#75 魔女説と上の空
夏合宿、三日目の朝。
読書部の三人を起こして布団を畳み、洗面所で顔を洗って食堂へ行くと、私たち以外はすでに食べ終わったあとで、私たち四人とピンフで食事を始めた。
「今日も朝から美味しそう!」
「りょ、旅館の朝ごはん、みたい」ぐふ
「では、頂きましょう」
アジのみりん干しと豆腐とほうれん草の味噌汁に、もちろん炊きたてのササニシキ。私の好物が並ぶ食卓は、朝からにぎやかだった。
「今日は蔵を開けたら私はお墓参りに行ってきますので、皆さんは昨日と同じように調査なり読書なりをしていてください」もぐもぐ
「お盆が近いから、ご先祖のお墓参りなんですか?」もぐもぐ
「ご先祖さまもそうですが、猫のお墓ですね。ピンフが我が家に来る前にいた猫たちです」
「ピンフ君の他にも猫ちゃんがいたんですか。猫好きなんですね」
ピンフの話題が出ても当のピンフ本人は我関せず、朝食の煮干しを貪っている。
「猫好きと言うよりも、猫に好かれる?なぜだか私にもわかりませんが、猫のほうから勝手にやってきて、住み着くんですよ。それも決まって黒猫なんです。白や茶色の他の猫にはちっとも見向きもされないんですけどね」
「黒い猫ちゃんだけに好かれるって、なんだか不思議な話ですね」
「き、キキとジジ、みたい。せ、先生、魔女?」ぐふ
「あー!先生、魔女のイメージぴったりかも!蔵に籠って古典の研究する姿って、魔女が森の奥深くに籠って薬や魔術の研究してる感じに似てない?」
「ぞ、俗世から、隔絶された、ひ、一人の世界。ど、同居人は、黒猫だけ。せ、先生、そういうの、す、好きそう。ち、中二病」ぐふふ
「なぜ私が魔女なんですか。私ほどオカルトとは無縁の現実主義者はいませんよ。ごちそうさまでした」
私はもう食べ終えたのに、相変わらずこの子たちはお喋りばかりして、遅い。でも、こういうにぎやかな朝食も、夏合宿らしい朝の風景ともいえますね。
「えー、でもマノン姫の件もあるし、やっぱり黒猫にもなにかありそうですよー」
「ま、マロン姫?く、栗の、姫?し、親近感」ぐふふ
「マロンじゃなくてマノンね。そっか。栗ちゃんにはマノン姫の話してないんだっけ?先生、栗ちゃんにもマノン姫のお話してもいいですか?」
「別に良いですけど、先にご飯を食べ終えてからにしてくださいね」
「じゃあ、蔵で調査してるときに教えてあげるね」
「た、楽しみ」ぐふ
遠藤さんと栗林さんが私のことを魔女呼ばわりして盛り上がっている中、里子さんだけはシリアスな表情で何やら考えごとをしているようで、箸も進んでいない。
「里子さん、今日の資料探しですが、私はお墓参りを済ませたらすぐに戻りますので、それまで一人でお願いしますね」
「・・・」
私が話を振っても上の空で返事が無い。
昨日の栗林さんに続いて、今度は里子さんですか。何か一人で妄想の世界にでも迷い込んでいるのでしょうか。
「里子さん?」
「あ、すみません、考え事をしていました。栗毛の猫から好かれたいという話でしたっけ?」
「いえ、微妙にかすっているようで全く違いますよ。猫のお話じゃなくて、私がお墓参りしている間、資料探しは一人でお願いしますという話です」
「あ、でしたら私もお墓参りについて行ってもいいですか?」
「ええ、もちろん良いですけど。蔵の建築の次は、お墓に興味でも?」
「いえ、ちょっと先生に相談というか、お話が」
妄想にふけっていたわけではなく、悩み事でもありそうですね。
「分かりました。あとで聞かせてください」
朝食を終えると歯を磨いて自室に戻り、お墓参りということで、礼服ではありませんが夏物の黒いワンピースと黒のストッキングに着替えると、再び遠藤さんと栗林さんが騒ぎだした。
「先生が黒着ると、やっぱり魔女っぽい!」
「あ、頭に、赤いリボン、お、大きいの、付けたい」ぐふ
「リボンよりもホウキのが良くない?」
「た、確かに。せ、先生が、ホウキにまたがる姿、お、おもしろい」ぐふふふ
「お二人とも何馬鹿なことを言っているのですか。全身黒は文系インドア女子の正装です。あまりしつこいと、お二人のことをジブリ論者と名付けますからね。早く準備を済ませて蔵へ行きますよ」
「はーい!」
遠藤さんと栗林さんは体操服に着替え、里子さんはお墓参りに同行するため、制服に着替えたが、朝からテンションの高い遠藤さんと栗林さんに比べて、やはり里子さんは口数が少ない。
何か深刻な悩みでも出来たのだろうか。
昨夜は目当ての蔵の建築に関する資料を見つけ、梁に書かれた大工のサインを確認した後は、いつも通りだった。露天風呂や星空を見に散歩に出た時は、むしろいつもよりも元気だったのに、今日はどうしたのだろうか。
水筒の麦茶やタブレットなど準備を済ませると、ピンフも連れて自室を出て本邸を後にした。
この日は、昨日とは別の六棟の中で二番目に新しい、九代目当主李豊が建てた蔵で部活動をすることにした。
長い年月の間、六棟の蔵には様々な物が放置されていたが、年代によって所蔵されていた物の傾向が異なる。古い蔵には武具や衣類、食器などが多く、読本や書簡などは少なかった。逆に、新しい蔵になるほど武具類は少なく書物などが多かった。なので昨日は所蔵数が最も多くて一番新しい十一代目伯苗の蔵で、今日は九代目の蔵と、この夏合宿では新しい蔵から順番に紹介していた。
扉を開けて中へ入り、まずはエアコンと換気扇を稼働させると、遠藤さんと栗林さんに声をかけた。
「今日も暑くなりそうですから、こまめに休憩して水分補給を忘れないようにしてください。特に栗林さんは、昨日のように無理しすぎて倒れないように、気を付けてくださいね」
「私が栗ちゃんのこと見てますから大丈夫です!栗ちゃんも今日は大人しくするよね?」
「きょ、今日は、滾るの、ふ、封印」ぐふ
しっかり者の遠藤さんが居れば、大丈夫でしょう。
私と里子さんはピンフも連れて蔵を離れ、ガレージで黒のワゴン車に乗り込み、私の運転で出発した。
笹錦家代々のお墓は里内の清竹寺にあるが、今日も暑くて寺まで歩くのは大変なので、車で向かうことにした。
車中では、里子さんはピンフを膝に乗せて、やはり口数が少なく静かだ。




