#69 蔵と黒猫とおにぎり
「では、授業はここまでにして、読書タイムにしましょうか」
「ハイ!」× 3
作業用デスクに置いてあったファイルを遠藤さんに渡し、引き出しに入れてあった新品の手袋を三組取り出して栗林さんに渡してから、蔵の利用についてのレクチャーを始めた。
「このファイルに蔵ごとのリストがありますので、棚のアルファベットとナンバーを頼りに探してみてください。棚の書物は全てジップロックに入れてありますが、読む時は手袋をしてから取り出して、読み終わったらジップロックに入れて元の位置に戻すのを忘れずに」
「ジップロックから出して読んでも良いんですか?」
「ええ、もちろんです。古くて資料価値があろうが、書物とは読むためのものです。読書部の皆さんなら大切に扱ってくれるでしょうから、ご自由にどうぞ」
「触れるのは嬉しいけど、ビビるね」
「直に触れるとは思いませんでした」
「て、手袋、配る」ぐ、ぐふ
「棚以外にもダンボール箱がいくつか置いてありますが、そちらは未整理分の私文書ばかりなので触らないようにお願いします。それと、危ないので梯子で二階には上がらないようにしてください。上がっても何も置いてませんからね。あとはお手洗いですが、ここにはありませんので、本邸か迎賓館へ行ってください」
注意点など概ねの説明を終えると、三人は相談を始めた。
「り、量が多くて、こ、ここだけで、お腹いっぱい、です」ぐふ
「蔵が六棟あるけど、バラバラに別れるより一緒に見ていかない?」
「そうだね。これだけの量をあと四日間で見て回るのは無理だし、私は建物自体も調べたいから、一ヵ所を集中的にいこうか」
三人の方針が決まったようなので、私は一旦離れることにした。
「今日は暑いので、こまめに水分補給を忘れないように。私は換気中の他の蔵を閉めてから所用を済ませてきますので、何かあればスマホへ連絡をください」
「了解です!」
「行ってらっしゃい」
「せ、先生も、水分補給、わ、忘れないで」
今日は他の蔵は見ないようなので、蔵を出ると他は順番に扉を閉めていき、最後に六つ目の蔵へやってきた。
先ほど扉を開けて回った際にピンフはこの蔵へ入っていったので、多分いまもいるのだろうから、閉じ込めてしまわないように声をかけた。
「ピンフ、扉閉めるわよ。出てきて頂戴」
私が声を掛けると、吹き抜けの二階からピンフが顔を覗かせて、目を見開いて眼力で何かを訴えていた。どうやら梯子を伝って二階へ上がったは良いが、降りられなくて助けを求めているようだ。
「仕方ないわね」と零してから梯子を登り、二階に顔を覗かせて「降りるわよ。いらっしゃい」と声をかけると、トコトコと歩いて近寄って来たので、お腹を抱え込むように左手で捕まえ、そのまま梯子を下りた。
こういう時だけ抱かせてくれるのね。現金なヤツめ。
下に降りてピンフも下ろして扉を閉めて、日傘をさして今度は歴史資料館へ向かうと、ピンフも後をついてきた。
今日は本当に暑いので、後で歴史資料館も案内するために、先にエアコンを入れて涼しくしておくことにした。
歴史資料館に着いて建屋の裏口を解錠して扉を開けると、ピンフが中へ突入したので後に続いて入った。ここも湿気を含んだ空気で充満していたので、換気扇とエアコンをフル稼働させて正面玄関も解錠すると、一旦本邸へ戻ることにした。
正面玄関から出て、「ピンフ、行くわよ」と声をかけると素直に後をついてきた。妙に素直なのは、先ほど蔵の二階で降りられずに怖い思いをしていたのを助けたからなのか。
私がこの家に生まれてから、黒猫が住みつくようになった。
ピンフは三代目で、その前の二代目はトイトイ、初代はイーペーコー。ちなみに、三匹とも母が名付けた。
イーペーコーのことはよく憶えていませんが、母や父が言うには「真乃の守り神」だそうだ。トイトイに関しては、幼少期から高校生までの間、ずっと私の傍に居た唯一無二の友達であり家族だった。そしてピンフに関しては、母曰く「真乃を見張るお役目」だそうですが、私としては、居候?一人暮らしをする私が寂しい思いをしないようにと父と母が手配してくれて、今のマンションで一緒に暮らす、相棒ですね。
と、野良だった黒猫に対して、我が家では特別な扱いをしている。西洋では黒猫は不吉なものとして忌み嫌われていますが、日本では逆に魔除けや幸運の象徴とされており、特に母は代々の黒猫を家族と同じように大切に扱い、労いの言葉をかけているのを何度も見かけましたし、イーペーコーとトイトイのお墓を先祖代々の墓に並べて建てたのも、母だった。
そうだ。お盆も近いことだし、今回の帰省中にピンフを連れてイーペーコーとトイトイのお墓参りもしておこう。
本邸へ戻ると、柿本さんにお願いして、キッチンを借りて昼食のおにぎりを作ることにした。
せっかくですからね、顧問としてだけでなく笹錦の人間として部員の三人に、美味しいおにぎりを振舞いたいと考えていた。
こう見えても、料理に関しては自信がある。
使用人を多く抱えるウチのような家では、普通は料理などは全てお任せするのでしょうけど、高校時代に県外へ進学のために実家を出ることが決まってからは、自炊できるようにと母や柿本さんに厳しく仕込まれ、あの母ですら『お料理に関しては、非凡な才能がある』と認めてくれていたので、人並み以上の腕前だと自負している。
たかがおにぎり。されどおにぎり。
毎日お弁当のために握り、ササニシキのソウルを宿す私にとって、おにぎりにはひとかたならぬ思いがある。
お米五合を拝み洗いで洗米して炊飯ジャーにセットすると、具材選びを始めた。
自家製の梅干し、たくあん、野沢菜に、塩鮭も良いですね。




