがとうございます」
「君は本当に、教員1年目とは思えない大胆さと腹黒さだなぁ。お母様やお父様もそうだけど、笹錦の人、みんな怖いよ」
「弱小旗本家が370年の歴史を築いたのです。笹錦一族は、ただ漫然と安寧に暮らしていたわけではありませんから」
無事に根回しが上手くいったので、会議に備えて、お昼に食べ損ねたお弁当のおにぎりを3つ頬張り、気を引き締めて会議室へ向かった。
私が会議室に入ると、学園長に「笹錦先生、どうしました?今から大事な会議なので、用事があるのならあとにしてもらえませんか?」と言われたが、教頭先生が「今日の会議には、笹錦先生にも出席してもらいます」と言ってくれて、学園長や他の二人の学年主任は不思議そうな顔をしていましたが、無事に第一関門を突破することに成功した。
会議が始まると、まずは学園祭の開催是非についての話し合いが行われた。
今は10月の下旬で、11月中旬に期末試験があり、そのあとの12月の上旬に予定していた。
現在の学園内は、教職員は期末試験の準備と火災事故の後処理に追われて多忙を極め、生徒もみな、事故のショックを引きずるなかでの試験勉強をしている状況で、教職員のあいだでは、「まだ牧田先生の意識も戻っていないのに、学園祭などやっている場合ではないだろう」という意見も多く、開催の是非を話し合った。
会議出席者の中でも意見が分かれたが、結局、生徒の精神的ケアを優先するべきであることと、保護者からの苦情を懸念して、今年度の学園祭は中止と決まった。
次に、修学旅行中の火災事故に関する保護者会に関しては、説明内容の概略を村上教頭が説明し、特に誰からも異論は出ずに、日程も今週末の土曜日に決まった。
そして最後に、2年5組の担任代行に関しての話し合いが始まった。
「牧田先生の容態に関しては、右足の骨折と腕と背中に火傷を負っていまして、早くて全治3カ月だそうです。ですが、意識が戻らない状況が続いていますので、復帰するのにどの程度かかるかは現時点では不明です」
村上教頭が野生の体育教師の容態を説明すると、出席者の皆さん表情が暗くなり、誰かのため息も聞こえた。
「それは、復帰は難しいと見たほうが良いんじゃないですか?」
「そうですね。今年度の復帰は無い前提で、代行を決めたほうが良いかと思います」
「それで、担任代行を誰にやってもらうかですが、候補は?」
「1年副担任の舘下先生と2年副担任の山崎先生。あとは臨時採用も検討しています」
「系列グループの中から来てもらうことは出来ないんですか?」
「今はどこも人手不足で、厳しいですね」
「臨時採用だと、すぐにってわけにはいきませんよね?」
「じゃあ、やっぱり舘下先生か山崎先生のどちらかですかね」
ここまで黙って会議の行方を静観していましたが、甘利先生がなにか言いたげにやたらと視線を送ってくるので、ここで挙手して発言することにした。
「あの、発言してもよろしいですか?」
「ええ、笹錦先生も意見があるのでしたら、どうぞ」
「2年5組の担任代行、私にやらせてください」




