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滅びの魔女は、今日もおにぎりを頬張る  作者: バネ屋
第十三章 旅先の災厄
90/112

#90 深夜の非常事態


 ホテルでの宿泊中、深夜に異変を感じた。

 背筋が凍るような感覚のあと、なぜだか分からないけど、例えようのない不安感がぬぐえない。

 なんだろう、この感覚。

 ただ事ではないような気がする。

 同室の他の三人は、ぐっすり眠ったままだ。

 どうやら私だけが感じるなにかがあるようだ。


 布団から抜け出してカーディガンを羽織ると、スマホを持って廊下に出た。

 ヒト気はなく静かですが、なにか違和感を感じる。

 この違和感の正体は、臭いだ。

 かすかに、なにかが焦げる臭いがする。

 

 急いで部屋に戻り、窓を開けて階下を見ると、1階か2階かは分からないが、赤い光が漏れている。これは、火災かもしれない。

 まだ警報機は鳴っていないが、すぐに同室の三人を叩き起こして、「火事です!すぐに生徒を避難させましょう!」と声を張り上げ、男性職員の部屋にも駆け込み、叩き起こして、同じように生徒を避難させるように訴えると、今度は生徒達の部屋へ走り出した。


 その時にようやく警報機が鳴り始めたので、「火事です!すぐに起きて避難してください!」と叫びながら廊下を走り、生徒たちの部屋を駆け巡った。

 次々と生徒達も廊下に出てきて、何事?と眠そうな顔をしている子ばかりでしたが、「早く非常階段へ!急いで!」と避難経路を指差しながら声を荒げ、まだ生徒が出てきていない部屋に飛び込んでは、「火事です!すぐに避難してください!」と叫んでまわった。


 他の職員たちもようやく事態が呑み込めたようで、生徒達をまとめて避難路である非常階段へ誘導を始めたので、今度は部屋に残った人がいないか確認するために、女子生徒の部屋を端から順番に回った。

 女子生徒の部屋を回り終える頃には、4階の廊下にも煙が回り始めていたが、生徒も職員も残っておらず、みんな非常階段を使って避難したようだった。

 それでも一人残って一部屋ずつ回っていると、男子生徒の最後の部屋で、6人がまだ寝たままだった。


 血の気が引く思いで、「なにをしているのですか!火事ですよ!すぐに起きなさい!」と叫び、掛布団を次々蹴り上げ叩き起こすと、のんきに目を覚ました6人も警報音でようやく状況を理解して「え!?火事!?うそでしょ?」と慌て始めた。

