#60 お嬢の帰還
八月最初の月曜日。
昨夜出しておいたペット用キャリーを開けると、何も言わなくてもピンフが自分から入り、体を丸めた。実家に帰省する時はいつもそうだけど、ピンフなりに今からどこに出かけるのか分かっているようだ。
今日から五日間、読書部の夏合宿。
合宿中の服やメイク類などの荷物は事前に宅配便で送ってあるので、手持ちの荷物は普段使いのバッグとピンフ。就職して初めての里帰りなので、服装は引率の顧問らしくブラウスにタイトスカート。一昨日美容院にも行ってきましたし、昨日はピンフもシャンプーを済ませた。
私が一人でも社会人としてきちんと頑張っている姿を、家族に見せなくてはいけませんからね。抜かりはありません。
タクシーに乗って集合場所の駅前ロータリーへ向かうと、集合時間の15分前なのにすでに3人とも揃っており、送りにきた保護者の方々も一緒に待っていた。
「せんせー!おはようございます!」
「おはようございます」
「お、おはよう、ございます」ぐふ
3人ともきちんと制服姿で、旅行バッグを持っている。
遠藤さんがしおりに「移動時は学校の制服で」と追記してましたが、行く先が私の実家でも、遊びではなく、部活の合宿だと自覚があるのは良いことです。
「おはようございます。皆さん、お待たせしてすみません。保護者の方々もご苦労さまです」
「おはようございます。ウチの子のこと、よろしくお願いしますー」
「笹錦先生、久しぶりのご実家でゆっくりしてきてね」
「初めまして、睦美の母です。落ち着きのない子でご迷惑かと思いますが、お世話になります」ぐふ
遠藤さんのお母さまは、遠藤さんによく似てノリの良さそうな方だ。
里子さんのお母さんである松金さんは、いつも通りですね。
栗林さんのお母さまは、とても礼儀正しく品のある方ですが、笑い方が娘さんとそっくり。
簡単に保護者の方々との挨拶を済ませると、速やかに出発することにした。お盆前ですが、このシーズンは混雑しますから、早め早めに行動です。
「五日間、怪我事故など無いように気を付けましょうね。それでは少し早いですが、行きましょうか」
「先生にご迷惑かけないのよ?いってらっしゃい」
「向こうについたら、連絡ちょうだいね」
「先生のご家族にちゃんと挨拶するのよ。いってらっしゃい」ぐふ
「いってきます」×3
事前に手配しておいた乗車券を配り、保護者の方々に見送られて新幹線改札を通ると、手土産を買う為にお土産売り場に寄った。
本家の長女として、家族だけでなく、親戚や近所に手ぶらというわけにはいかないのが厄介なところですが、これも田舎の習わしだから仕方ない。
「山霧堂の抹茶どら焼き10個入りを、20箱ください」
「え!?先生、そんなに買うんですか???」
「ええ、親戚やご近所に配るんですよ」
「ペットもいるのに、そんなに持てるんですか?」
「こう見えても、お米10キロ担いで本校舎の5階まで上がったんですよ?あれに比べたら、大したことありませんよ」
「お米ほど重くないけど、量がかさばるじゃないですか。私も持ちます!」
「五日間もお世話になるんだし、これくらいは手伝いしないとだね」
「に、荷物持つの手伝う、です」ぐふ
「では、お言葉に甘えようかしら。そうだ、せっかくですから、駅弁も買っていきましょう。払いは持つので、好きなのを選んでください」
一人で帰省したお正月は大変でしたが、今回は部員の皆さんがお手伝いしてくれるから助かりますね。
本当は玄徳のように車で移動できれば、こういった荷物の運搬も楽なのですが、一人で片道4時間の道のりを運転するのは大変ですからね。生徒の安全もありますし、新幹線を使えば公共交通機関なら乗り換え含めても3時間以内で行けますので、今回はこちらのほうがベターでしょう。
新幹線では向かい合わせにした席で、キャリーの中で大人しくしているピンフを膝に乗せて、駅弁を食べたりわいわいお喋りしていると、あっという間に乗り換えの駅に着き、そこからはローカル線に40分揺られて目的地の『笹錦駅』に到着した。
荷物を抱えてホームに降りると、さっそく駅長さんが出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、お嬢さま!遠い旅路でお疲れでしょう!お迎えがお待ちしておりますので、お荷物お持ちします!」
「お迎えありがとうございます。駅長さんもお変わりないようで。荷物は自分で持てますので、お気になさらないでください。あ、これ、つまらないものですが、皆さんで召し上がってくださいな」
そう挨拶しながら手土産の抹茶どら焼きをひと箱渡すと、読書部の三人を促して、さっさとホームの階段を上がった。
田舎のローカル線とはいえ、父の会社が出資している関係で、笹錦本家の人間が駅で降りると、いつもこんなふうにビッブ待遇になる。恥ずかしいから止めて欲しいのですが、過去にそうお願いしたら、私に対してなにか失礼があったのではないかと大騒ぎになったことがあったので、諦めた。
改札を出ると、駅前ロータリーにお迎えの黒のワゴン車が待っていた。
てっきり、弟の玄徳が迎えに来ているかと思ったら、使用人の寺内さんが来ており、深々と頭を下げて出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、真乃お嬢さま」
「お迎えご苦労さまです。でも、生徒の前だから、そういうのはやめてくださいね」
「そうは仰っても、ここではひとの目もございますから」
寺内さんは祖父の代からウチで働いており、使用人の中でも執事のような立場なので、他人の目がある場所では、愚直なまでに本家の人間を軽んじるような扱いはしない。
なので、今回のように生徒を連れてきている時こそ、気楽な玄徳に迎えに来て欲しかった。
「そういえば、今日は玄徳じゃないんですね」
「はい、玄徳ぼっちゃまは大旦那さまに申し付けられて、朝から庭仕事に駆り出されてましたので」
「そうなんですね。あ、少し駐在さんにも挨拶してきますから、皆さんを車に乗せて待っててください」
みんなの荷物をワゴン車に積み込み、キャリーごとピンフを遠藤さんに預けて三人のことを寺内さんに頼むと、抹茶どら焼きをひと箱持って駅前の駐在所へ向かった。
笹錦家のお膝元となると、本家の人間として様々なしがらみがある。駅でのお出迎えもそうですし、常日頃からこの地域の治安を守ってもらっている警察もそう。挨拶一つでも笹錦の人間にとっては大切な役目で、実家を出ていても里帰りしたとなると、その役目が付きまとう。
ちなみに読書部の三人は、駅長のお出迎え以降ずっと黙ったままで大人しい。栗林さんが震えているように見えるのが気になりますが、大袈裟なお出迎えを見て、三人ともドン引きしているのでしょう。
あとでまたなにか言われそうで、少し憂鬱です。




