#62 無自覚な気前の血脈
本邸の表玄関に着くころには、四人とも額に汗を滲ませていた。
石畳の歩道は多くの植木に囲まれているので木陰がありましたが、読書部の三人は休むことなく興奮した様子で、六棟の蔵や迎賓館の庭園などを写真に収め、暑さは気にしていない様子だった。
表玄関には、着物姿の母と使用人の柿本さんが待ち構えていた。
「ただいま帰りました」
日傘を閉じて挨拶すると、読書部の三人も私に続いて挨拶した。
「こんにちは!更科学園読書部です!」ペコリ
「こんにちは、よろしくお願いします」ペコリ
「よ、よろしく、お願いします」ペコリ
「真乃の母です。このような田舎まで、よくいらっしゃいました。長旅お疲れでしょう。ゆっくりしていってくださいね」
「はい!部長の遠藤と申します!お世話になります!」
「副部長の松金です。お世話になります」
「く、くり、栗林です。お、お世話に、なります」ぐふ
三人とも挨拶はきちんと出来る子たちなので、母も柿本さんもニコニコと笑顔で出迎えてくれた。
「ところで真乃、ピンフはどうしました?」
「迎賓館までは一緒でしたけど、懐かしくてその辺で遊んでいるのかしら? ピンフー!おいでー!」
ピンフの名前を呼ぶと、植え込みの隙間から黒い物体が物凄い勢いで飛び出してきたが、母が目にもとまらぬ身のこなしでサッと捕まえて、両手で抱き上げた。
「ピンフも元気そうですね。真乃を見張るお役目、ご苦労様です」
母に労いの言葉をかけられたピンフは、目を細めて体を弛緩させてダラリと伸びている。
私には全然抱かせてくれないのに、母はあっさりと抱き上げ、ピンフも全く逆らおうとはしない。ピンフも逆らってはいけない相手というものをよく理解しているのだろう。
柿本さんの案内で表玄関に入ると、来客用のスリッパが4つ並べられており、それぞれ靴を脱いで上がり、スリッパを履いた。この表玄関は来客用の玄関で、実家にいた時は家族用玄関を使っていたので、私自身もここから上がるのは初めてかもしれない。
廊下を真っ直ぐ進み、応接室や客間の前を通り過ぎ、さらに進んで右へ左へと長い廊下を進むと階段があり、2階に上がるとようやく目的の部屋へ到着した。
扉を開けるとピンフが我先に突入していき、続いて入ると、手前に6畳の洋室があり、奥の襖の向こうには12畳の和室があって、寺内さんに先に運んで貰ったみんなの荷物や私が事前に宅配便で送った荷物はそこにまとめて置いてあり、他にも4人分の敷布団が畳まれた状態で山積みされていた。
この二部屋は私が高校卒業まで使っていた部屋で、6畳の部屋には机とベッドがあって、主に勉強したり寝たりする部屋で、奥の12畳の和室では、主に蔵から運び込んだ書物や家系図などを広げて調査したりするのに使用していた研究室代わりだったのだけど、6畳のほうは当時のまま残してあるが、12畳のほうは、座卓が1つ置かれているだけになっていた。
当初、母からは客間を用意すると言われていましたが、私からの要望で、私の部屋でみんなと一緒に寝泊まりすることにした。夏合宿での私の目的は、青春時代に味わえなかった部活動の合宿気分を満喫することですからね。
室内はすでにエアコンがフル稼働で涼しくしてあり、案内してくれた柿本さんが退出すると、みんな畳の上にへたり込んで、口々に疲れを吐露した。
「先生んち広すぎ!途中から方向感覚がマヒしてましたよ!」
「迷路のようだったね。私も途中から出口に戻っているんじゃないかと不安になりました」
「に、忍者屋敷みたいで、と、トラップに注意しながら、あ、歩いた。さ、笹錦屋敷、お、恐るべし」ぐふ
「私も初めて表玄関から上がりましたけど、廊下が長くて疲れましたね。普段使う家族用の玄関はここからすぐですので、次からはそちらを使いましょう。ちなみに高校を卒業するまでこの家で過ごした私でも、近寄ったことのないエリアや部屋もまだまだありますけど、トラップなんてありませんからね!」
「自分の住む家なのに知らない部屋があるとか、まさしくお城に住むお姫様ですね。マノン姫もきっとそんな感じだったのでしょう」
「これだけ大きいお屋敷だと、地下牢とか座敷牢がありそうですよね」
「さすがに地下牢は無いと思いますが、米ソの冷戦時代に作った地下シェルターならありますよ」
「歴史資料館とか地下シェルターとか、なんでもありですね。ヘリポートとか温泉とかもありそう」
「温泉ではありませんが、露天風呂はありますね。あ、あとテニスコートやバスケットコートなんかもあるんですよ。テニスコートは母の趣味で、バスケットコートは弟が中学高校とバスケ部に所属していたので、練習用に作ったんですよ」
「なんか、先生の血筋というか性分が分かってきました。即断即決が信条って言いながら貴重な『雨月物語』の写本を簡単に寄贈してましたけど、先生が特別なわけじゃなくて笹錦家の人、みんなそんな感じなんですね。ケチケチしてないと言うか、気前がいい?太っ腹?」
「あ、だから昔から借金の相談が多かったんですか?借金の申し入れの古い書簡だけでダンボール3箱分もあるとか言ってましたよね?」
「今まで考えたことはありませんが、そういうことになるのでしょうかね。改めて考えると、母や祖母は倹約家だと思いますが、祖父も父もケチではありませんね」
そういえば、写本を寄贈した時に武田学園長や村上教頭も驚いていましたっけ。
生徒からこうして指摘されるということは、私の感覚がズレているのかしら。
倹約だとか気前がいいとか考えたことはありませんでしたが、ヒトというのは、そういう物差しで他人を測るのかもしれませんね。




