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滅びの魔女は、今日もおにぎりを頬張る  作者: バネ屋
第十二章 日常への回帰
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#80 夏合宿の終わりに


 腕時計で時刻を確認すると、午後3時前。寝ていたのは1時間ほどのようだ。

 蔵には読書部三人の姿は無かった。

 室内は朝来た時と同じように整理整頓されており、三人は作業を終えて片付けまでしたようだ。

 私がウトウトしていた時、確か、ウチの家族や使用人の柿本さんへのお礼になにかする相談をしていたので、今頃、お手伝いでもしているのかもしれない。


 体を伸ばしながら立ち上がると、ようやくピンフも起きた。


「みんな、ドコに居るのか知らない?」


「・・・」


 私が聞いてもピンフは返事もせずに、手で自分の顔を撫でている。読書部のことよりも、目ヤミのほうが気になるのだろう。

 スマホを取り出して確認すると、読書部のグループチャットに遠藤さんが『本邸でお掃除のお手伝いしています』とメッセージを残していた。


 合宿でお世話になった人に、最後に感謝を示す。

 それはとても良い心がけですが、ふと気づいた。

 子供である生徒に素直でお利口な姿を見せられると、大人で教師である私が、まるでお気楽で堕落しているように見えるのではないのだろうか。


 いえ、私は教師である前に、笹錦の人間です。

 この程度のことで狼狽した姿を見せることこそ、笹錦の人間として恥ずべきでしょう。こういう時こそ、堂々と振る舞うことこそ、品位と威厳というものです。

 そう思い至り、気持ちを落ち着かせた私は、エアコンと換気扇、照明の電源を落とし、蔵を出ると日傘をさしてピンフを抱え、本邸へ戻った。


 しかし、三人がどこで掃除をしているのか探していると、母に捕まった。


「生徒に働かせて自分はのうのうと昼寝だなんて、笹錦の者として恥ずかしいと思いなさい!」


 むむ

 確かに食後の睡魔に勝てずに寝ていたのは事実ですが、おかげでイーペーコーのことを思い出せましたし、私にだって顧問としての考えがあるのです。


「いえ、私は生徒の主体性や公共性を尊重しようと――」


「あなたの主体性と公共性はどこにいってしまったのですか!」


「あ、はい」


 あれ?

 おかしいですね。

 こんなはずでは無かったのですが。

 やはり、言葉で母に太刀打ちするのは無理でしたか。


「笹錦の人間たるもの、教師たるもの、生徒の見本となるべきです。なのにあなたときたら、生徒さんをほっぽって自分はお昼寝だなんて、恥ずかしいと思いなさい」


 仕事でもこんなに怒られたことはないのだけど、まさか母親に教師としての姿勢までお説教されるとは。この口煩さは学園長の比ではないですね。おまけに、先ほどまであんなにダルそうにしていたピンフまで、母の前では背筋を伸ばすように座り、凛と澄ましている。裏切り者め。


 つまり、丸山眞男が指摘していた「主体性」や「公共性」といった概念が育っていない日本人とは、私のことだったということですか。我が身をもって実感するとは、これは勉強になりました。


「そ、それにしても、みなさん、どこへ行ってしまったのでしょう・・・」


 また1つ賢くなったお気楽顧問の私は、母のお説教から逃れるために、三人を探すことにした。


「キッチンでしょうか、それともお庭でしょうか・・・」


 母の魔の手から逃れるように独り言をこぼしながら素知らぬふりで、スタスタと早足でその場を離れた。


「あ!待ちなさい!まだ話は終わっていませんよ!」


「今は読書部顧問としての職務中ですので、お話はこの辺で。あー忙し忙し」


 無事に母から離脱した私は、キッチンへ向かった。

 キッチンで夕飯の準備をしている使用人さんに尋ねると、読書部の三人はお風呂とトイレの掃除をしていると言う。

 しかし、お風呂場へ向かうと、居ない。どうやらここでの掃除を終えて、別の場所で掃除をしているようだ。

 広い屋敷内をこのまま探していても埒が明かないので、スマホで遠藤さんへ通話をかけた。


『皆さん、今どちらに居るのですか?』


『今、長い廊下の所で、手分けして窓拭きと床の雑巾がけしてますよ』


『そちらでしたか』


 最初からスマホで直接聞けば良かったですね。

 そうすれば、母にお説教されることも無かったのに。

 廊下へ向かうと、遠藤さんと栗林さんは長い廊下で雑巾がけをしながら楽しそうに競争しており、里子さんは真剣な眼差しでガラス拭きに夢中になっていた。


「皆さん、楽しそうですね」

 

