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滅びの魔女は、今日もおにぎりを頬張る  作者: バネ屋
第十四章 生者の責任
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#94 脱天命論者


 6人の生徒との話を終えて職員室に戻ると、理事長から内線電話があり、母校の恩師である戸田教授が私に会いに来ているからと、理事長室に呼ばれた。


 私が理事長室を訪ねると、応接セットの椅子に座っていた戸田教授は立ち上がって、「よく無事でいてくれた。元気そうでほっとしましたよ」と柔らかな表情で出迎えてくれた。 

 なんでも、ホテル火災のニュースを見て更科学園の名前が出ていることに驚いて、更科理事長に問い合わせをしたら、私が救急搬送されたことを知り、とても心配してくださったそうだ。

 それで、今日から職場復帰すると聞いて、居ても立ってもいられずに、直接会いに来てくれたとのことだった。


「ご無沙汰しております。戸田先生もお元気そうで。ご心配おかけしましたが、おかげさまでこうして無事に職場に復帰できました」


「表情も以前と変わらず元気そうで、安心したよ。実はこれまでにも、笹錦君が教師としてとても頑張っていることは、更科君から聞いていたんだよ。革新的なカリキュラムに取り組んで、更科学園の生徒に古典文学の魅力を浸透させているらしいね。やはり君は、古文教師が天命だったんだよ」


「戸田君。もう、そのような世迷言を言うのは控えてほしい。笹錦先生は、天命なんてものではなく、彼女自身の哲学と理念で、古典文学の魅力を生徒に伝えて、この学園の教師の責務を全うしてくれているんだよ」


 戸田教授が相変わらずの天命論者ぶりを見せると、今までなら一緒になって天命論を語り出しそうなお調子者の更科理事長が、まるで別人のように戸田教授を窘めた。


「そうだったな。すまん」


「理事長、どうされたのですか?いつもなら、姫様だとか、業の清算を果たすべきだと、理事長こそ世迷言ばかり仰ってたのに」


「実はね、君が退院した日にお母様から連絡を頂いてね、『娘は天命を果たしたのだから、もうマノン姫の天命から娘を解放したい』と言われて、私も深く反省したんだよ」


 更科理事長が珍しく真面目な表情で語りだしたので、立っていた戸田教授に座るように勧めて、私も隣に座って話を聞いた。


「今まで我々は天命だの業の清算などと言って寄ってたかって、まだ新任1年目の笹錦先生に押し付けていた。我々は夢に踊らされて笹錦先生を担ぎ上げて、その結果、古文教師として君は新任1年目とは思えない活躍を見せてくれたし、今回、我が校の生徒は君のおかげで助けられた。しかし、教師としての力量はマノン姫の夢など関係無く、笹錦先生がこれまで積み上げてきた知識と経験に基づいたものだし、生徒を守るのは本来学園が担うべき責務なんだよ。全責任を理事長である私が背負うべきだったんだ。なのに、私の浅はかな行いのせいで君には重荷を背負わせてしまい、教師としての使命感で危険を顧みずに生徒を救ってくれた」


 理事長の言葉には、悔しさが滲んでいた。

 生徒が自分の言動を後悔して恥じるのは、それが成長の糧となると言えますが、責任ある組織のトップとなると、そんな甘いことは言っていられないのでしょう。

 そのことが理事長自身にも身に染みて分かっているから、悔しいのだと思う。


「私も教育者である以上、『生徒が助かったんだから良かった』では済まないんだよ。私にとっては生徒と同じように職員も大切な命なんだ。生徒を守るために教師を犠牲にしていいわけないんだよ。今回、君のおかげでそのことに気付くことができた。笹錦先生、今まで本当にすまなかった。そして、生徒たちを守ってくれて、ありがとう。更科学園の代表として、感謝する」


 理事長の変わりようには驚きを隠せませんが、幼少期からの母のプレッシャーに比べれば、お調子者の理事長の天命論など、重荷でもなんでもなかった。むしろ、新任1年目なのに色々と優遇してもらうなど、私のほうが理事長を利用していましたからね。


「笹錦君、私からも謝らせてくれ。更科君の話を聞いて、私も目が覚めたよ。私が教職を勧めたばかりに、今回、君を危険な目に遭わせてしまった。どうか許してほしい。もし君に何かあったら、悔やんでも悔やみきれなかっただろう。よく無事で生きていてくれた。本当にありがとう」


 更科理事長や戸田教授も、私にマノン姫の天命や業の清算を押し付けていたことを反省して、謝罪までしてくれた。

 母も、「これからは、あなたの思うまま、自由に生きなさい」と、もう宿命を背負うことも天命に囚われる必要も無いと言ってくれた。


 しかし、この際だからハッキリ言ってしまうと、私にとって最初から天命なんてものはどうでも良い話で、自分の意思で教職の道を選んだのだし、古文の教師としてのやり甲斐や喜びも見出している。そこには後悔など一切無かった。


 いえ、フェリーで船酔いに苦しんでいた時だけは、後悔していましたね。

 ですが本当に、いまさらそんなことを言われても、私はなにも変わらないし、そもそも私は、母に言われるまでもなく、天命や宿命なんてものに囚われずに、ずっと自由に生きてきた。だから、これからも更科学園の古文教師として、教壇に立ち続けるだけなのですよね。


 なのでお二人には、私の本心を告げた。


「私は最初から、天命なんてものは信じていませんでしたよ?お二人が熱病にでもかかったかのように、目を輝かせてマノン姫の話を熱弁するので、そのたびに「また始まった。面倒臭いなぁ」と毎回聞き流していましたから」


 私の本心を聞いたお二人は、呆れたような悲しいような、なんとも言えない情けないおじさん顔で、愚痴をこぼした。

 

「そ、そうだね。笹錦先生は、ずっとそうだったね。理事長の私がなにを言ってもお澄ましした顔で、軽くあしらっていたね。ええ、わかってましたよ。そうだと思ってましたよ。でも、やっぱり本心でそう思っていたんだね。はぁ・・・」


「笹錦君、君は学生だった頃も相当な偏屈者でしたが、更科学園でも相変わらずなのですね・・・」


 その後は、お二人とも溜息をつきながらもリラックスしてくれましたので、近況報告などの雑談を続け、これまで私が取り組んできた授業や試験、そして夏期講習での苦労話などを聞かせると、戸田教授は「今度はぜひ、笹錦君の授業を見学させてほしい」と言って、帰っていった。


 しかし、職場復帰初日の私には、この日、まだやるべきことが残っていた。

 放課後に、臨時職員会議が行われる。学園上層部や各学年主任などが集まっての会議で、新米講師の私には出席する義務は無く、呼ばれてもいませんでしたが、自主的に出席することにした。


 今朝までは、そこまで考えてはいませんでしたが、戸田教授や更科理事長、そして6人の男子生徒と話をして、彼らのおかげで、今、私がやるべきことがあることを理解できた。

 そのためには、どうしても、臨時職員会議に出席する必要があった。








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