#91 極限での覚悟と自責
「牧田先生ですか?」
「はい!牧田です!笹錦先生、無事ですか!?」
「私は大丈夫です」
「あの!1組の男子生徒が6名逃げ遅れているようなのですが、見ていませんか!」
「生徒6人も一緒で、無事です」
「良かった!コイツは自分が持ち上げますんで!今のうちに早く!」
避難したはずなのに、なぜ戻って来たの?
いえ、そんなことを考えている場合ではない。
おかげで、生徒を避難させられる。
「あなたたち!すぐに隙間をくぐりなさい!」
私も扉を持つ腕に力を込めて、生徒6人に呼びかけた。
「早く!」
「は、はい!」
一人ずつ順番にくぐり抜けて、最後の山本君が扉の向こうへ行けたことを確認すると、『これであの子たちは助かる』と気が緩むが、扉の向こうで野生の体育教師が叫ぶ声でハッとした。
「笹錦先生も早く!」
「私は大丈夫ですから、牧田先生もすぐに避難してください」
「なにバカなことを言ってるんですかッ!」
「牧田先生こそ戻ってくるなんてバカな真似して、どうして?」
「そんなの決まってます!笹錦先生を助けるためです!姿が見えなかったから探しに来たんです!」
やはり、野生の体育教師はバカだ。
他人のために、危険を顧みずに来るなんて。
でも、それは私も同じですね。
きっとこの人も、なによりも、教師としての責務を全うしようとしているのですね。
「早くッ!」
鉄扉から手を離すと屈んで、ほふく前進で隙間をくぐると、無事に扉の向こうへ抜けることに成功した。
6人の生徒はそこに居らず、すでに1階へ降りて、外へ脱出できたのでしょう。
あとは私たちが外に出れば、学園関係者は全員無事となる。
「もう大丈夫です。牧田先生も逃げましょう」
私が声をかけると、野生の体育教師は鉄扉から手を離したが、鉄扉が動いた勢いで壁の一部が崩れ、体育教師は瓦礫で足を挟まれてしまった。
「だ、大丈夫ですか!?」
「大丈夫!だ、だから、先に逃げてください!」
「なにバカなことを言ってるのですか!一緒に逃げますよ!」
挟まれた足から出血している。
声は出さないが、かなり辛そうな表情で痛みに耐えているようだった。
慌てて瓦礫を両手でどかそうとするが、重くてびくともしない。
少しでも動かそうと必死になっていると、体育教師に体ごと突き飛ばされた。
「これくらい自分でどうにかします!だから逃げて!」
「置いて逃げるわけないでしょ!」
「頼むから!逃げて!」
どうしてこうも、野生の体育教師は分からず屋なの。
この状況で、見捨てられるわけないのに。
「いい加減にしてください!」
「いい加減にするのはあなただ!僕が体育教師になったのは、きっとこの時のためだったんだ!子供のころからずっと夢のなかで、体育教師になることが宿命だと教えられてきたんだ!だから、あなたを守るのも僕の宿命なんだ!だから僕のことは構わず逃げて!」
この人は、ここへ戻って来た時点で、すでに覚悟を決めていたんだ。
覚悟を決めた人間になにを言ってもダメなのは、当然なのかもしれない。
手に巻いていたタオルを解いて、体育教師の額や頬の汗を拭い、言葉をかけた。
「必ず救助を呼んできますので、それまで頑張ってください」
「お願いします」
「助けに来てくれて、ありがとうございます」
お礼の言葉を伝えると、体育教師は「間に合って良かった」と目尻を下げて笑い、「早く逃げて!」と叫んだので、振り返ることなく階段を駆け下りて、避難口から外へ脱出した。
外ではすでに消防車が何台も駆けつけて赤色灯がいくつも回っており、避難した人や消防隊員で騒然としていた。
外の空気を吸えた安堵で気が緩むと、足や腕など体中が痛みだした。
特に足の裏が痛むので足元を見ると、裸足で血だらけだった。
けど、足の痛みなどに構っている場合ではない。
一刻も早く救助をお願いするために消防隊員を捕まえようと、痛む足を引きずりながら歩くと、坂下先生と遠藤さんや里子さんが駆け寄ってきて、泣きながら抱きつかれて身動きが取れなくなった。
「無事でよがっだぁ」しくしく
「ぜんぜぇぇぇ」しくしく
「は、離して、私のことよりも、救助をお願いしなくてはいけないのです」
「先生、こんなにケガして・・・。笹錦先生のおかげでみんな助かりました。最後に逃げてきた6人も「笹錦先生が助けてくれた」って」ヒック、ヒック
「だから、私のことよりもすぐに救助を呼ばなくては」
三人とも泣いてばかりで私の話をちっとも聞こうとしないので、最後の力を振り絞り、腹の底から声を張り上げ一喝した。
「私から離れなさいッ!!!」
私の一喝でようやく三人が離れてくれたので、周囲に聞こえるように叫び続けた。
「まだ救助が必要なんです!すぐに助けに行かなくてはいけないんです!あなたたちの泣き言に付き合っている暇などありません!どなたか消防隊の方!助けてください!」
私が叫び声を上げると、場は一瞬静まり、すぐに消防隊員の一人が駆け寄ってきた。
「どうされました!?まだ中に人がいるんですか?」
「はい。非常階段の2階が瓦礫で塞がれていまして、男性が一人、足を瓦礫に挟まれて身動きが取れなくなっています。すぐに救助をお願いします。案内が必要なら私も同行します」
「非常階段の2階ですね。すぐに救助隊を編成して向かいます。同行は必要ありませんので、治療を受けて体を休ませてください。よくここまで頑張りましたね。あとは我々に任せてください」
「必ず助けてください。どうか、お願いします」
そう伝えた途端、プッツリと糸が切れたように気を失ってしまった。
◇
体中の痛みで、救急搬送中の救急車内で目を覚ました。
救急隊員に「牧田先生は救助できたのですか?」と訊ねると、救助はできたが意識不明で、私よりも先に救急搬送されたと教えてくれた。
意識不明ですか。
どうして、体育教師がこんなことに。
もしものことがあったら、私はご家族になとお詫びをすればよいのだろう。
生徒たちに、なんと説明するべきなのか。
やはり、私が残って体育教師を避難させるべきだった。
あの時、体育教師を置いて逃げた自分は、これまで守ってきた誇りまで、あの場所へ置いてきてしまったのではないのだろうか。
神を信じない私は、祈ることよりも、そんなことばかり考えていた。
第十三章 終
次回から、第十四章 生者の責任




