#73 埃と誇りに触れる
栗林さんを休ませるために一度本邸の自室に戻り、クーラーを点けて布団を敷いて栗林さんを寝かせ、ピンフに「傍でお守りしてて頂戴ね。栗林さんのことをお願い」と頼むと、栗林さんの傍で体を横たえて丸めた。
これから蔵に戻って里子さんご希望の蔵の建築関連の資料を探すので、六頭首高校の体操服に着替え、埃やカビ対策にマスクも装着して、髪を1つにまとめて首にタオルを巻いた。ちなみに、中高生時代に蔵の整理作業をする時も、同じような出で立ちだった。
そして、午後からの作業に遠藤さんも手伝うことになり、二人も体操服に着替えたのでマスクを渡して、三人とも文系インドア作業スタイルになった。
キッチンに寄って水筒に麦茶を補充してから、午前中に作業をしていた1つ目の蔵に戻ると、作業での注意点を説明した。
「ダンボール箱の未整理分の資料は、資料価値的には大した物はほとんど残っていませんが、ジップロックに入れずに当時のままですので、一応扱いには注意してください。特に湿気や水分が大敵です。水分を吸ってしまった状態でダンボールに戻すとカビの原因になりますからね。それと、クーラーで涼しくしていても作業をしていると汗が出てくるので、タオルを首に巻くなどして資料に垂れないようにしてください」
「はい、了解です」
「あと、栗林さんのように燃焼しすぎてダウンしないように。こまめに休憩を入れるようにしますが、気分が悪くなったらすぐに言ってください」
「志半ばで倒れた栗ちゃんの分も頑張ります」
「栗ちゃんの弔い合戦だね!読書部創立メンバーの腕の見せどころです!」
「栗林さんは鼻血を垂らしただけで、死んでいませんけどね」
新品のダンボール箱を組み立てて、未整理分の古いダンボール箱から入れ替えるようにして一つずつ中身のチェックをすることにした。
サイズもA4程度のものもあればメモ帳ほどの小さい物もあったりと形も大きさも不揃いの物ばかりだが、タイトルや冒頭を少し目を通せばそれが建築に関係する書類なのかそうでないかはある程度は分かるので、1つ1つ地道にチェックを進めた。
1つ目の蔵は六棟の中でも一番新しい時代のもので、残された資料も一番多いが、それでも100年以上も昔の資料ばかりということで最初は必要以上に緊張していた遠藤さんと里子さんも、次第に慣れて作業は順調に進み、作業開始から1時間ほどで『御蔵之絵図』と書かれた和紙で包まれた物を発見した。
タオルで汗を拭い、手袋をしている手で慎重に包みを開くと、中からは折りたたまれた紙が出てきた。
「和紙で保護されていたおかげか染みや破損はなく、状態は良好ですね」
中にあった本命の資料を作業台で広げると、蔵の骨組みのような絵が四方向から描かれていた。
「おおぉ・・・これは建物の図面ですね」
「骨組みの設計図ですかね?」
「端に日付と幾つか署名がありますが、この蔵を建てた十一代当主伯苗の花押がありますね。恐らく、大工が製図した設計図に依頼主である伯苗が承認していたということでしょう。日付の安政六年一月二十日から、この蔵の建築資料で間違いなさそうですね」
「この資料だけでも色々と分かりそうですね」
「詳しく調べるのはあとにして、他にもないか残りも一通りチェックしてしまいましょうか」
「了解です!」
「そうですね。まだまだあるかもしれませんよね」
元の包みの状態に戻してジップロックに収納すると、残りの入れ替え作業を再開させた。
その後は、『御蔵之資材目録』とタイトルが書かれた蔵の建築に使うと思われる資材のリストも発見したが、この蔵にあった建築に関係する資料はその二つだけだった。
五つあったダンボール箱を全てチェックしながらの入れ替え作業に三時間以上かかり、栗林さんの様子も気になっていたし、夕飯の時間も迫っていたので、この日の作業を終えて、発見した資料を持って本邸に戻ることにした。
しかし、引き上げるために片付けをしていて、あることを思い出した。
「そういえば、この蔵を建てた大工さんが書いたと思われるサインがあるんですが、引き上げる前に見ておきますか?」
「サインですか?」
「ええ。恐らく、この地方では有力者だった旗本笹錦家の蔵を建てたのは自分だと、記念に名前を残したんだと思います。天井の梁に書いてあるんですが、二階に上がれば見れますよ」
「見たいです!」
「遠藤さんはどうします?」
「私は疲れたので下で待ってます」
「そうですね。合宿はまだ二日目ですから無理は禁物です。 では里子さん、梯子を登る時は気を付けてください。それと、二階は天井が低いので、頭をぶつけないように屈んで移動してくださいね」
「了解です」
先に里子さんが梯子を登り、続いて私も上がると、蔵の中央の一番太い梁の裏側を確認した。
そこには、経年を感じさせる年季の入った梁に直接『安政六年十月六日 忠雁』と墨文字で書かれていた。
「これが、この蔵を建てた人のサイン・・・」
「江戸時代の大工は、一般的には苗字を名乗ることは許されていませんでしたので、このサインは大工だろうと推察しています」
「そういえば、先ほどの図面にも忠雁の署名がありました」
「設計と施工を請け負っていたのでしょうね。あくまで想像ですが、大工衆の棟梁だったのではないでしょうか」
「大工さんが自らの功績を遺したと・・・二階に上がってみて思ったんですが、このサインのある梁は凄く太くて相当な重量ですよね。クレーンなどの重機がない江戸時代に、この高さまで吊り上げて組んだことに驚きました」
「言われてみれば、そうですね。今まで関心がなかったので、そこまで考えたことがありませんでしたが、確かにこの蔵の背骨とも言える重要な梁を、これほどの太さの木材でこの高さに組み上げる技術と苦労は、きっと私たち素人の想像を超えるものですね」
「このサインからは、忠雁の大工職人としての誇りを感じます」
「ええ。きっとこの蔵を建てたことを誇りに思ったからこそ、名前を残したのでしょうね」
それから数分の間二人とも黙って忠雁のサインを眺めていたが、私が「そろそろ栗林さんのところに戻りましょうか」と声をかけると、里子さんはスマホを取り出し、梁のサインを1枚だけ写メに残した。




