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滅びの魔女は、今日もおにぎりを頬張る  作者: バネ屋
第十三章 旅先の災厄
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#86 瀕死の迷司会


 私立更科学園の修学旅行は、四泊五日で北海道の旅。

 名古屋港よりフェリーに乗り、初日から三日目朝まで船内で過ごす。三日目に北海道の苫小牧に到着すると、バスで札幌市へ移動して班別行動での市内観光をして、夜は市内のホテルで宿泊。四日目の朝に登別へ移動して観光地を巡り、午後には洞爺湖へ移動してここでも観光地を巡り、夜は温泉旅館にて宿泊。そして最終日の五日目は、朝に函館へ移動して五稜郭などの歴史名所を巡り、午後には空路で帰途につく。

 以前は沖縄や海外などへも行くことがあったそうですが、昨今の物価の上昇や、海外の情勢不安などで、ここ数年は毎年北海道への船旅になっているらしい。


 それで、この旅での私の役目なのですが、1組副担任の折原先生の代理ということで、移動や見学などの時間は1組に同行し、班別行動の時間には見回りをして、宿泊施設でも夜の見回りもする。また、二泊過ごす船内ではクラス対抗でのゲームにクイズ大会などのレクリエーションを予定しており、私はクイズ大会での司会も頼まれていた。

 とにかく、修学旅行というものは、引率の教員にとっては非常にやることが多くて忙しく、一人でも欠けるとその負担はさらに増大してしまう。だから折原先生が休むことになって、甘利主任も村上教頭も強引に私を代理に指名したということだった。


 しかし、その代理の私はというと、「船室に閉じこもってるより、外に出て風に当たってたほうが船酔いは軽くなると思いますよ」と助言をくれた里子さんと、同じ1組の女子生徒数名に付き添われ、甲板に出て、潮風に当たっていた。


「視力に自信のある私でも陸が見えないとは、陸から離れすぎなのでは」


「陸に近いと暗礁するから危ないと思いますよ」


「やっぱり、甲板だと風が気持ちいいね~」


「毎日手入れを欠かさなかったこの髪に染みついた磯の香り、完全にトラウマですよ。これだけ体が拒否反応を示すということは、体に害のある毒素が含まれていることは明白であり、このままここに居ては体の腐敗が進んでしまいます。早く船内に戻りましょう。いえ、船内もすでに磯の香りで汚染されていますのでダメですね。早く陸地に帰りましょう。そもそも人の体は陸上で活動するための機能しか持たず、水の中では短時間しか活動できないのだから、この様な危険な場所に居続けること自体、生物学的な観点から見ても狂気の沙汰であり、ヒトとしての正しい生息環境に帰るべきでうんたらかんたら」


「先生、ゾンビじゃないんだから」

「船酔いで死にそうな顔のわりには、よく舌が回りますよね」

「多分、生命の危機に直面して、本能的になにかを言い残そうと必死なんだと思う。辞世の句とか言ってたし」


「そういえば、松金さんって読書部で笹錦先生と一緒なんだっけ?」


「うん。折原先生の妊娠発覚前は「船が苦手だから修学旅行に行かなくて済む」とか言って喜んでたんだけど、代理に指名されてからは「船の恐怖を克服します!」とか言って、アルキメデスとか色々勉強してたみたいだよ」


「なんでアルキメデス???普通は船酔い防止の対策とか調べるんじゃないの?」


「学者気質だからね。船が海に浮かぶ理屈に納得できないと船に乗れなかったみたいだよ」


「理屈もなにも、大昔から船で人は海を渡ってるのに」


「ヒトは、新大陸を求めて大海原へ挑み、コロンブスはアメリカ大陸を発見し、バスコ・ダ・ガマは喜望峰をぐるっと回って大喜び。陸路を進めば良いものを、彼らはなぜ髪が磯臭くなってでも危険な海路を進もうと考えたのでしょうか。偉業を成し遂げるヒトというのは頭のネジが2本も3本も飛んでしまっているのでしょうね。私は地に足のついた堅実な生活を送るのがヒトとしての正しい営みだと思うわけでして、だから早く陸地に帰るべきだと思うのですよ」


