#59 笹錦家の系譜
夏期講習が終わると、読書部では夏合宿の話題で持ちきりだった。
合宿と言っても読書部の部活動は読書なので、『図書室から出て、普段とは違う場所や環境で読書をしましょう』というのが目的。
そしてその向かう先は我が故郷、笹錦の里。目的地の選定に関しては、読書部メンバー三人の意見一致で『笹錦家の蔵』と決まった。
しかし、それぞれ目的は微妙に違う。
部長の遠藤さんは、蔵に所蔵している古い書物を実際に読んでみたい。
副部長の里子さんは、マノン姫の因果説から、私が幼少期を過ごした蔵を『聖地』だと言い、自分の目で見てみたい。
そして栗林さんは、笹錦家の歴史に興味があるらしく、そのマニアックな歴史の遺産を探訪したい。
いずれも女子高生らしからぬ目的を抱いていますが、文系インドア女子集団ですからね。私もヒトのことは言えないし、こういう青春があっても良いのでしょう。
と、こんな感じで四泊五日、私の実家で過ごすことになった。
宿代も食事代もかからないし、交通費やその他経費は夏合宿の申請をすると学園から補助金が出て、足りない分も、夏期講習で貰った特別ボーナスから部員分も出すことにしたので自己負担は無く、皆さんにとっては合宿というよりバカンス気分でしょう。夏期講習で頑張ってお手伝いしてくれましたから、ご褒美ですね。
そして私も、自分の実家での合宿なので、帰省と同じ。
しかし、職務上は部活合宿の引率であるし、お盆休み前で職員はまだ夏休みでは無いので、仕事である。でも、誰かに監視されているわけではないので、私もお気楽顧問として羽を伸ばすつもりですが。
そんなお気楽夏合宿を前に、栗林さんが「が、合宿の、しおりを作りたいです」と言い出した。なんでも、笹錦の里を訪ねる前に、事前に笹錦家の概略を知っておきたいそうだ。そして、それをしおりにまとめて、部員で共有しておきたいと。
「いつも『笹錦家の人間として』と大袈裟に言っていましたが、古いだけの家系ですよ?」
「む、昔は、中央政府の目が届かないから、地方の豪族は、い、色々隠し持ってた。それに、ど、土着の信仰とかも、お、面白いです」ぐふ
「奥州藤原氏のことですか?笹錦家は、そこまで栄華を誇ってはいませんよ。精々、農業と土木業、あとは林業くらいですし、土着信仰と言っても、普通に熊野神社とお寺があるだけですよ。江戸幕府は相当厳しい監視体制だったようですし、戊辰戦争では幕府側についたために、新政府からは睨まれていましたからね」
「で、でも、合宿前に知っておいたほうが、よ、要点を押さえて、見ることができます」ぐふ
なかなか食い下がりますね。
ですが、知識欲と熱意こそ学生にとって必要なものであり、栗林さんはそれをいま育んでいる最中。ならば、それをフォローするのが顧問の役目でしたね。
「分かりました。では、笹錦家の歴史を話しましょう」
夏休み中の図書室は、いつもよりも利用者が少なく、静かだった。
読みかけの本を閉じると、江戸時代の講釈師のような語り口調で語り始めた。
「徳川直参三河の国の生まれ、旗本家三男だった雲長なる人物が、大阪冬の陣で武勲を立てたことで幕府から知行地を与えられ、今の土地に移り住んで独立したのが始まりでした。
当時はまだまだ未開拓の地で、山々に囲まれた盆地に川が流れているだけの場所だったらしく、そこを開墾し、治水事業にも尽力して、少しずつ開拓地を広げていきました。
江戸時代には何度も水害や飢餓に見舞われ、笹錦家存続の危機にさらされますが、その度に立ち直り、一族とその里は繁栄していきます。
しかし、江戸末期の内乱にて、幕府側についたことで新政府からにらまれることになり、武家としては廃業して、地租改正などの政治改革を受けて、本格的に農業へと転身しました。
そして、昭和の戦後になると関連事業にも手を広げ、農業だけでなく土木業、林業など幅広く事業展開して、地元では『笹錦』と言えば知らぬ者はいないほどとなり、いつしかその地は『笹錦の里』と呼ばれ、現在は祖父子龍が本家当主で17代目となります」
私の解説を聞きながら、栗林さんは、タブレットに繋げたキーボードに高速でタイピングをしている。
「また、笹錦の性の由来については、一説では初代当主の武勲を讃えた(錦を飾った)のと、移り住んだ土地が竹の群生地で、当初の開墾事業でとても手を焼いたことで「竹の様に強く」という思いを込めて、二代目当主が名乗り始めたと伝えられていますが、この説に関しては口伝のみで、裏付ける文献等は見つかっていませんので、どこかの代で適当に作った話だろうというのが私の見解ですね」
「徳川の旗本の出だったんですか?」
遠藤さんも読書をしながら聞いていたようで、質問してきた。
「ええ、それはほぼ間違いないです。小学生の時に私も興味を持ちまして調べ尽くしましたから。なかなか骨の折れる調査でしたが、楽しかったですよ。口伝や蔵に残された書物や古い家系図などをもとに調査と分析して、パズルを組み合わせるように繋ぎ合わせていくのですが、全容が判るまで2年ほどかかりましたね」
「に、2年・・・」
「小学生が2年間で調べ上げられる程度ですから、ウチはまだマシなほうですよ。せいぜい370年程度の家系ですし、平和な時代が長かったおかげで、資料は消失せずにたくさん残されていましたからね」
「先生が貴重な写本をジップロックで保管したり、簡単に寄贈しちゃうのが納得できました。子供の頃から本当にそういう物に囲まれていたから、先生にとって珍しさはあまり無かったんですね」
妙に納得しているのは、里子さんだ。
「それがまた、書物だけじゃないんですよ。家具とか食器とか、あとは武具なんかもたくさんありましてね。一族の誰も貴重なものだという認識なんてなくて、蔵というよりも、ガラクタを放り込んでおくための物置でしたね」
「笹錦家の歴史に迫る!って感じですね!」
「し、しおり、打ち終わりました。タイトルは、『笹錦先生、故郷に錦を飾る夏』です」ぐふふ
「いいじゃないですか。栗ちゃんは、先生よりネーミングセンスありますね。あとは日程と持ち物などを追加すれば、完成ですね」
「先生の場合は、奥の笹錦とか真乃が春とかパクリだもんね」
「こう見えても、私は偉大な先人たちに、敬意をはらっているのです。リスペクトと言ってください」