 扉を開けっ放しの入口から、煙が流れ込んできていた。

 すぐに頭を巡らせて、一旦照明を点けて6人に向かって声をかけた。


「火事は恐らく1階か2階ですが、煙が4階まで上がってきています。タオルかTシャツで口と鼻を抑えて、落ち着いて避難しましょう」


 冷静になるように自分に言い聞かせながら状況を説明しても、生徒6人はガタガタ震えて、かなり動揺していた。


「山本君!三田君!新垣君!横山君!甲斐田君!近藤君!しっかりしなさい!ここで怯えていても助かりませんよ!男なら覚悟を決めて、逃げることだけを考えなさい!」


 一人づつ名前を呼び、叱咤激励すると、6人の顔色が変わり、各々タオルやTシャツを取り出した。


「私が避難路まで誘導しますので、ついてきてください」


「はい!」


 ここで自分が裸足だったことに気付き、6人には靴を履かせてから廊下に出た。

 しかし、廊下は煙が充満し始めていた。

 どうやら階段から上の階まで一気にあがってきているようで、この様子だと火の巡りも早いかもしれない。


 とにかく今は、生徒を落ち着かせて避難路へ向かうためにも冷静にならなくては。

 私は幼少期より『焦りや緊張を知らない肝が据わった子』だと父から言われていた。

 だから大丈夫。

 私なら、この子たちを無事に避難させられる。


 少しでも視界を良くするために腰を屈めて進み、ようやく避難路である鉄製の防火扉が見えたと思った瞬間、足元から爆発音が響いて、建物全体が揺れた。


「うお!?」

「なにいまの音!?」

「こわい・・」

「マジで死ぬんじゃない・・・」


 今の爆発音と揺れは、まずいかもしれない。

 このまま非常階段を降りて、大丈夫なのだろうか。


 そんな不安がよぎったが、自分の頬を思い切り叩いて、「非常階段は燃えにくい構造になっていますので、大丈夫です。行きましょう」と声をかけて、前に進んだ。


 非常階段に辿り着いて鉄製の防火扉を開けると、幸いなことに煙は回っていなかった。

 

「煙は非常階段まで回っていないようなので、ここまで来たらもう大丈夫です。慌てずにゆっくり降りて、外へ出ましょう」


「は、はい!」

「よかったぁ」

「俺たち、助かるのか」


 しかし、3階の下の踊り場まで来ると、異常に気付いた。

 2階の廊下との入口がぐちゃぐちゃになっており、鉄扉がひしゃげて瓦礫などと一緒に道を塞いでいた。2階にはレストランや宴会場と厨房などがあったはずなので、どうやら、先ほどの爆発音はガスに引火して爆発したもので、その時に非常階段の鉄扉を吹き飛ばしてしまったのだろう。


「せ、せんせい・・・降りられないよ・・・」

「これって、ヤバくない?」

「通れないじゃん・・・」


 さすがにこれは不味いと思考が停止しかけていると、横山君が「扉くらい、退かせば行けるんじゃない?」と扉に触ろうとしたので、慌てて腕を掴んで止めた。


「ガス爆発で吹き飛ばされたと思いますので、素手で触ったら火傷しますよ!」


「え!?あぶね・・・」


 でも、ここで止まっていては、さらに危険度が増してしまうだけ。

 思考を止めている場合じゃない。

 生徒の命を第一に考えれば、今の私がするべきことは決まっていた。


「私が扉を動かしてなんとか隙間を作りますので、そこを通って一階へ降りて下さい」


「いや、でも今、先生が火傷するから触っちゃダメだって」


「カーティガンを手に巻いて動かしますので、大丈夫です。皆さんは、自分が助かることだけを考えてください」


「でも、先生はどうやって逃げるの・・・」


「私のことは気にする必要はありません。躊躇している余裕なんてありませんよ。皆さん、家族のもとへ帰りましょう」


 カーディガンを脱いで手に巻きつけながら、6人を奮い立たせようと言葉をかけていると、三田君が「こっちのが手に巻き付けやすいから使ってください」と言って、口を押えるのに使っていたタオルを渡してくれた。

 すると、他の5人も、同じように「これ、使ってください」と言って、タオルやTシャツを渡してくれたので、両手に何重にも巻き付けてから、ひしゃげた鉄扉の下に手を差し込み、腰を落として持ち上げてみた。


 しかし、びくともしない。

 重いだけでなく、引っかかっているようだ。

 おまけに、壁の隙間から火災の熱風も吹き込んで、鼻をつくような自分の髪が焦げる臭いもしていた。


「せ、せんせい、無理だよ・・・」


 ここで諦めては絶対にダメだ。

 教師として、大人として、笹錦真乃として、私は絶対に諦めない。

 この子たちを救うためなら、この命すら惜しくない。

 この子たちを守ることこそ、私の誇りの全てとしよう。

 

 イーペーコー、トイトイ、そして笹錦のご先祖さま。

 私に力を貸してください。

 この扉を動かす力を。


「私は諦めません!諦めてなるものですか!絶対に皆さんをお家に帰します!」


 気合を入れて、もう一度腰を落として両腕に力を込めようとすると、力を入れる前に扉が動いて30センチほど持ち上がり、隙間ができた。


 え?どういうこと???

 急に持ち上がった???


「笹錦先生!そっちに居るんですか!?」


 扉が勝手に持ち上がったことに驚いていると、その向こうから私の名前を叫ぶ声が聞こえた。


 その声に、聞き覚えがあった。

 野生の体育教師の声だった。







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