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滅びの魔女は、今日もおにぎりを頬張る  作者: バネ屋
第十章 開かれた知識の蔵
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#74 知識の昇華と消化


 蔵での作業を終えて本邸の自室に戻ると、6畳間の入口でピンフが起きて待ち構えており、付いてこいと言いたげに、奥の部屋の少し開いた襖の隙間に入っていった。

 後に続いて襖を開くと、栗林さんは起きていたが、鼻にティッシュを詰めたまま座卓にノートを開いてなにやら没頭していた。


「栗林さん、もう寝ていなくて大丈夫なんですか?」


「ぐふ、ぐふふ」


 一人の世界に入り込んでいるのかノートに必死に書き込んで、声をかけても私たちの存在が視界に入らないようだ。


「栗ちゃん、起きてていいの?」

「元気そうですね」


「まぁ大丈夫でしょう。文系インドア女子なら、こんなふうに一人の世界に没頭してしまうなんて、日常茶飯事ですからね」


「そうですね」

「むしろ、本来の姿に戻ったとも言えますね」


「とりあえず、私たちは着替えてしまいましょうか。もうすぐ夕飯ですので、持ち帰った資料の確認は食事の後にしましょう」


「はーい」

「了解です」


 私たちが着替えていると栗林さんはようやく顔をあげて、「お、お帰りなさい」ぐふ、と気が付いた。


「もう体調は大丈夫ですか?今から夕飯ですが、食べられますか?」


「だ、大丈夫。お、お腹空きました。食べられます」ぐふ


 顔色も良いし、もう大丈夫でしょう。

 それに私も、お腹ペコペコ。

 早く着替えを終えて、食堂へ。


「ノートになに書いてたの?」


「俳句、です。は、初めての蔵と、越中具足。刺激的で、そ、創作意欲が、沸き上がります」ぐふ、ぐふふ


「あれほど滾らせていましたからね。確かに、内なる衝動を文字にしたくなるのも理解できますね」


「先生も恋愛経験ゼロの劣等感で、衝動的に俳句詠んでましたもんね」


「失礼ですね。私の場合は劣等感ではありませんよ。20代のうら若き乙女としてのうっぷんなんです」


「俳句考えるの、た、楽しい」ぐふふふ


「俳句はあとで是非見せてください。それより鼻血は止まりましたか?なら、栗林さんも着替えたほうがいいですよ。また母に叱られてしまいますからね」


「は、鼻血、止まってます。お、お母さま、怖い。着替える」ぐふ


 栗林さんが着替えるのを待って食堂へ行くと、今夜は炊き込みご飯と筑前煮に鰆の西京焼き。私の好物ばかりだ。

 席に着いて食事を前にすると、四人ともお腹を空かせていたので、お喋りせずにお行儀よく、貪るように食べ始めた。


 空腹を満たして自室に戻ると、三人は各々今日の収穫のチェックを始めた。

 遠藤さんは、タブレットで撮影した『豆腐百珍』の映りを確認しているようだ。

 里子さんは、発見した2つの資料のうち『御蔵之資材目録』を畳の上に広げ、書かれているリストをメモに書き写しているようだ。

 そして栗林さんは、ノートを広げ、俳句作りを再開していた。


 三人を見ていると、昔を思い出す。私も同じ歳だったころ、こんなふうに夢中になって書物を読み漁っていた。でも、私には仲間はトイトイやピンフしか居なかった。この子たちのように、感動や苦労を共有できる友達なんて居なかった。それがちょっぴり羨ましくもあり、安堵も覚える。


 こんな私でも、教え子たち一人一人の姿に色々思うようになれたのは、教職に就いたおかげだろう。教師にならずに大学に残っていたら、きっと今も他人に興味など持たず、一人で研究に没頭していた。



