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滅びの魔女は、今日もおにぎりを頬張る  作者: バネ屋
第十章 開かれた知識の蔵
70/95

#70 握りと短歌に思いを込めて


 今日は暑いので、炊きたての白米にいつもより塩を効かせて、四種類の具を四つずつ握り、コンロで炙った海苔を一つ一つ巻いていく。

 

 私も中高生のころ、多くの書物の整理に追われて蔵に籠っていると、柿本さんや他の使用人さんがお昼ご飯によくおにぎりを蔵まで運んでくれたものですが、今度はこうして自分が、蔵で学ぶ教え子のためにおにぎりを握っている。

 

 私の青春は、蔵が全てだったように思う。

 だから、蔵という環境と応援してくれた家族のおかげで、今の私があると言える。

 学校では周りと距離をおき、家に帰れば毎日時間を忘れて文字を貪った。そんな私のために、家族は環境を整え、自由に学ぶことを後押ししてくれた。母が口うるさかったのも危ないからで、蔵の書物を研究することも、大学へ進学して研究を続けることも応援してくれていた。

 読書部の三人はそれぞれ性格は違えど、教師である私の眼から見ても学力的には優秀だし、好奇心と探求心も旺盛だと思う。特に、文学や歴史への強い好奇心と理解力は、さすが文系インドア女子と言いたい。

 そんな三人がこの夏合宿でどんな書物を読み、なにを学んでくれるだろうか。ここから先は本人たちの自主性に任せて、母や父のように私も見守ることに徹しようと思う。


 柿本さんにお願いして用意してもらった竹皮を四人分拡げて並べ、おにぎりを十分冷ましてから均等に分けて包み、中身を潰さない程度に紐で縛って完成。これなら、田舎感バッチリ。都会っ子の文系インドア女子には、こういうノスタルジックな風情が刺さるはず。

 竹皮の包みの出来栄えに満足したので籐細工の籠に入れ、先ほどご飯が炊けるのを待つ間に剥いて塩水に漬けたまま冷蔵庫で冷やしておいた梨と、同じく冷蔵庫で冷やしておいたおしぼりを取り出して、それぞれタッパーとおしぼりケースに移して籠に入れた。


 時計を見ると、11時を回ったところ。

 お昼ご飯には少し早いですけど、せっかく用意したので早くみんなに食べてもらいたくて戻ることにした。せっかちな性分ですからね。

 私が準備をしている間キッチンマットの上でお昼寝をしていたピンフに、「そろそろ戻るわよ」と声をかけると、起きて伸びをした。


 藤の籠を持って玄関を出ると、先ほどよりも日が高く日差しが強い。

 堪らず日傘をさして蔵へ向かおうとすると、ピンフが玄関の日陰から出ようとしない。黒猫にはこの日差しの中を歩くのはきついのだろう。


「どうしたの?行くわよ」


「・・・」


 声をかけても、動こうとしない。


「冷やした梨とおしぼりが温くなってしまうから、早く行くわよ」


「・・・」


 ジッと私を見つめたまま、無言だ。

 無言なのはいつものことですが、こういう時は何かを要求している時だ。


「もぉ、仕方ないわね。だっこしてあげるから行くわよ」


 せっかちな私が、根負けした。

 藤の籠を右腕に通して日傘を持ち、そのまましゃがんで左腕をピンフのお腹へ回すと、大人しく抱き上げられた。本当に、こういう時だけだっこさせてくれるのね。現金なヤツめ。


 子供の頃には気にならなかった本邸から蔵までの距離が、四人分のお昼ご飯とピンフを抱えているだけで、なんだか遠く感じる。それに、日傘をさしているとはいえ、この暑さ。蔵に到着するころには額に汗が浮かび、両腕がダルくなっていた。


