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滅びの魔女は、今日もおにぎりを頬張る  作者: バネ屋
第十二章 日常への回帰
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#83 文集と写本


 出来上がった『読書部文集 夏読』は、たった三人の部員と一人の顧問だけなのに15ページにも及び、初めての文集製作としては、なかなかの出来栄えだった。

 表紙の題字は、部長の遠藤さんが毛筆で書いた。製本も江戸時代の手法を参考に紐で縫い付けて綴じる手作業にして、内容も文章だけではなく、三人が思い思いに描いた挿絵や、栗林さんの一眼レフで撮影した写真なども掲載して、夏合宿の成果と思い出がたくさん詰まった一冊となった。


 お盆休み直前、完成したばかりの文集を読書部の皆さんと一緒に、夏合宿の思い出を噛みしめながら読み返していると、図書室に理事長が訪ねてきた。


「居た居た。探しましたよ、笹錦先生」


「お久しぶりです、理事長。図書室にいらっしゃるなんて珍しいですね。どうされました?」


「笹錦先生にお願いがあって探していたんですよ。先ほど業者から連絡があって、寄贈してくださった『雨月物語』の写本を展示する専用ショーケースが手配出来たので、展示作業のことで相談しようと思いましてね」


 7月の夏期講習期間中に寄贈してからは、ショーケースが手配できるまで理事長室の金庫で保管すると聞いていた。そのショーケースが搬入されるので、ようやく生徒にも公開できるということだった。


「設置はいつのご予定なんですか?」


「明後日なんですが、10時頃に搬入が始まって設置自体は1時間もかからないそうです。それで、写本の扱いは素人の私では破損など怖いですからね、笹錦先生にお任せしたくて」


 確かに、素人では素手で触って手汗などが付着し、カビの原因になるかもしれない。理事長も資料の貴重性を十分理解しているからこそ、専門家に任せるべきだと判断しているのでしょう。

 ですが、今ここには私以外にも、古典資料の扱いに慣れた人が居る。


「そうですか。では写本の展示には、読書部の三人にお任せしましょう」


「せ、生徒に任せると!?」

「えぇ!?私たちですか!?」


「ええ、夏合宿中にたくさんの書物を直に触れてきた皆さんなら、手慣れたものでしょう?」


「そうですけど・・・」


「私が教えたことをきちんと実践できていた皆さんなら、大丈夫ですよ。このような時こそ、読書部の本領発揮です。もっと自信を持ってください」


「そうですね。蔵での経験を活かすべきですよね」

「蔵での作業に比べたら、難しくはないと思います」

「り、理事長よりは、な、慣れてます」ぐふ


「笹錦先生、本当に生徒に任せても大丈夫なんですか?」


「理事長が心配なさるのもわかりますが、この子たちは、合宿中に大学の研究室並みの古典資料の調査をしてきたんです。この文集を読んでいただければ、どれほど貴重で有意義な経験を積んできたのか、理事長にもご理解いただけると思います」


 そう言って、『読書部文集 夏読』を手渡した。

 理事長は受け取ると、表紙を見て「なつよみ?」と誤読した。


「いえ、『かどく』と読みます。合宿中に学んだことや経験したことを思い思いに書いて総括した文集なんです」


「なるほど・・・ん? これは・・・」


 理事長は表紙をめくり、冒頭に書かれた遠藤さんの挨拶文に目を通すと表情が変わり、イスに座って熟読を始めた。理事長のこれほど真剣な表情を見るのは、初対面の時にマノン姫の夢を熱弁していた時以来かもしれない。いつものお調子者とは違う、教育者としての顔なのでしょう。