 頬杖をついて物思いにふけながら三人の様子を眺めていると、栗林さんが「せ、先生、俳句、み、見てください」とノートを差し出してきた。

 ノートには、女子高生らしからぬ力強い筆圧で書かれた俳句がいくつも並んでいた。


「これはまた、たくさん詠みましたね。では、一度は俳人を目指したこの私の眼鏡にかなう俳句があるかどうか、批評しましょう」


「お、お願いします」ぐふ


 右から順番に、声のトーンを意識しながら音読した。


『蔵六棟 黙して語る 祖の歴史』

『信長の 敗れた夢を 筆に返し』

『白米に 塩と香りと 師の誉れ』


 私が詠む栗林さんの俳句を聞いて、遠藤さんと里子さんも作業の手を止めて、聞き入っていた。


『漆黒の 兜被りて 夢成就』

『兜の緒 解いて明ける 新時代』


「全部栗ちゃんが作ったの?凄いじゃん!」

「栗ちゃんは、ネーミングだけでなく俳句のセンスもありますね」


 二人とも、私の俳句はちっとも褒めなかったのに。

 けど、確かに栗林さんの俳句には、今時の女子高生とは思えないセンスを感じますね。見たもの学んだもの体験したものへの敬意と感動が感じられ、栗林さんの素直さも出ている。これが若さからくる自由な文学的発想とセンスなのでしょうか。


『静寂と 天の木目と 猫の尻尾』

『旅疲れ 夕餉の温もり 友癒す』


「うーん、栗林さん、なかなかやりますね。国語教師の私をここまで唸らせるとは」


「ほ、褒められた。う、嬉しい」ぐふ、ぐふふふ

「先生と違って、光るセンスを感じるね」

「先生は研究者であって創作者ではないからね。知識や分析力が凄いのは言うまでもないけど、創作のセンスを求めては」


「私にだって創作センスくらいありますよ?今ここで一句詠みましょうか」


「せ、先生の俳句、聞きたい、です」ぐふ


「では・・・『蓮根に 染みた味わい 腹満たす』」


「先生ってすぐ食事に寄せていきますよね。たしかに煮物は美味しかったけど・・・」

「15点」

「や、やっぱり、締まらない」ぐふ


「点数が6本目の鼻毛よりも低くなってる!?」



 合宿の夜らしく、にぎやかにお喋りしていると、柿本さんが「お風呂の準備ができました」と呼びにきてくれた。


「露天風呂の用意をお願いしてあったんですが、せっかくなので皆さん一緒に入りましょう」


「露天風呂!入ります!」

「実は昨日聞いてから気になってました」

「せ、先輩と、先生と、は、裸の付き合い。た、滾る」ぐふふふ


「栗ちゃん、興奮しすぎてまた鼻血だしちゃダメだよ!」


 私たちにも恥じらいというものがありますから、乙女のお風呂タイムを詳しく語ることはしませんが、四人で背中を流し合い、ゆっくり湯船に浸かって、ここでも合宿気分を満喫した。


 お風呂を上がるとそのまま三人を誘い、散歩に連れ出した。

 里の夜空には満天の星が広がり、これを三人に見せたかった。


「凄ッ!?星めっちゃ綺麗!」

「本当に凄いですね。こんなに星が沢山見えるなんて、初めての経験です」

「しゃ、写真でしか、見たことない、ほ、本物の、星空」ぐふ


「気に入ってもらえて、良かったです。何もない田舎ですが、都会にない情緒を味わえるのは田舎の特権です」ふふふ


 この三人なら、きっと喜んでくれると思ってましたが、散歩に連れ出した甲斐がありましたね。


「先生もご家族も何もない田舎だって言いますけど、全然そんなことないですよ。食べ物は美味しいし蔵には沢山の書物があって、夜空だって凄く綺麗で、想像してたよりもずっと楽しい合宿ですよ!」


「都会やネットでは知ることができない発見や体験の連続で、本当に来て良かったと思います」


「い、一生の、思い出。ずっと忘れられない、貴重な体験。ど、読書部に、入れて、良かった」ぐふ


「皆さん嬉しいことを言ってくれますね。私も皆さんとこうやって学校以外の時間を過ごせて、色々と勉強になりますし楽しいです」


 夜空を眺めながら、生徒とこうやって語り合う時間も良いですね。


「先生!ここで一句お願いします!」


 むむ

 遠藤さんは、また急に無茶ぶりを。

 しかし、ここで尻込みしたら文系インドア代表国語教師の名折れ。


「では・・・『湯上がりの 夜空と語る 田舎かな』」


「うーん・・・悪くないけど、普通?」

「今までで一番まともですけど、期待してたのと違いますね」

「せ、先生らしく、ない、です」ぐふ


「真面目に詠んだ俳句でもガッカリされるとか、辛辣すぎませんか!?」


「先生は、もうそういうキャラだもんね」

「ね」

「です」ぐふ



 文系インドア女子は、同胞には容赦がない。

 それがたとえ、教師に対してでも。


 やっぱり、私の仲間はピンフだけなのかな・・・。




 第十章 終

 次回から、第十一章 因果からの解放





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