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滅びの魔女は、今日もおにぎりを頬張る  作者: バネ屋
第二章 現世での営みと再会
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#08 初出勤


 就職を機に購入したパールピンクの軽自動車に乗り込み、勤務先の私立更科学園に向かった。

 慣れない車の運転や初出勤による緊張は、特に感じていない。

 子供の頃から緊張というものを感じたことがなかった。場の緊張感を肌で感じることは出来ても、私自身が緊張状態になることがないのだ。父からは「焦りや緊張を知らない肝が据わった子だ」と言われていたけど、自分でもそう思う。


 学園の職員専用の門に到着すると、小森と書かれた名札を胸に付けた守衛さんが立っていた。車に乗ったままパワーウインドを下げ、「おはようございます。ご苦労様です」と挨拶しながら職員証を提示した。


「おはようございます。どうぞ」


 通行の許可が下りたので微笑み返し、20キロ以下の徐行で進み、決められている自分の駐車場へ停車させた。

 50台ほどの職員用駐車場スペースには、まだ数台しか停まっていない。少し早く来てしまったか。でも新人1年目なのだから、他の先輩や上司より早く出勤するのは、社会人として当然のことだろう。せっかちは関係ない、はずです。


 職員玄関で上履き代わりのサンダルに履き替えると、『笹錦』と書かれた真新しい名札が掲示されたボックス扉を開けて、脱いだばかりのパンプスを収納した。

 朝の静かな廊下を進み階段を上がって2階の職員室入口前に立った。

 前髪やスーツの襟などひと通り身嗜みのチェックを済ませると、躊躇することなく横引き扉を開けて、「おはようございます」と静かに挨拶をしながら会釈をした。


 けど、職員室には3人ほどしかおらず、「おはようございます」と返してくれたのは一人だけだった。他の二人は机に向かい仕事に集中しているのだろう。挨拶を返してくれたのは、採用試験時の面接官だった教頭の村上先生だ。壁に掲示された席次表へチラリと視線を向けて確認すると、反応の無かったお二人は、杉浦先生と小門先生。

 私の名前は、まだ掲示されてないようだ。

 背筋を伸ばして、今度は少しだけ声のトーンを意識して挨拶を続けた。


「本日から赴任いたしました、笹錦と申します。1年目の新人ですので、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」


「よろしくお願いします」

「頑張ってください」


 先ほど返事の無かったお二人も、今度は顔を上げて返事を返してくれた。

 反応があったことに満足した私は、最初に挨拶を返してくれた教頭の村上先生の元へ向かった。

 自席に座る村上教頭に「よろしくお願いします」と改めて挨拶をすると、「あちらへ行きましょう」と言って立ち上がり、職員室の隅にあるパーテーションで囲われた小さなミーティングスペースへ案内された。

 勧められるまま向かいの席に座りバッグを脇に置くと、簡単な説明が始まったので、上司である村上教頭の表情を見つめながら話を聞いた。

 けど、村上先生の髪質の不自然さが気になった。カツラだろうか。他の人の目は騙せても、私の眼は騙せない。


「初日から早いですね。良い心がけです。笹錦先生の席は廊下側の入口から6番目の席になります。明日入学式で始業式は明後日ですので本日は授業がありませんが、8時から全体職員会議がありますので、そこでみなさんに紹介しますね」


 そういえば、事前にメールで受け取っていた連絡事項には、職員全員出席しての会議の事が書いてあった。毎週月曜日の朝にあるらしい。


「はい、分かりました。それまで校内を少し見学してもよろしいですか?」


 時計を見ると7時を過ぎたばかり。

 折角早く出勤したのだから、少しでも勤め場に馴染んでおくべきでしょう。

 決して、手持無沙汰のまま1時間も職員室でじっと待っていられないからではない、はずです。


「はい、大丈夫ですよ。会議は8時丁度に始めますので、5分前までには戻ってください」


「ありがとうございます。では早速行ってきます」


「行ってらっしゃい」ふふふ


 村上先生は40後半だろうか。優しい笑顔と物腰が柔らかな口調で好印象でしたが、それだけにこの歳でカツラを手放せないことには同情を禁じ得ない。

 立ち上がって会釈したあと、教えられた自分の席へ向かい、カバンをデスクに置くとそのまま職員室をあとにした。






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