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滅びの魔女は、今日もおにぎりを頬張る  作者: バネ屋
第十章 開かれた知識の蔵
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#72 文系女子的エクスタシー


「は、初めて実物で見ました越中具足!無駄な装飾が省かれ動きやすく実用性重視のこのデザイン!そして黒揃えのツヤにこのシルエット!戦場を駆ける黒豹の如く勇姿が目に浮かぶ!!ふぅふぅふぅ、滾る・・・ぐうぉぉぉぉ!!!カックイイ!!!」


 再起動した栗林さんが大興奮で喚くようにツバを飛ばしながら早口でなにやら騒ぎだした。栗林さんがテンションMAXになると、こんなにも饒舌になるんですね。

 ですが、正直なところなにを言っているのか半分も分かりませんが、とにかく栗林さんの性癖に直撃したことだけは分かります。


「ど、どうしたの栗ちゃん!?」

「お、落ち着いて栗ちゃん。ピンフ君も怯えてるから」


「落ち着いていられますか!目の前に明治政府軍と戦った本物の越中具足がッ! ああ、夢のよう・・・このまま、この家の子になりたい・・・」


 普段は控えめでモジモジしている栗林さんが、髪を振り乱して口からヨダレを垂らし、眼が完全に逝ってしまっている。これが噂に聞く、文系女子的エクスタシー・・・おそろしや。


「せ、先生、栗ちゃんが壊れた!どうしよう!?」

「このままだとこの甲冑着て出陣してしまいますよ?」


 栗林さんは甲冑に少しでも近づきたいのか、ガラスにへばりついて腰が奇妙な動きをさせていた。


「ええ・・・どうしましょう。麻酔銃でもあれば眠らせるのですが、とりあえず、気の済むまで滾らせてあげましょうか」


 読書部顧問と部長と副部長の三人と黒猫一匹でしばらく無言のまま栗林さんの奇行を眺めていると、3分ほどで正気を取り戻した。


「す、すみません。こ、興奮しすぎて、我を、忘れて」ぐふ


「もう大丈夫ですか?」


「は、はい。み、見苦しい、姿を、み、見せて、ごめんなさい」ぐふ


「もしよかったら、兜だけでも被ってみます?私も詳しくないので胴や脛当は着け方が分かりませんが、兜なら被るだけですし」


「わ、わわたしのような、あ、足軽風情が、恐れおおい!」アワワワ


「二十数年生きてきた文系女子の私でも、『私のような足軽風情が』などと言って遠慮する女子高生、初めて見ましたよ」


「こんなチャンス、二度とないかもだよ?遠慮せずに、兜着けてみたら?」

「そうだね。せっかくだし栗ちゃんのデジカメで写してあげるよ」


「で、でも・・・い、いいんですか?」ぐふ


「ええ、これだけ激しく自我崩壊してしまうほどの甲冑マニアの女子高生に被ってもらえたら、ご先祖さまもきっと『どうだ?俺の甲冑、かっこいいだろう?』と鼻高々に喜びますよ」


