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滅びの魔女は、今日もおにぎりを頬張る  作者: バネ屋
第十一章 因果からの解放
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#76 墓前への報告と竹林の静けさ


 門を出て林道の坂道を下り、静かな田舎道をワゴン車で走らせていると、車内も静かだった。

 私は高等学校の教職とはいえ担任を持たない講師なので、古文の授業と部活動、あとは委員会活動くらいでしか生徒との交流は無く、生徒一人一人の生活指導や悩み相談などに応じることはほぼ無かった。けど、そんな中でも読書部の三人とはこれまで多くの時間を一緒に過ごし、コミュニケーションをとってきた。

 特に、マノン姫の夢を見ている里子さんとは、教師と生徒の関係を超えて、様々な話をしてきたと思う。マノン姫の因果の話だけでなく、共通の趣味である読書だったり、古典文学に俳句などなど。同じ文系インドア女子ということで話が合いましたし、理解力が高く頭の回転も速い子なので、年の差やジェネレーションギャップを感じることなく私も気を許して、コミュニケーションをとっていた。

 その里子さんが、今朝から口数が少なく、私に相談があると言う。

 中学高校の思春期だった頃は周りと距離をとり、一人の世界を好んでいた私に、高校生である教え子の悩み相談に、応えられるのだろうか。

 なんの話だろう。因果の話だろうか。それとも笹錦家の歴史や蔵の建築に関する話?勉強や進路の話なら応えられますが、まさか、恋愛相談・・・ではないでしょう。私の恋愛経験の乏しさを、里子さんも知ってますからね。


 清竹寺に到着すると車を降りて、まずは手水舎で手を清め、本堂を訪ねて一礼してから住職に挨拶を済ませ、手桶に水を汲み、柄杓を添えて墓地へ足を運んだ。

 境内は朝から蝉の鳴き声が絶え間なく、額に汗がにじむ。里子さんは静かに私のあとに続き、ピンフも何度も来ていて慣れているのか、大人しく付いて来ている。

 やはり今日も暑くなりそうです。車で来たのは正解でした。


 墓地には幸い他の参拝者はおらず、私たちだけだった。

 笹錦本家縁者の墓石だけでも20近くあり、雑草など無く普段から手入れが行き届いているのが解かる。初代雲長の墓石から手短に柄杓で水をかけていき、最後にイーペーコーとトイトイの墓石にやってくると、ゆっくり丁寧に水をかけ、お供え物に持ってきた煮干しと猫缶を供え、しゃがんで手を合わせると、里子さんも私の右隣でしゃがんで手を合わせ、ピンフは左隣で腰を降ろして墓石を見上げていた。


 幼少期から高校時代まで、私が一人でも寂しくなかったのは、この2匹の猫のおかげだった。特にトイトイはいつも私に寄り添ってくれて、話し相手になってもらっていたし、病気で亡くなった時は、半身を失ったかのような喪失感で落ち込んだ。

 なので、ここへ来ると様々な思いが蘇り、胸に込み上げてくるものがある。

 でも今は、と別の想いもある。

 更科学園の教師となり、教え子を連れて里帰りして、寝食を共にして一緒にお風呂にも入り、こうしてお墓参りもしている。ピンフは相変わらずマイペースで素っ気ないですが、寂しくはない。

 だから、イーペーコーとトイトイには『私はもう寂しくないですよ。元気に楽しく過ごせてますよ』と報告をしたかった。

 胸の内で報告を済ませると腰を上げて、「どこか静かな場所へ行きましょうか」と里子さんに声をかけた。


「すみません。お願いします」


 本堂へ戻らず、手桶と柄杓やお供え物はあとで回収することにして、里子さんの話を聞くことにした。

 墓地の裏手にある竹林へ向かって歩くと、竹林の中へ続く遊歩道へ出たので、そのまま進んだ。せっかちな性分の私は、普段一人の時は他人よりも歩く速度は速いのですが、この時は、里子さんやピンフを意識しながらゆっくりと歩いた。


 いつしか蝉の鳴き声が聞こえなくなり、心地よい風が吹いていた。

 この遊歩道は、私も歩くのは初めてでしたが、竹に囲まれ日陰が多く、静かで竹の香りを乗せた風が涼しくて、情緒のあるスポットだった。

 しかし、私の胸の内では『相談に乗るとは言ったものの、なにを聞かされるのだろうか・・・』とドキドキしはじめていた。

 しばらく歩くと、少し開けてそこだけ明るく、中央に東屋があった。

 

「あそこに東屋がありますので、借りましょうか」


「はい」


 私が腰掛けると里子さんも隣に腰掛け、ピンフは東屋の周りをウロウロと臭いを嗅ぎまわっていた。


「ここは静かで良いところですね。地元にこんな場所があったなんて、今まで知りませんでした」


 里子さんから話を聞いて欲しいと持ち掛けて来ましたが、こういう時は、年上であり教師である私が話を引き出すべきでしょう。


「地元にいた頃は、ずっと周りの同級生たちとは距離をとって、学校と家を往復するだけでしたし、家にいる時でも蔵に籠って、家の外へ出ることはほとんどありませんでした。狭い世界で猫を相手に一人でも寂しくないと言い聞かせて、そんな青春時代を過ごしていたんです」


 里子さんは、私の言葉に黙って頷き、静かに聞いてくれている。


「ですが、高校を卒業と同時に実家を出て、一人暮らしをしながら大学へ通うようになると、周りの自分と同じような偏屈な学生とも交友を持つようになって、恩師の助言で教職への道へ進むことになりました。色々と悩みましたが、おかげで更科学園へ赴任することができて、里子さんや遠藤さんに栗林さんとも出会えて、こうして胸を張って里帰りして、猫の墓前で良い報告もできました」


 落ち着いた口調で語っていると、ピンフが近寄ってきてヒザの上に飛び乗ってきた。


「先生でも、寂しかったり悩んだりしたんですか?」


「もちろんです。まだ二十数年と短い人生ですが、悩むことが多かったですよ。ただ、私の場合は後悔というものをしない性分ですので、悩んでいてもいざ決めてしまえば、あとはさっさと前へ進むだけでしたけどね」ふふふ


「先生は、せっかちですもんね」


「せっかちなのは関係ありませんよ。自分の気持ちに責任を持って、自分を裏切らないだけです。誇りとでも言ったほうが、分かりやすいかもしれませんね」


「誇り・・・蔵を建てた忠雁と同じですね」


「悩むことも落ち込むことも、決して悪いことではありません。きっと忠雁だって、たくさん悩んだはずです。でも、笹錦家の蔵を建てたことを誇りに思えるほどの職人となりました。たくさん悩んだことで色々と学び、立派な職人となった自分を誇ることができたのでしょう。だから、私も里子さんも、今までもこれからもたくさん悩んで学ぶべきなんです」


 私の言葉を聞いた里子さんは、間をおいてから、ゆっくりと話し始めた。


「13歳で国を滅ぼしたマノン姫も、最後まで誇りを大切にしてたから、死を選んだのでしょうか・・・」


 里子さんの悩みの本題は、恐らくこれでしょう。

 やはり、因果に関係する話のようです。









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