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滅びの魔女は、今日もおにぎりを頬張る  作者: バネ屋
第十二章 日常への回帰
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#81 帰途と成果


 夏合宿、五日目。読書部の夏合宿は最終日。

 朝起きると三人を起こし、お布団を畳んで顔を洗い、朝食を済ませると三人とピンフを連れて蔵へ向かい、忘れ物や設備類の電源などを点検して、最後に施錠をして回った。

 これでまたしばらくは蔵には誰も近寄らなくなる。私だけでなく、家族や多くのご先祖様、そして建築に携わった人々の想いが詰まった蔵が、火事などで全て消失なんてことにでもなったら、死んで詫びても足りないほどの損失ですからね。六棟の蔵を託された身としては、毎回里帰りした時には神経質なほど最後の確認をしていた。


 蔵の確認を終えると、ついでに敷地内にある別邸も訪ねて、祖父と祖母にお別れの挨拶を済ませ、本邸の自室に戻ると荷物をまとめ、帰りの身支度を始めた。読書部の三人は来た時と同じように制服で、私も同じくブラウスにタイトスカートに着替えた。


 最後に、ダンボールにまとめた荷物は柿本さんに宅配便で送るようにお願いして、自室をあとにした。

 玄徳に駅まで送るようにお願いしてあったので、車を家族用玄関前まで回してもらい、荷物などを積み込むと、玄関まで送りに来ていた母と柿本さんに、読書部の三人がお礼の挨拶をしていた。


「五日間、大変お世話になりました!」ペコリ

「ありがとうございました」ペコリ

「お、お世話に、なりました」ペコリ


「こちらこそ、皆さんのおかげで賑やかな五日間で、とても楽しかったですよ。是非、また来てくださいね」


「ハイ!」× 3


「真乃も体調に気を付けて、教師のお仕事、精進してがんばるのですよ」


「はい、お母さまもお体を大切に」


 最後に母は、抱き上げたピンフをキャリーに入れながら声をかけた。


「真乃のこと、しっかりと見張ってくださいね。あなただけが頼りなんですからね」


 言われたピンフは、母の前では相変わらずお澄ましして大人しい。

 いつも思うのですが、母はピンフに対して、どうして「見守る」や「寄り添う」とは言わずに「見張る」と言うのだろう。私が危なっかしくて不安だから、なにかやらかさないように監視が必要だと言いたいのだろうか。私のことを傍で一番見てきた母に信用されていないというのは解せませんが、親というのはそういうものなのでしょう。


 黒のワゴン車に乗り込むと、読書部の三人は窓を開けて、再び「お世話になりました!」と挨拶すると車は走り出し、母と柿本さんも手を振って見送ってくれた。

 駅までの道すがら、窓の外の里の景色を眺めながら、弟の玄徳と他愛のない会話をしていた。


「母さんたちの前では言わないでおいたけど、母さんも父さんも、姉ちゃんが元気に教師してる姿が見られて嬉しそうだったわ」


「あれで?お母さまなんて生徒の前でも小言ばかりで、嬉しそうには見えなかったわよ?」


「そりゃ、心配だからついつい口に出ちゃうんでしょ。姉ちゃんたちが来る前だって、準備に一番張り切ってたのは母さんだし、父さんだって「真乃が帰ってくるのはいつだっけ?」って毎日のように気にしてたしさ」


「娘が自立して親元を離れた家なら、どこもそんなものじゃないのかな。あなたは大学を卒業したらどうするの?」


「父さんの会社に入って、しばらくは修行かな。多分、数年はみっちりだろうね」


「長男に生まれたのだから、仕方ないわね」


「俺は、あんまり悲観的には考えてないんだけどね」


「そうなの?」


「だってさ、決められたレールだとしても、一人前になるまでの話でしょ?将来的には普通のサラリーマンに比べたら、よっぽど自分のやりたいことが出来る環境と可能性があるのは間違いないからね。爺ちゃんも父さんもそんな感じじゃん」