「確かに笹錦家のご先祖さまなら、本当に言いそう」

「むしろ『甲冑着て一緒に戦に行こうぜ!』とすら言うでしょうね」


 ウチのご先祖さまへの遠藤さんと里子さんの認識が、なんだかおかしい。

 バックヤードから中に入り、目的の漆黒の兜を手に取ってフロアに戻り、栗林さんの頭に乗せた。

 すると、栗林さんは目を見開き、全身がブルブル震えだした。


「栗ちゃん、こっち向いて!」カシャ


 栗林さんの一眼レフを預かった遠藤さんが兜姿の栗林さんを撮影しているが、少しサイズが大きい兜を髪が乱れたまま被ると、まるで落武者のようだった。


「先生、せめて髪を整えてあげたほうが」


「ええ、そうですね。落武者スタイルの女子高生では、締まりませんよね」


 ピンフを抱っこしたままの里子さんと相談していると、先ほどの大興奮が嘘のように黙って震えている栗林さんの鼻からひと筋の血が流れた。


「あ、栗ちゃん、鼻血」

「ホントだ、鼻血出てる」


「興奮しすぎて、のぼせてしまいましたね」

 そう言って、ポケットティッシュを取り出して、丸めて鼻に詰め込み、一度兜を外して垂れた血を拭いてあげ、髪を櫛で整えてから再び兜を被せた。


「栗ちゃん、ハイ、ピース!」


「ぐふ」


 カシャ


 兜を被り、鼻にティッシュを詰めたままピースサインをする栗林さんは、百点満点の笑顔だった。


「せっかくなので、兜姿の栗林さんを囲んで、皆さんも写しますよ」


「あ、ぜひ!」


 鼻ティッシュに兜姿の栗林さんを真ん中に、右に遠藤さん、左にピンフを抱いた里子さんが並び、栗林さんの一眼レフで撮影した。


 カシャ


「なんか、戦に勝ったあとの記念写メみたいだね」

「どちらかというと、七五三?」

「あ、あえて、モノクロに、し、したい」ぐふ


 兜一つでこんなにも喜んでくれるだなんて、栗林さんの純粋さに気持ちがやわらぎます。


「あ、先生も栗ちゃんと!」


「では、私も記念に」


 カシャ


「なんか、栗ちゃんのティッシュ詰めた満面の笑顔と先生の澄ました表情に、凄い落差が」

「栗ちゃんの兜姿に慣れると、先生の方に場違い感あって、なぜかシュールだね」


 たしかに、このツーショットは妙にシュールだった。


「せ、先輩と先生も、う、写す」ぐふ


「そうだね!栗ちゃん、お願い!」


 ピンフを抱いた里子さんと遠藤さんと私で並ぶと、鼻ティッシュに兜姿のままの栗林さんが一眼レフを構えた。


 すると

「ぶっ」

「ぶっ」

「ぶっ」


 私たち三人同時に吹き出した。

 その姿でカメラを構えるのは反則でしょう!


「き、気分は、幕末戦場カメラマン」ぐふ


 カシャ


 ひと通り記念撮影を済ませると、兜を元の位置に戻して、最後の部屋へ進んだ。

 ここでは、この里の開拓記録や、明治以降の事業展開などを写真や新聞記事なども展示して紹介している。

 この歴史資料館は設立当時、小学生だった私が監修しており、実は館長も私である。その私が資料館設立に際し最も力を入れたのが、ブランド米ササニシキの歴史と笹錦家との繋がりを紹介するコーナーで、それもこのフロアで展示していた。


「さて、この笹錦歴史資料館館長イチ推しのコーナー!『ササニシキと共に歩む笹錦』ですよ!」


 甲冑ではしゃぎ過ぎたせいか、心なしか三人とも疲れているようにも見えますが、本領発揮とばかりに張り切って解説を始めた。


「皆さんご存知のブランド米ササニシキは、昭和38年宮城県で誕生し、笹錦家十五代当主漢升(かんしょう)が家名と同じブランド名ということで興味を持ったのが始まりでした。急ぎ取り寄せ試食した漢升は、ササニシキの炊き上がりの香りの良さと、口の中で心地よくほどけるやわらかな食感を大層気に入り、『これこそ、我が一族の総力を挙げて世に広めるべき至宝ぞ!』と五年の歳月をかけてその栽培技術を研究し、それまで無銘柄米を稲作していたこの里で広め、今では里の全ての田んぼでササニシキを稲作するように――」


「しぇ、しぇんしぇい、ま、また、はなぢ、出てきた」ぐふ


「栗ちゃん、興奮しすぎたから疲れてるんだよ!」

「顔色も良くないし、早く横になって休ませたほうがよさそうですね」


 むむ

 たしかに、生徒の体調が何よりも大事。

 それが、例え我が魂に宿すササニシキと言えども。

 まだまだ語り足りませんが、致し方ないですね。残念。









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