#82 こだわりの文集作り
実家での夏合宿が終わり自宅へ帰ると、翌日からの土日二日間は完全休暇にした。
そして翌週月曜日には出勤すると、夏休み中でも活気のある学園の空気は、一週間ぶりだからなのか、なんだか懐かしく感じた。
8月のお盆前の時期なので、各部活動では合宿や大会に遠征などもあるのだろうけど、競技系の部活動は引退を控えた3年生は気合も入っているのか、学園全体にまで熱気が波及しているように感じる。
こんな感覚は、感じるどころか背を向ける学生だった私が、しみじみと感じるようになったのは、それだけ私も、更科学園に馴染んでいるということなのでしょうね。
すれ違う生徒達に挨拶をしつつ職員室へ行くと、まだ時間が早いためか教職員の姿はまばらでしたが、席が近い先輩同僚に「おはようございます」と挨拶をしてから席に着き、さっそく夏合宿の報告書作成を始めた。
しばらくすると、右隣の席の坂下先生が出勤してきた。
「おはよう。笹錦先生、夏休み中でも早いのね」
「おはようございます。部活がありますので、その前に報告書を片付けようと思いまして」
「そういえば、読書部で夏合宿に行ってたんだってね」
部長である遠藤さんが2年3組のクラス長でもあるので、その3組担任の坂下先生も読書部の事情は知っている。
「ええ。部員の皆さん張り切り過ぎて体調を崩す子もいましたけど、有意義な合宿にすることができて、今はほっとしています」
一番大人しいと思っていた一年生の栗林さんが、一番エキサイトしていましたからね。元々文系インドア女子同士で気の合う仲でしたけど、栗林さんの素直さと純粋さのおかげで、部内の結束力が合宿前よりも強くなったように感じます。
報告書が出来上がると村上教頭のデスクに提出して、合宿前に図書室で借りていた数冊と、休暇中に書き上げた原稿を持って、図書室へ向かった。
図書室はすでに開いており、いつもの窓際の六人がけのテーブル席に、読書部の三人が座っていた。
「皆さん、おはようございます。合宿疲れで体調を崩してはいませんか?」
「おはようございます!三人とも元気ですよ!」
「おはようございます」
「お、おはよう、ございます」ぐふ
三人とも顔色はよく、表情も合宿中と変わらず元気そうで安堵した。
「さっそくなんですけど!文集の原稿書いてきました!」
「私も書いてきました」
「か、書きたいこと、たくさん。か、書く手が、止まらなくなった」ぐふふ
「皆さん、積極的ですね。実は私も書いてきましたよ」
書きたい衝動というのは、皆さん同じようです。文系インドア女子なら誰しも抱えているものですからね。
「文集となると日記とかと違って、読んでもらうことを前提に書くから、読む人のことを意識すると、どんどん筆が進むんだよね」
「気取った文体になったり、普段は使わないような難しい漢字を使ったりね」
「ちなみに、皆さんは手書きで原稿を書きました?それともパソコンで作成しましたか?」
「もちろん手書きですよ!」
「私も手書きです」
「て、手書き」ぐふ
「やっぱりそうでしたか。実は、なにを隠そう、私も手書き原稿です」
「手書きの書物にたくさん触れましたからね。私たちも手書きじゃないと、この合宿の興奮は表現できませんよ!」
三年生が居ない読書部でも文集製作に取り組む中で、こだわりと熱気に満ちていた。そして、学生時代に体験できなかったその熱気が、どうやら私も伝染していたようですね。
「ではどうしましょうか?顧問の私が皆さんの原稿に目を通してチェックしても良いのですが、せっかくですから、四人の中で交換する形で、お互いに校正するのはどうですか?」
「読書部は読むことに関しては鍛えられているので、これも普段の成果を試すということですか?」
「そういうことです。書くだけでなく、誤字脱字や文体をチェックするのも文集製作では大切な工程です。少数精鋭の読書部の力の見せどころですよ」
「じゃあ、今座っている席順で時計回りで回しましょうか」
遠藤さんの原稿を栗林さんへ、栗林さんの原稿を私、私の原稿を里子さんへ、里子さんの原稿を遠藤さんへ、と回して校正作業を始めた。
夏休みで人の出入りが少ない図書室は静かで、時折、栗林さんの「ぐふ」が聞こえてきますが、私も含めてもう慣れているので、皆さんそれぞれ自分の担当原稿に集中して、校正作業を進めた。
「ふぅ~、ようやく終わったぁ」
「普通に読むのと違って神経使うから、疲れますね」
「め、目が、しぱしぱ、する」ぐふ
「皆さん、お疲れ様でした。他人の文章を内容ではなく、文字や文体に集中して目を通すと、今まで気付けなかった文章のクセとか見えてきて勉強になりますよね。ちなみに、国語教師の私は試験や課題で生徒の書いた文章ばかりチェックしていますので、勉強になるどころか、途中で叫び出したくなるんですよ。おまけに夢にまで出てきて夜中に突然目が覚めることも・・・」
あの採点地獄を思い出すと、いまだに背中が冷たくなるのを感じる。
「次は清書したら印刷して、製本ですか?」
「製本は江戸時代みたいに紐で綴じたいね」
「タ、タイトルが、まだ」ぐふ
「タイトルかぁ・・・『星空』とかどう?満天の星空がすっごく綺麗で、感動したんだよねぇ」
「うーん・・・『今昔蔵物語』とか。書物だけじゃなくて、蔵の歴史もすごく勉強になったからね」
「た、『竹皮包み』。せ、先生の、おにぎり、美味しかった」ぐふ
「先生も何かタイトル案はないんですか?」
「そうですね。私なら、シンプルに『ササニシキ』ですね」
「まぁ、その、聞いた私が悪かったです」
「想像してた以上に先生らしいタイトルですね」
「き、期待を、裏切らない」ぐふ
ええ、言う前から私にも、三人の反応は読めていましたよ。
結局、タイトルの相談は1時間以上にも及び、最終的に『読書部文集 夏読』と決まった。