「あ、先生も手伝いに来たんですか?」


「私は皆さんの仕事ぶりを確認しようと」


 いえ、母に言われた通り、私も主体性と公共性を持たなくてはいけませんね。


「そうですね。私も皆さんと一緒にお掃除のお手伝いをします。顧問の私にとっても、学びの夏合宿でしたからね」

 

 置いてあった乾いた真っ白い布巾の束から1枚取って、里子さんと同じようにガラス戸の拭き取りを始めた。指紋や汚れを探しては、はぁぁと息を吹きかけ曇らせ、拭き取るのを繰り返していると、いつしか時間も忘れて夢中になっていた。


 1時間ほど掃除に勤しんでいると、柿本さんが「お掃除、ありがとうございました。お食事の準備が出来ましたので、食堂へどうぞ」と呼びに来てくれたので、「皆さん、ご苦労様でした。お食事にしましょう」と声をかけて片付けて、手を洗い、食堂へ向かった。


 食堂では、母と父に玄徳もすでに座って待っており、「お待たせしてすみません」と言いながら私たち四人も座り、食事を始めた。

 この日の食卓も私の好物ばかりが並び、すっかり私の家族とも打ち解けた読書部の三人もリラックスして、母や父とお喋りしながら賑やかな食卓となった。

 話題は合宿中の出来事や蔵で学んだこと、里や田舎の素晴らしさなどから学園での生活にも及び、10月に予定している二年生の修学旅行の話になった。


「二学期は10月上旬の中間試験が終わると修学旅行で、11月中旬の期末試験が終わると学園祭もあるから、忙しくなるんですよね」


「修学旅行は、どこへ行くのですか?」


「フェリーで北海道なんです。苫小牧から札幌や函館をまわって、帰りは飛行機なんですけど、歴史名所だけじゃなくて、観光名所とか温泉なんかも巡るんですよ」


「北海道かぁ。仕事でよく行くが、どこへ行っても景色は広大で綺麗だし、食べ物はどれも美味しくて、良いところだよ」


「そうなんです!食べ物がおいしそうですっごく楽しみなんですよ!」


「真乃も引率で行くの?」


「いえ、私は学外で研修があるので、留守番ですよ」


「え?先生、二年の担当なのに修学旅行行かないんです?」


「ええ。教頭先生から外部研修に行くように指名されてしまいましてね。研修の日程が修学旅行の期間中でしたので、ちょうど良いから行ってきなさいってことなんでしょうね。新米講師なので、色々と勉強もしないといけないんですよ」


 実は、古文担当教諭を集めた勉強会のような研修で、1年目の新人である私を推薦したのは同じ古文担当の水戸先生だった。その水戸先生が、中間試験と期末試験の時に私が作成したレポートを村上教頭にも見せて、村上教頭もその気になってしまったという事情もあったので、辞退はできなかった。


「えー、残念。先生も一緒だったら楽しかったのに」


「北海道のグルメが味わえないのは残念ですが、実は、私は船が大の苦手でして、内心はほっとしているんですよね」


「ああ、そういえば、真乃は海も川もダメだったな」


「飛行機は平気なのですが、船舶とは相容れぬ宿命なのです」


 5歳の時の川での事故のことを思い出すまでは、ただの苦手意識だと認識していましたが、いま思えば、恐らく事故が潜在的なトラウマになっているのでしょうね。

 ちなみに、小中高時代の体育でのプールの授業も、水着になるのも泳ぐのも嫌でしたので、全てボイコットしていましたよ。









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