 そして、読み終えた理事長は顔を上げると、真剣な表情のまま「解りました。写本の展示は読書部に任せましょう」と了承してくれた。


「では皆さん。明日からお盆休みでしたが、明後日だけ臨時で登校して、作業をしましょう。服装は覚えていますね?」


「動きやすいようにジャージで、髪はまとめて首にはタオルで、あとはマスクと手袋です」


「そうです。手袋とマスクは私が用意しておきますから、ジャージとタオルの用意を忘れないようにしてください」


「はーい!」

「了解です」

「ぬ、抜かりは、ありません」ぐふ


 夏合宿では資料の扱いだけではなく、実物に触れることの意義を学んだばかりですからね。これは、学んだことを実践する良い機会です。


「ところで笹錦先生。この文集、頂いてもよろしいですか?」


「え!?ダメですよ!それは四部しか作っていない貴重な文集なんです!」


「先生、写本の時は即断即決で寄贈してたのに、文集はダメなんですね」

「せ、先生の価値観、ば、バグってる」ぐふふ

「また作ればいいじゃないですか。笹錦家の気前がいいところを見せないと」


「う・・・しかし、合宿の思い出が詰まった文集なので・・・」


 私だって合宿には特別な思いがあるというのに、皆さん他人事だと思って簡単に言う。


「でしたら、写本寄贈と展示作業の謝礼とセットで、理事会から臨時で読書部に部費支給の手配をしますよ」


「わかりました。お譲りしましょう」


 部費が増えれば、また合宿に行けますからね。


「お金で売った!」

「読書部の魂を売るなんて」

「お、大人の、汚い、う、裏の顔」ぐふ


「他人事だと思って、皆さん言いたい放題が酷過ぎますよ」


 ◇


 写本展示用のショーケースが搬入された当日、理事長と寄贈者の私だけでなく、村上教頭と司書の松金さんも立ち会った。


 完全フル装備の読書部三人は、理事長室でジップロックに入れられたままの『雨月物語』の写本三冊を受け取ると、それぞれ一冊ずつ預かり、つまずいて落としてしまわないように、慎重な足取りで図書室まで運搬した。

 すでに設置が終わったショーケースの前にくると、まずは遠藤さんがジップロックから慎重に取り出してショーケース内の上段に置き、続いて里子さん、そして栗林さんと置いて、ショーケースには三冊の『雨月物語』の写本が並べられた。


 このショーケースは博物館などの展示に使用する特別仕様で、見た目は商品陳列用のショーケースに似ていますが、UVカットの強化ガラスで密閉性が非常に高く、内部の湿度も管理できて、ショーケース自体のお値段も安くはない。

 鍵を掛け、湿度計のチェックを済ませて「湿度は問題ありません。三人とも、ご苦労さまでした。これで展示作業は終わりです」と報告すると、立ち会っていた理事長や村上教頭、そして司書の松金さんは拍手をして、口々に感想を語り出した。


「これで更科学園図書室も箔が付きましたね」


「でも、写本だけだと少し寂しいかも」


「でしたら、『雨月物語』の原本系写本である根拠や、その貴重性などを解説するパネルなども展示してはどうですか?」


「いいですね。それも読書部の皆さんで制作してはどうですか?」


「理事長と教頭先生がこう仰ってますが、皆さんどうしますか?」


「ここまで乗りかかった船ですからね、やります!」

「これも読書部の得意分野ですね」

「か、夏期講習で、勉強したこと、です」ぐふ


「では、お盆休みが明けたら、次はパネル制作に取り掛かりましょうか」


「ハイ!」× 3


 自分たちが学んできたことを学園内でも活かすことで自信がついたのか、返事をする三人の姿が頼もしく見える。


「ところで笹錦先生。読書部の文集なんだけど、娘に見せてもらったら面白かったので図書室にも置きたいのよ。五冊ほど分けてくれないかな?」


「あ、でしたら私にも一冊ください。理事長に少し見せていただきましたが、なかなか興味深い内容でしたので」


 司書の松金さんが文集の話題を出した途端、村上教頭まで文集を欲しがり出した。


「ちょ、ちょっと待ってください!?この文集は製本作業が大変で一冊作るのにも手間暇かかるので、まだ私の分も作り直せていないというのに」


「もうこの際だから、追加で十部くらい作っちゃいましょうか?」

「手分けすれば、二日もあれば作れますよ」

「ぶ、文集、だ、大人気。べ、ベストセラーの、予感」ぐふふ


 本当に、文系インドア女子とは思えない頼もしさです。

 いえ、頼もしいと言うよりも、逞しくなったと言うべきでしょうか。


 お盆休みが明けてすぐに十部増刷すると、図書室と村上教頭へ渡し、ウチの実家の母のところへも、遠藤さんが合宿でお世話になったお礼のお手紙に、文集も同封して送ってくれていた。




 第十二章 終

 次回から、第十三章 旅先の災厄







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