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滅びの魔女は、今日もおにぎりを頬張る  作者: バネ屋
第十二章 日常への回帰
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#79 読書部に芽吹く


 夏合宿、四日目。

 この日は、六棟の中で三番目に新しい八代目休昭(キュウショウ)が立てた蔵で調査をしていた。

 蔵での活動も三日目となると、私が細かいことを言わなくても、積極的にリストをもとに探したり、撮影を進めていた。書物の扱いも、100年以上も前の資料ということで、初日は恐る恐ると言った感じで過剰なほど慎重でしたが、今は手慣れて、撮影に要する時間も短くなっている。


 そんな読書部三人を横目に私はというと、ダンボール箱2つ分の未整理資料の入れ替え作業をして、あとは子供の頃と同じように、板の間で壁にもたれて足を伸ばし、持参した丸山眞男の『日本の思想』を読み始め、時々三人からなにか質問や相談されたら答える程度で、なるべく口を挟まないで見守ることにしていた。ちなみにピンフも、昔と同じように私の傍で伸びて涼んでいる。


 お昼は本邸に戻り、昼食に用意してもらったそうめんと山菜の天ぷらを四人で揃って食べ、お腹が満たされたお気楽顧問の私は、蔵に戻り『日本の思想』の続きを読み始めて早々に、ウトウトしていた。

 意識がまどろむなかで、三人の会話が聞こえる。


「明日で帰るのかぁ、なんか寂しいね」


「涼ちゃん、ここに来てからずっと楽しそうだったもんね」


「うん!だってココ、本当に凄くない?100年以上前の貴重な資料が読み放題で、冷房効いててご飯も三食美味しいし。正直言って来る前は古い蔵ってイメージしか無かったけど、実際は読書部の理想の環境だよね!」


「可愛い浴衣も着られて露天風呂もあって、確かに至れり尽くせりだったね」


「み、水も、空気も、美味しい。星も、綺麗。素敵な田舎、帰りたく、ない」ぐふ


「栗ちゃんは、越中具足と離れたくないだけじゃないの?」


「ば、バレてる」ぐふふ


「あ!そうだ!なにかお礼しない?ご家族とかお世話になった柿本さんとかに」


「お礼といっても、このお屋敷で、一般庶民の私たちにできることって・・・」


「お、お礼の、手紙?」ぐふ


「なんでもいいと思うの。感謝状でもお手伝いでも草むしりでも。どう?」


 さすがは部長であり、クラス長も務める遠藤さん。

 私が高校生の頃なら絶対に言わないような、優等生らしい意見。

 丸山眞男は『日本の思想』のなかで、日本人には「主体性」「責任」「公共性」といった概念が育っていないことを指摘していましたが、我が読書部では、きちんと芽吹いているじゃないですか。

 書道部顧問の幸村先生が仰っていた通りでした。

『部活動とは、生徒達が向上心を持って自分たちで考えて上達していくもの』

 そして、顧問はそれをフォローするのが仕事。


 ですが、まぶたが重い。今は、このまま寝てしまいたい。

 この子たちなら、私のフォローが無くてもきっと大丈夫でしょう。

 だから、少しだけ眠るのを許してください。


 ◇


 夢を見ていた。

 少女と黒猫が、あぜ道を歩いている。

 歳は4~5歳くらいだろうか。

 水色のワンピースに青いサンダルは、見覚えがある。

 この少女は、私だ。

 ということは、黒猫はイーペーコー。


 でも、イーペーコーと外に出て、あぜ道を歩いた記憶はない。

 私は家からは出ないで、いつも蔵に忍び込んでばかりだったから。 

 夢のなかでは、私は怒っているのかムキにでもなっているのか、なにも言わずにただひたすら歩いて、そんな私の横をイーペーコーも歩きながら、何度も何度も何かを訴えるように鳴いていた。


 そうだ。イーペーコーはピンフと違ってよく鳴く黒猫だった。

 ほとんど記憶に残っておらず、思い出らしいものは無いと思っていたけど、夢のなかで思い出した。

 たしか、初めて蔵に忍び込んだ時もそうだった。

 夜中にイーペーコーが鳴いて外に出たがったので、後について行ったら、蔵の扉に爪を立ててガサガサとして、なにかを訴えていた。

 それで、本当は母から「蔵に近寄ってはダメですよ」と言われていたのに、好奇心で忍び込んで、その日以来、母の目を盗んではガラクタだらけの蔵に忍び込むようになったんだ。


 そうか、そうだったんだ。

 イーペーコーが私を蔵に導いてくれたのですね。

 おかげで、イーペーコーとあぜ道を歩いたことも思い出した。

 あの日も蔵に忍び込んで、時間も忘れて書物を読んでいたら家族にみつかって、母に烈火のごとく叱られ、家出をしたんだ。

 たぶん、幼少期から『肝が据わった子』と父に言われていた私は、母に叱られても泣くどころか、反抗したのでしょう。


 でも、その家出の末、事故にあった。

 里に流れる笹切川で・・・


 そこで、ハッと夢から覚めた。

 板の間で座ったまま寝ていたせいでお尻は痛く、夢のせいで全身から汗が噴き出していた。


 イーペーコーのことを思い出した。

 私を助けたイーペーコーは、翌日息を引き取り、次の日にトイトイがやってきた。

 だから、父も母もイーペーコーのことを『真乃の守り神』と言ってお墓まで建てて、大切に供養していたのですね。

 恐らく、私にイーペーコーの記憶が無かったのも、あの事故が原因で、無意識に恐怖と悲しみの記憶にフタをしていたんだと思う。

 それが今、夢の中で記憶が甦った。

 命を投げ打ってまで助けてくれたのが、イーペーコー。

 事故の恐怖とイーペーコーを失った悲しみを癒してくれたのが、トイトイ。

 そして、トイトイを失って悲しむ私を支えてくれていたのが、ピンフ。

 傍でまだ寝たままのピンフの背中を優しく撫でると、顔を上げ、「睡眠の邪魔するなよ」とでも言いたげな眠けまなこのまま、また眠ってしまった。

 相変わらず愛想がなくてマイペースですね。これで本当に、支えてくれているのだろうか。


 幼少期の事故の記憶が甦っても、心がざわつきはしますが、当時ほどの恐怖も悲しみも湧いてこない。

 それはきっと、肝が据わった性分の私は大人になり、あの頃よりもずっと打たれ強く、そして里子さんにも言われた通り、ポジティブ思考になったのでしょう。

 だから今は、記憶が甦ったおかげで感謝の気持ちを持つことができた。忘れたままでは、イーペーコーに申し訳ないですからね。

 今、こうして大人になり、やり甲斐のある職に就いて、お気楽に惰眠を貪ることができるのも、イーペーコーが助けてくれたから。そして、トイトイがずっと傍に寄り添ってくれたから。


 ピンフにも、それなりに感謝していますよ。それなりに。






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