「確かにそうね。玄徳が笹錦の当主になれば、笹錦グループの全てを動かすだけの力を手に入れるわけね」


「そういうこと。姉ちゃんみたいな自由気ままな人生もいいけど、俺の人生も悪いもんじゃないと思ってんだよね」


「そういうポジティブ思考はあなたの長所だし、代々ウチの跡継ぎとして必要な資質でもあるわね」


「まぁ、姉ちゃんと一緒で、クヨクヨするような性分じゃないからね」


 駅に到着すると、見送りのお礼を言って玄徳と別れ、事前に手配しておいた乗車券を三人に配り、予定していた時刻の電車に乗車した。

 

「三人とも、疲れていませんか?眠かったら移動中は寝ていてもいいですからね」


「なんか合宿が終わった余韻で、寝るのはもったいないです」


「そうだね。もう少し合宿を続けていたい気持ちになりますね」


「が、合宿の、反省会。い、移動しながら、できます」ぐふ


「楽しかっただけじゃなくて、やり残したこととか、次にまた来られる機会があったらしてみたいこととか、結構あるよね」


「では、文系インドア女子らしく、今から反省会の時間にしましょうか」


「はーい!まずは私から!蔵で書物を撮影してて思ったんだけど、古い貴重な書物って見るだけならネットで探せば可能だけど、実物に触れると実感とか全然違ったよね?なんていうか、一冊の本を作る苦労とか、それを読んでいた人たちが一冊一冊大切に扱ってたのとか、実物だと伝わってくるんだよね」


「確かにそうだね。今のネット社会みたいに、欲しい情報を誰でもどこでも簡単に手に入れられる時代と違って、情報そのものがとても貴重だから、書物や書簡一つ一つの重要性が今とはまったく別物で、すごく大切にしてたんだろうね」


「ふ、古いのに、どの書物も、き、綺麗だった」ぐふ


「綺麗だし、思ってたよりも紙がしっかりしてるんだよね。高級な紙とか使ってるのかな?」


「皆さん、読書部ならではの気付きですね。遠藤さんが言う通り、上質な紙ほど繊維が丈夫で長持ちします。ですが、当時上質な紙は今以上に貴重な物でしたので、読本など多く量産される書物に上質な紙を使うことは、簡単なことではありませんでした」


「上質な紙が使えないのに、書物は年月が経っても綺麗な状態を維持しているのは、どうしてなんですか?」


「江戸時代には、すでに再生紙の技術が発達していて、当時庶民に出回る書物の多くは、再生紙がメインに使われていたのです。上質な紙を使った再生紙は繊維そのものは丈夫ですので、今も綺麗な状態で書物が多く残っているのはそういった事情のおかげなんですよ」


「い、今の、漫画の雑誌も、再生紙、使ってる。せ、製本の技術、今と、似てる」ぐふ


「紙の話を聞いてて思ったんだけどさ、せっかく江戸時代の書物にたくさん触れて、中身だけじゃなくて当時の時代背景とか書物そのものの価値も勉強したんだし、私たちでも本、作ってみない?」


「小説とか絵本とか?ハードル高くない?」


「合宿で勉強したこととかでいいんじゃない?エッセイとか体験談とか、栗ちゃんみたいに俳句や短歌でもいいしさ」


「文集みたいなものですね。合宿で学んだことの総括として、良いかもしれません。記録としても思い出としても形になって残りますからね」


「先生も賛成してくれたし、やってみようよ!」


「そうだね。読んでばかりじゃなくて、書くほうに挑戦してみるのもいいかもだね」


「そ、創作意欲、み、みなぎる」ぐふ


 今回の合宿では、三人それぞれに得るものがあったのが、顧問の私にも見ていて分かった。それは合宿の成果であり、学生としての成長の証でもある。


 蔵で青春時代を過ごした私が、古典の研究を続けたくて大学へ進学し、教職の道へ進んだように、この子たちにとってもこの学びと体験が、将来何かの役に立つときが来るかもしれない。

 いつか将来、三人のそんな姿を見ることができたら、私はきっと教師としての喜びを得ることができるのだろう。そんな期待と確信があった。


 

 





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