「ここまで我儘で屁理屈こねる教師、初めて見た」

「笹錦先生ってお淑やかで清楚なお嬢様って感じなのに、すごく理屈っぽくて面倒臭い人だよね」

「面倒臭いのは文系女子だからだね。私はもう慣れたよ」


「私は、ヒトの本来あるべき姿に回帰するべき必要性を訴えているだけで、それを屁理屈や面倒臭いといって聞き流そうとするその姿勢こそヒトとしてあるまじき姿であり、そんな生徒の姿を教師として見過ごすわけにはいかないわけでして、でも気持ち悪いので、早く船室に戻りたい」


 お昼のランチタイムには、この船ご自慢の軍艦カレーが振舞われたが、絶賛吐き気と格闘中の私はひと口も食べることができず、スポーツドリンクだけしか摂取できなかった。

 そして午後から始まるレクリエーションタイム。まだ復活には程遠い体調のままマイクを握り、クイズ大会の司会としてステージに立った。


「ニューヨークに行きたいかぁ!?」


「おおぉ!!!」


「残念ですが、この船はニューヨークではなく苫小牧へ向かっていますので、ニューヨークは諦めてください」


「ええ!?煽った直後に梯子外した!?」

「え?どういうノリなの?」

「感動した!」


「それではクイズ大会を始めますので、まず、ルールの説明に入ります」


 普段の教室での授業なら、生徒の表情を見て声量や速度を意識しながら講釈しますが、この時ばかりはそんな余裕などは一切無く、ただひたすら『私は福留アナ。今だけは福留アナ』と色黒の中年男性の笑顔を思い浮かべながら自己暗示をかけて、船酔いを忘れようと必死だった。


「最初に〇✕クイズから始めます。全員参加ですので、生徒さんだけでなく先生方も参加します。それで、5人以下まで人数が絞られたら、ステージに上がってもらいまして、早押しクイズでの決勝戦で更科学園クイズ王を決定します」


 更科学園は学力の高い生徒が集まった学園ですので、クイズが得意な子も多いのでしょう。私の説明を聞きながら、男子も女子も生徒皆さん、ファイターの目つきをしている。


「そして、皆さん気になる優勝の賞品ですが、なんと!最新式IH炊飯ジャー!理事長をゆすって、じゃなくて、お願いしてポケットマネーから出して頂きました!さらに準優勝には、ササニシキ10キロ!もちろん、提供はわたくしの実家!笹錦家からです!」


「修学旅行の初日に炊飯ジャーとかお米10キロなんて貰ったら邪魔になるでしょ!」という坂下先生からのツッコミをスルーして、強行した私のチョイス。これもササニシキ布教の一助となるでしょう。ふふふ


「ちなみにですが、本日のクイズ問題は、ご自身のご懐妊を理由にこの大海原の地獄に私を突き落としてくれた折原先生が作りまして、私に託したものです。今ごろ大人しく留守番しているのでしょうけど、私も留守番のほうが良かったです」


「こら!生徒の前でそんなことを言うんじゃないの!」


 徐々にテンションが上がり、調子にのって本音をこぼしたら、二年生全員が集まる前で、甘利先生に怒られた。

 しかし、今の私は瀕死といえどもクイズの司会者。そう、このクイズ大会のあいだだけは私がルール。なので、学年主任の甘利先生など取るに足らない存在。


「はい!甘利先生失格です!ここは地獄の三丁目!私がルール!司会者に異を唱えた時点でクイズ大会参加資格ははく奪です!」


「なんだとぉ!?」


「では一問目!北海道の名産と言えばイクラが有名ですが、『イクラ』とは、ロシア語で『お婆ちゃんの膝小僧』という意味である!〇か✕か!さぁ考えてください!」


 

 こうして、修学旅行初日のクイズ大会は大いに盛り上がりましたが、賞品贈呈の仕事をやり遂げた直後に私は力尽き、翌日、寄港した仙台港を出港するまで目が覚めなかった。






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