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滅びの魔女は、今日もおにぎりを頬張る  作者: バネ屋
第十一章 因果からの解放
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#77 迷える天命論者


「夢の中のマノン姫がなにを思って滅びの術式を使って国を滅ぼしたのかは、私には分かりません。王族としての誇りを守ろうとしたのかもしれませんし、蛮族への怒りだったのかもしれません。もしかしたら、好奇心や悪戯心だったのかもしれませんよね」


 教え子の問いに対して、今ここで気休めで答えるのは教師としては下策だと考え、思ったことを正直に話すことにした。


「ですが、1つだけ自信をもって里子さんに話せるのは、もし私がマノン姫の立場だったら、迷うことなく同じ道を選びます。誇りというものは、他人には決して犯されたり穢されてはいけないものです。私は、命をかけてでも守るべきものだと考えています。だから、笹錦真乃という誇り、古文教師としての誇りを、私は全身全霊で守っています」


 お気楽講師を自称する私がこんなにも熱く語ってしまうだなんて、熱血体育教師のことを笑えませんね。

 でも、こんな話をできるようになったのは、教師になってこの数ヵ月、生徒や同僚たちとの仕事や交流を通して、私も意識の変化をしているということなのでしょう。


「私には、笹錦先生や忠雁、マノン姫のような誇りが、ありません・・・」


 私の熱血話を聞いた里子さんは、俯きながらポツポツと語った。


「そんな私が、マノン姫の夢に囚われて、先生のことや、マノン姫のことを因果の流れだとか、天命だと語って、その謎を解き明かすことが自分の役目だと思い込んでいました」


 静かに語る里子さんの言葉を遮らないように黙って頷き、続きを促した。


「だから、この夏合宿に来るまで、先生の実家の蔵にはなにか不思議な力、因果に関わるなにかがあると信じていました。でも、実際にあったのは、蔵が江戸時代に建てられたことを示す資料と、梁に残された職人のサインでした」


「それで、里子さんはなにを感じたんですか?」


「羨ましいと思いました。大工が蔵を建てた。当たり前のことだと思ってましたけど、全然当たり前じゃありませんでした。私なんかが想像できないような苦労と技術であんな大きな梁を組み立てて、職人として誇れるような仕事をして、百年以上経ってもその名前が残ってて、縁もゆかりもない高校生に名前を知ってもらえるなんて、凄いことだと思います」


「そうですね。私たちが普段当たり前だと思っていることの中には、きっと忠雁のようにたくさんの人の苦労や歴史があるのでしょうね」


「けど昨日の夜、お布団に入って部屋が暗くなると、猛烈に恥ずかしさに襲われました。今までの私は、蔵を建てた職人の仕事や苦労よりも夢で見たことに囚われて、非現実的なことばかり考えていました。蔵を因果の根源だと言葉にすることが、忠雁の誇りを冒涜していると気付いて、そのことがとても恥ずかしくなりました」


 これが、里子さんの悩みの根幹でしょう。

 自分の言動を恥じて反省している生徒に、私はなにを言うべきか。


「私は、反省はしても、恥じることはないと思います」


 私の言葉が意外だったのか、里子さんは顔を上げて、眼鏡の奥の瞳が私を見つめた。


「確かに、百年以上も前に建てられた蔵をファンタジー的な妄想で語るのは、職人の誇りを茶化す行為だったかもしれません。でも、もし里子さんがマノン姫の夢を見ていなかったら、そして、もし笹錦家の人間である私を部活の顧問に誘っていなかったら、こんな田舎の蔵に興味を持つことも無かったでしょうし、きっと忠雁の誇りを知ることもありませんでしたよね?」


「はい。多分、涼ちゃんと二人で図書室に通って、読書をしているだけの高校生だったと思います」


「里子さんは教師の私から見ても、とても賢くて好奇心と探求心が旺盛な生徒です。その里子さんが蔵に興味を持って、忠雁のサインから職人としての誇りに気付いてくれた。もしかしたら、遠藤さんや栗林さんでは、そこまで気付けなかったかもしれませんし、里子さんは気付けたからこそ反省して、自分を恥じているのです。だから私は教師として、今の里子さんをとても誇らしく思いますし、きっと忠雁も、今頃草葉の陰で『どうだ嬢ちゃん?俺が建てた蔵はすげぇだろう?』と誇らしげに笑みを浮かべているのではないでしょうか」


 そう言って、里子さんにニヤリと笑ってみせる。

 しかし、ここは笑って欲しいところなのに、里子さんは目を見開いて驚いていた。


「せ、先生って、すごくポジティブですよね。その性格が羨ましいです」


 あれ?私が伝えたかったのは、私のポジティブ思考ではなくて、忠雁の誇りを知る切っ掛けとなったのだから、恥じる必要なんて無いですよということなのに。


「おかしいですね・・・今のは笑って欲しかったのに」


「ふふふ。先生のそういうところ、凄いと思います。先生みたいな大人、今まで出会ったことありません」


「ですから私のことではなくて、忠雁がニヤリと――」


「先生に話を聞いてもらって、良かったです。私も先生や忠雁のような誇りを持てる大人になろうと思えました」


「そ、そうですか・・・そうですね。悩むのも後悔から学ぶのも、生きている人間の特権ですからね。大いに悩んで学んで成長することが出来る。それこそが教育の本質なのでしょう」


「先生ってお母さまにお尻叩かれて言い訳してたりして、古文の授業以外だと全然先生っぽくないと思ってましたけど、今の笹錦先生、すごく教師っぽいですね」ふふふ


「むむ。確かに担任を持たずに普段からお気楽講師を気取って定時ピッタリに帰るのは自分でも如何なものかと思うこともありますが、お給料分はきちんと教師としての責務を果たしてきたつもりなんですけど?」


「そうやって生徒相手でもすぐにムキになるところも、先生らしいです」


「だから、私は先生なんですよ。高等学校の教員資格を持つ更科学園の古文教師なんです」


「知ってます」


「あ、はい」


 いつものように容赦のない切り返し。

 どうやら、普段の里子さんに戻ったようですね。

 私も教師として、なんとか生徒の悩みに応えることができたようで、安堵した。


「そろそろ、涼ちゃんと栗ちゃんのところへ戻りませんか?ピンフ君も眠そうだし」


 私のヒザの上で眠そうにしていたピンフが、同意を示すように尻尾をパタンとした。


「そうでしたね。お二人とも今頃「遅い!」と言ってるかもしれませんね。戻りましょうか」


「はい。話を聞いてくれて、ありがとうごさいました」



 竹林から駐車場への道すがら、先ほどまでの沈黙と緊張感とは打って変わって、私も里子さんもリラックスしてお喋りしながら歩いた。


「それにしても、朝食の時は口数が少なくて元気が無い様子でしたので、心配しましたよ」


「あ、朝食の時は、涼ちゃんたちが話してた魔女説が面白かったので、先生がデッキブラシに股がって、必死に飛ぼうとしてる姿を妄想していました」


「えぇ!?やっぱり妄想してたから無口だったの!?」


 こ、これだから文系インドア女子ってやつは・・・








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