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滅びの魔女は、今日もおにぎりを頬張る  作者: バネ屋
第十章 開かれた知識の蔵
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#71 若き文系女子たちの知的好奇心


 一人だけ先におにぎりと梨を食べ終わると、まだ食事中の三人に、どんな書物を読もうとしているのかを尋ねることにした。


 遠藤さんは「最初に興味を惹かれたのが『豆腐百珍』って本で、さっきまで撮影してたんですけど、お料理の本?実用書みたいな内容ですよね?江戸時代の実用書って面白そうだから他にも探そうかと考えてます」と、意外なジャンルに注目していた。


「なるほど、物語ではなく実用書ですか。面白いところに注目してますね。遠藤さんが言う通り、今で言うお料理本ですね。1782年に刊行されて大ヒットした人気本なんですが、当時の時代背景を絡めて読むと面白いかもしれません」


「1782年ですか?うーん・・・あ!天明の大飢饉!?」


「そうです。日本史もきちんと勉強していますね。幕府の財政難が続く中で田沼意次が政治的実権を握って贅沢を禁止する政策が続いていたんですが、皮肉なことに天明の大飢饉が起きて、日本各地で経済的に大打撃を受けた年だったんです。豪勢な遊びや食事が禁止されて、庶民だけでなく諸大名も不満を募らせている中での大飢饉。そんな時になぜ豆腐料理の本が人気だったのか?と考えると、当時の読者心理に近付くことができるかと思います」


「なるほど・・・古典作品にも当時の流行があって、その理由には時代背景も影響しているということなんですね。贅沢ができないから、質素な料理の中にも楽しみを見つけようとしたとか・・・」


 さすが遠藤さん。少しアドバイスをしただけで、私が言いたいことを理解してくれている。


 栗林さんは「に、日記?『伯約公記』全五巻。ち、超大作の予感、します」と、これまたマニアックなところに注目していた。


「その通り、日記ですね。笹錦家十代目当主の伯約はくやくという方の日記なんですが、タイトルはかの有名な織田信長公の『信長公記』を真似たそうです。内容も、世情に対する不満や職務の愚痴に妄想話など書いてあって、今で言う中二病日記ですね。小学生の時に私も目を通しましたが、どこまでが事実でどこからが冗談なのか分からなくて、非常に混乱したいわく付きの日記なんですよ」


「の、信長の真似・・・伯約さん、先生と同じ臭いが」ぐふ、ぐふふ


 滾る栗林さんは、相変わらず冷静な洞察眼ですね。私自身も、ご先祖様と文学的感性の遺伝を自覚しています。

 いえ、私は真似じゃないですよ?リスペクトですから。


 そして、里子さんは「まだ決めかねています。祭事関連の記録があれば読みたかったんですが、見つからなくて。あとは、蔵の建築に関係する資料などもあればと思うんですが」と、まだ悩んでいるようだ。


「祭事関連の記録は私も見たことがありませんね。恐らくですが、笹錦家は代々信心深くは無かったようです。一応仏教徒ではあるんですが、『念仏を唱えても病にはなるし、天に祈りを捧げても雨は降ってくれない』と、現実主義が家風だったと考えられますので、祭事はお付き合い程度で、『お布施するくらいなら振る舞い酒をしたほうがマシだ』と言うご先祖様もいたくらいです」


「そうですか。何か因果に関係するような祭りは無かったか調べたかったんですけど、難しそうですね」


「ですが、蔵の建築に関係する資料なら見たことがありますよ。それぞれの蔵ごとにあったと思うのですが、未整理分のダンボール箱の中だと思いますので、探さないといけません」


「建築に関する資料って、設計図とかですか!?」


「そうだと思います。なにぶん専門外なので、見つけた当時は興味がなくて、見てもよく分かりませんから、未整理分としてダンボールに収納したままなんです」


「おおぉ・・・六棟分全部残ってるんですか!?」


「んー、どうだったかしら?それぞれの蔵のダンボールを探してみないことには」


「探してみたいです!」


 普段は冷静沈着な里子さんが、こんなにも前のめりになって興奮するのは珍しい。ならば、私の役目はフォローすること。


「では、私も手伝いますので、あとで順番に探してみましょうか」


「はい!お願いします!」


「それでは、お喋りしているあいだに皆さん食べ終わったようなので、食後の散歩がてらに、栗林さんが楽しみにしていた歴史資料館へ見学に行きましょう」


「い、行きます!」ぐふふ


 あとで戻って作業を再開するので、蔵のクーラーはつけっぱなしのまま施錠だけして、三人を連れて歴史資料館へ向かった。ちなみにピンフは、里子さんが抱っこして連れてきている。

 歴史資料館の正面玄関から入ると、事前にクーラーを入れておいたおかげで涼しくて快適だった。


「最初の部屋では、初代(江戸初期)から十六代目(平成初期)までの家系をまとめた年表と家系図の実物に、その時々の世情や歴史的な事件などを並べて紹介しています」


「こうやって一つにまとめると、370年ってめっちゃ長いですね」

「これを全部先生が小学生の時に調べたとは・・・」

「じ、十代目、伯約さん、い、いた」ぐふ


「環境さえあれば、皆さんにだってこの程度の調査はできますよ。一番大切なのは、好奇心と探求心を持ち続けることです」


「小学生ならもっと他のことに興味がいきそうですけど、どうやってモチベーションを維持してたんですか?」


「モチベーションを維持するという発想はありませんでしたね。小学生当時は、ただ『知りたい』『知らないままなのが許せない』と、そんな思考回路だったと思います」


「ち、知識欲の、も、モンスター」ぐふ


「確かに、目の前に膨大な資料があれば、純粋な小学生が知りたい欲求を爆発させてしまうのも、なんとなく分かります」


「ネットで調べれば何でも分かる時代でも、自分の家系はネットじゃ分からないですもんね」


「他に興味が向かなかったというのも大きいですけどね。猫と一緒に蔵に忍び込むのが、楽しくて仕方なかったんですよ」


 順路を次に進むと、栗林さんお待ちかねの武具類が展示してある部屋になる。

 資料館の中でも一番広いこのフロアには、三組の甲冑の他に日本刀や西洋式銃が多数展示されていて、ショーウィンドウのようにガラスで仕切られ、ライトアップされている。


「おおおおおぅ・・・」


 その栗林さんは感嘆の声を漏らしたまま、固まってしまった。


「ここで展示しているのは、江戸後期の物がほとんどで、実際に戊辰戦争で使用した物もあります」


「ここにあるものより古い世代の物は、どうしたんですか?」


「傷みが酷くて修復ができなくて、展示しても見栄えがよろしくないからと別の場所で保管してますね。実際には、刀と甲冑は代々の当主がそれぞれ自分用に作っていたようですが、まともな形で現存しているのは、ここに展示している物くらいしかなかったんですよね。 あとは、初代が大阪冬の陣で武勲を立てた槍だけは何度も修復しながら家宝としてずっと受け継がれているんですが、その槍は今は祖父の部屋で保管しています」 


 遠藤さんと里子さんは勉強熱心な表情で私の解説を聞いていたが、それまで固まっていた栗林さんが、再起動した。


「ぐうぉぉぉ!!!か、カックイイ!!!」







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