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滅びの魔女は、今日もおにぎりを頬張る  作者: バネ屋
第九章 現世での生家
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#66 里帰りの夜に思うこと


 食事を終えて自室に戻ると、浴衣姿のまま畳の上で仰向けに横になった。

 けど、疲労感と満腹感でぐったりな私とは対照的に、読書部の三人はまだまだ元気だった。

 私がとうに失った十代の若さが、羨ましい。


「はぁ~、美味しかったぁ、もうお腹いっぱい!」


「美味しかったね。アワビやウニをこんなに食べたの初めてだよ」


「お、お肉、やわらかかった。お、お米も、ウチで食べるのより、お、美味しい」ぐふふ


「そうそう!ご飯が美味しい!先生が『ササニシキ一択』って言ってたの、分かるよね!」


「今ちょうど稲刈りが始まったばかりの時期で、わざわざ今夜の夕飯のために新米を用意してくれてたみたいだよ」


「さすが先生の実家だよね!食べ物へのこだわりが半端ない!」


 ふふふ

 ササニシキの名産地で、その真価を発揮してますね。

 ウチのお米を美味しいと言ってもらえると、我が事のように嬉しいですね。

 ですが、普段よりも豪勢な食事に、私も調子に乗って食べ過ぎました。


「帯を、緩めたい・・・」


「せ、先生が、いつもより、ぐ、グロッキー」ぐふ


「電車で長距離移動してようやく実家に帰ったら、あいさつ回りに着付けでしたもんね」


「それに加えて、お父さまが学園にまで手を回していた事実を知って、普段は強メンタルの先生でも精神的ダメージが大きいのでしょうね」


 私が精神的ダメージ?

 意外なことを言われて、思わず体を起こして思案した。


 確かに里子さんが言う通り、自分でもメンタルは強いと思う。物怖じしないし大勢の人を前にしても緊張することなく平常心でいられる。他人に何かされても、怒ることはあっても泣かされたことは一度もない。むしろ相手が泣くまであの手この手で倍返しにする性分だった。

 そんな私はこれまでの人生では、並大抵のことで落ち込んだり精神的に傷ついたりしたことがない。唯一覚えがあるのは、トイトイが亡くなった時だけだろう。

 しかし、父が言っていたように、就職して多くの同僚や生徒たち相手に仕事をするようになって、自分の思い通りにいかないことや失態が増えて、焦りや動揺をするようになった。これには自分でも自覚がありましたけど、それを精神的ダメージとは思っていない。


 けど、里子さんは父の所業に対して、私が傷ついているという。

 もし本当にそうなら、何に傷ついたというのだろう。

 社会人になっても過保護で子ども扱いなこと?

 それとも、異性からのアプローチが父のせいで無くなったこと?


 うーん、確かに驚いたし『社会人になってまで』と恥ずかしい思いはしていますが、過保護なのは昔からずっとそうなので、今更傷つくようなことではない。それに、冷静になって考えれば、職場で男性からの要らぬアプローチが無いことは、私にとっては歓迎すべきことですからね。

 だからきっと、ただの気疲れなのでしょう。


「む、無敵の笹錦先生でも、に、人間だった」ぐふ


「こう見えても、私はただの国語教師ですよ。他人よりちょっぴり度胸があるとは思いますけど、普通に仕事をして、趣味に生き、お昼のおにぎりの具に頭を悩ませる、どこにでもいる普通のうら若き乙女ですからね」


「先生は、普通じゃないですよ。いつもいきいきとしててかっこ良くて、私たちの憧れですから」


「そうだね。教師1年目なのにいつも堂々としてて、こんな生き方してみたいと女性として憧れますね」


「わ、私は、1年生だから授業受けられない。で、でも、先生と同じ部活、入れてよかった」ぐふ、ぐふふ


 面と向かって教え子たちにこんなふうに言われると、胸の辺りがムズムズとくすぐったいですね。

 なんだか恥ずかしいので、話をそらすことにした。


「お風呂の準備ができるまで、読書タイムにしましょうか。読書部の合宿なのに、今日はまだ読書していませんからね。旅先での女子トークもいいですが、浴衣姿で読書というのも一興です」


「はーい」


「では、私は先生が中学時代に書いた論文を」クイッ


「う、雨月物語の、他の短編、よ、読むです」ぐふ


「じゃあ私は、先生の本棚から拝借しようかな」


「本棚の本はご自由にどうぞ。私は少し休憩しますね」


「先生、どうせ横になるならお布団で寝た方が疲れがとれますよ」


「お布団敷きますね。先生はゆっくり休んでてください」


「すみません。お言葉に甘えてお布団で休ませてもらいます」


 遠藤さんが敷布団を敷いてくれたので、体を横たえた。

 仰向けになって幼少期から見慣れた天井の木目を眺めると、実家に帰って来た実感が急に湧いてきた。

 家族や里の住人、里の生活を守るローカル線に派出所、消防署、町役場と、どこもかしこも、私が里を出てからも時を止めたように昔のままの営みを続けていた。私が生まれ育ったこの里は、古くからのしきたりと一族の誇りを守り、そうやって370年経った今も繁盛している。

 いずれ父が当主を継ぎ、玄徳も結婚して、きっとこの先も今と変わらず笹錦家を守っていくのだろう。

 けど、高校の教員になった私は、ここに戻ることはないと思う。私には古文の教師としての志もありますし、玄徳の代になった時、小姑の私は邪魔でしょうからね。

 こうやってたまに里帰りして、家族の元気な姿を見て、のんびり過ごすくらいがちょうどいいですね。


 ぼんやりと物思いにふけていると、眠くなったので軽く目を閉じた。

 すると、いつの間に戻っていたピンフがお腹の上に乗ってきた。


「だ、だめ、今はお腹に乗らないで・・・く、苦しい」


 満腹感で苦しいお腹の上から退くように訴えても、ピンフは腰を下ろして目を瞑り、寝る体勢に入った。久しぶりの実家だというのに、寝る時はマンション暮らしと変わらず、私の傍ということだろうか。


「お腹が苦しくて動けない・・・だ、だれか助けて・・・」




 第九章 終

 次回から、第十章 開かれた知識の蔵






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