 蔵の傍で、麦わら帽子を被った里子さんが、石畳の歩道から外れた砂利を敷き詰めたエリアをうろうろしながら、なにやらスマホで蔵の外壁や土台などを撮影していた。


「里子さん、どうしました」はぁはぁ


「蔵ごとに作られた時期が違うと聞いて、外観の違いを調べてました、って、先生こそそんなに荷物を抱えてどうしたんです?」


「お昼ご飯を作ってきたんですが、ピンフが日なたに出たがらないので、ここまで抱えてきました」はぁはぁ


「ピンフ君は置いてくればよかったのに」


 里子さんはそう言って、ピンフを私の腕から抱き上げてくれたので、ようやく左腕が解放された。


「里子さんも汗だくですね。外は暑いですから中へ入りましょう」


 日傘を閉じて、ピンフを抱えた里子さんと1つ目の蔵へ入ると、クーラーが効いていて涼しい。江戸時代の蔵を快適にしてくれる人類の叡知の素晴らしさが、身に染みる。


「ただいま戻りました」


 中では遠藤さんと栗林さんが協力して、作業台の上で何かの書物を開いてタブレットのカメラで撮影をしている最中だった。


「あ、先生!お帰りなさい!」

「さ、里子先輩とピンフ君も、お、お帰りなさい」ぐふ


「撮影してたんですか?」


「そうなんですよ。最初はここで読もうと思ったんですけど、語訳できないとほとんど意味が分からなかったので、読みたい本は全部写して、データで持ち帰ることにしたんです」


「なるほど。確かにここで調べながら読むには時間がかかりますし、データで持ち帰れば、夏休み中に語訳する時間もあるでしょうから、合理的ですね」


 現代っ子らしい機転に感心しつつ、藤の籠を置いて上がりに腰掛け、タオルで汗を拭うと、「そろそろ休憩にして、お昼にしましょう」と声をかけた。


「お昼はここで食べるんですか?」


「ええ、人数分おにぎり弁当を用意してきましたので、遠藤さん、配ってもらえますか?」


「了解です」


 竹皮の包みとおしぼりを配り終わると、四人で輪になって板張りの床に座って、食事前におしぼりで手を拭った。ちなみにピンフは、外がよほど暑かったのか、上りの淵で伸びて涼んでいる。


「竹皮で包んだおにぎりなんて初めてです」

「そう言えば、元は竹の群生地でしたね」

「さ、笹錦家の、竹皮むすび。え、江戸時代に、戻ったみたい」ぐふ


 ふふふ

 狙い通り、竹皮のおにぎりに好反応ですね。


「こういう風情を楽しむのも、乙というものですよ。では頂きましょうか」


「頂きます!」× 4


「塩が効いてて美味しい!具は野沢菜?」

「私のは、梅干し」

「た、たくあん」ぐふ


「他にも塩鮭の、全員四種類ずつにしてありますからね」もぐもぐ


「え!?先生が作ったんですか!?」


「ええ、そうですよ。おにぎりは毎日握ってますから、お手の物なんです」もぐもぐ


「塩はムラなくしっかりと効いてて、具を四種類に分けて、高級海苔は炙ってから巻いて、手間暇かけてますよね?」


「その通りです。たかがおにぎりですが、手間暇かければ立派なご馳走になるんです」


「さ、冷めてても、お、お米、おいしい。さ、ササニシキ、侮れない」ぐふ


「よく気付きましたね。栗林さんが言う通り、ササニシキはあっさりとした食感が特徴で粘りが少なく冷めても味が落ちないので、おにぎりやお寿司にするとその良さが際立って、他のブランド米との違いが顕著に出るんですよ」


「笹錦の里で竹皮に包まれたササニシキのおにぎりをほおばって、蔵の書物を読みふける・・・宿題の短歌にできそう」


 遠藤さんはそう言うと、頭句を詠んだ。


「いにしえの~」

「蔵の扉を~」

「いざ開き~」ぐふ

「竹の香りと~」


 遠藤さんに続き、里子さん、栗林さん、そしてまた遠藤さんが詠むと、ラストは私に振られた。


「ピンフのイビキ」


「うーん・・・」

「うーん・・・」

「せ、先生が締めると、し、締まらない」ぐふ


「古文の先生なのにね・・・」もぐもぐ

「ね・・・」もぐもぐ


 くっ

 今のは突然振るから!







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